チャレンジャー幸手店に零細ホールが生き残る術を見た!
2018-02-16 05:23:52
https://pachinko-nippo.com/?p=30145
ひげ紳士が同ホールのオーナーとなって5年が経過する。まず、その歴史を振り返ってみよう。
■2012年
オーナーとして営業を開始したのが2012年7月だった。
まず、取り組んだことは以下の4つ。
@パチンコ教室(年配者に打ち方の講習)
Aバックヤードツアー
B無料パチンコ
Cコスト削減(電球のLED化など)
予算をかけずに順調な滑り出しをみせた。
■2013年
ところが、1年後の2013年7月は経営が悪化していく。近隣の大型店がリニューアル攻勢をかけてきたため、地元客がどんどん離れ、敗北感が漂った。
その結果どうなったか?
@オーナーのやる気低下
A雰囲気が暗くなり、清掃も疎かになる
B経営不振から給料未払いを恐れたスタッフが辞めて行った
C金策に走れども誰からも相手にされず、孤独感に襲われる
悪いことは重なるもので、この時、ネオン看板のパチンコの文字のチが消える。やる気をなくしたオーナーに修理する気力もおカネもなかった。
■2014年
2014年7月に転機が訪れる。新たに加わった社員「幸チャレP」が様々な改革を始める。
@汚かった部分のクリンネス化
Aブログ開始(古い台=珍古台があることをブログで発信。それを見て来店した客も)
B入れ替えの中古台を安い値段からコンセプトを持った選定に
C常連客の囲い込みのためにポイント交換会(オーナーの私物と交換したり)=会員は増えず
D人の採用=教育(求人費用がない)
求人費用もないところに、10月にオーナーの知り合いの「えっちゃん」がアルバイトとして入ってくる。
えっちゃんの活躍が始まる。えっちゃん効果として、
@接客やそうじが強化される
A店内がおっさん2人から脱却して、雰囲気も明るくなる
Bオーナーのやる気が回復
微増ながら売り上げが上がる。
■2015年
この年の1月、商圏にはパチンコユーザーがいないにも関わらず、大型店がグランドオープンする。その結果がこれ。
@資金が底を尽き、出玉も出せず、ボッタクリ店のレッテルが張られる
A店を運営する資金もなくなり、もはや風前の灯
B中古台すら買えなくなり、入れ替えもできない
C電気、水道が止められそうになる寸前に
Dオーナーは完全に腐り、ヤサぐれる
この年の9月、月間最低売り上げ1200万円のワースト記録を塗り替え、1000万円を切る。
この時、起死回生策としてスタートしたのがweb戦略の強化。YouTubeで「ひげ紳士がパチンコ店買い取ってみた」をスタートさせる。
■2016年
動画を始めて8カ月後の5月、ついに念願だった月間売り上げ2000万円を達成する。さらに、8月には夢だった3000万円を達成する。
ところが、動画でアシスタントを務めてきたえっちゃんが10月に卒業。これでYouTube作戦も終わったかに思われたが、ひげ紳士の孤軍奮闘は続く。
■2017年
この年の5月、ついに月間売り上げ4000万円を達成する。幸チャレの日常の出来事をYouTubeで包み隠さずさらけ出してきたことが、共感を呼び新規ユーザーの開拓につながった。
どこまでさらけ出すかといえば、月ごとの売り上げ、粗利から、来店客数まで惜しげもなくさらけ出す。さらに決算発表までやってしまおうか、とひげ紳士は意気込む。
ちなみに、YouTubeを始めて2年半あまりが経つがこの年末年始営業は動画効果が実を結び、動画を始める前の1カ月間の売り上げを年末年始営業で叩き出した、という。