「『くりきん』…他のどのキンより身近なキンのハズなんだがねえ…フフフ」
男の持つフラスコの中に在るそれは、ナノアイランドに於いて、最も多く分布するキン、『くりきん』だった。
だが、その大きさはキンとしては有り得ない大きさだった。少なくとも、人間の拳大の大きさはある。
「驚いて声も出ないかい?クク…ま、見たことは無いだろうね……」
男はフラスコの中を呆然と見つめたままのマキの表情を見て、笑いながら言った。
「コレも人間の分泌物との研究の産物さ…同種のキンを合成する…このサイズにするには100匹のくりきんを
『合体』させる必要がある。…とっても100匹で1体の個体なのでね…こいつの場合は一度しか増殖できない」
「こ……こんなこと………」
「フン…金にならない技術さ。大きい分、増殖能力は落ちるし…キンの能力も上がるわけじゃじゃいからね…」
男は、その巨大なくりきんの入ったフラスコを机に戻した。
「だから……私はもっと役に立つ研究成果が欲しいんだよ……」
男の視線が、フラスコからマキに移る。
「まぁ今回は少し役に立ってくれるかも知れないがね……このキンの合体技術も…クク」
「こんな……人をさらってまで、するような事じゃない…っ…どうかしてる………!」
マキの言葉を聞いても、男は表情を変えない。その卑しげで不気味な笑いをマキに浴びせ続けた。
「それじゃあ…授業はこのくらいにしておこうか……クク」
男は後ろの机へ向かい、銀色の霧吹きのようなものを手に取った。
そして更に、透明の液体が入った試験管を手に取り、中身を霧吹きの中へ入れる。マキは、その銀色の道具に
見覚えがあった。あれは……
「ナノ……スプレー………?」
男の手元を見つめていたマキが呟いた。
「ああ、そうだよ。単純な構造の道具だが、これはなかなか重宝するものだ」
男が試験管を机に戻す。あれがナノスプレーなら……中に入れたのはキンのハズだ。
男はそのナノスプレーを持ち、再びマキの元に歩み寄った。
「ゃ……っ…なにするの…!?」
「フフ……安心したまえ…痛くも痒くもない……」
スプレーの口がマキに迫る。マキはギュッと目をつぶった。
シュウゥゥッ…
噴射の音、マキがゆっくり目を開けると、吹きつけられているのは、拘束されている手首の辺りだった。
「な………なにを……」
マキの質問に答えず、男はスプレーを噴射しながら、徐々に下へと動かしていく。途中でなぜかマフラーを
外され、肩、首回り、胸へと移動し、反対側の腕にも、順にスプレーを吹きつける。反対側の腕の手首まで
スプレーが達すると、今度は腹部から下腹部へ移り、両足にもしっかりとスプレーを吹きつける。しかし
奇妙なのは、首回りに吹きつけるときも、足に吹きつけるときも、男はマキの素肌には吹きつけなかった。
吹きつけてる部分は、全て衣服の部分だったのだ。
「な……なにして…」
「今に分かるさ……」
男の不敵な笑みが、マキを不安にさせる。一体何のキンを?それもなぜ衣服の部分だけに……
「別に素肌にかかっても問題ないようには作ってあるがね」
そう言いながら、男はナノスプレーを机に戻すと、おもむろに口を開いた。
「このスプレーの中身はね……先ほどのキンの合体技術で、わずかばかりサイズを大きくした…シュリキンだ」
「シュリ…キン……?」
名の通り、手裏剣を思わせる形をしたキンだ…だが、それをなぜ……
「シュリキンはSサイズ…本来は服の繊維の間さえすり抜ける大きさ…だが……」
男は薄ら笑いを浮かべながらマキに歩み寄る。当然、マキは動くことは出来ない。
「少しサイズを大きくして、ギリギリ繊維につっかえるくらいの大きさにしてやるとね……」
男の手が、マキの拘束されている手に向かって伸びる。
「見えないところから、服の繊維をボロボロに出来るんだ……」
男が、マキの服の袖を掴んだ。
「こんな風にね……」