一方、「自分がみじめな存在だと気づかないままなら、それはそれで幸せだからいいのでは?」
と反論したくなる人もいると思います。

しかし、パスカルは、むしろ「気晴らし」は「最大のみじめさ」だというのです。

「気晴らし」がみじめである理由の1つは、幸せになるための手段である「気晴らし」自体が目的になってしまうことです。

例えば、多くの人は、仕事をして、お金をもらうことが幸せだと思っています。
ところがいざ何もせずただでお金をもらえるようになると、大して嬉しくはならないのです。

なぜなら、その人たちが求めているのは、自分のことを直視せずに夢中になれることだからです。
さらに、本人たちはそのことに気がついていません。
だからこそ、その人たちは、中毒になったかのように仕事をする