2022 7/7から侮辱罪の法定刑が引き上げられ、厳罰化される。改正刑法の施行に基づく措置だ。人を死に追いやるような悪質な「ネット中傷」など、7月7日以降に公然と人を侮辱したら、懲役刑の選択も可能となった。

すなわち、侮辱罪は、具体的な事実を示さずとも、「バカ」「クズ」「ゴミ」「ハゲ」「チビ」「デブ」など公然と人の社会的評価を下げるような言動をし、侮辱すれば成立する。これが事実の摘示を要する名誉毀損罪と異なる点だ。

 ただ、「公然」、すなわち不特定または多数の者が認識できる中で何らかの具体的な事実を示したほうが、人の名誉を傷つける程度は大きい。そこで、名誉毀損罪の法定刑が3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金であるのに対し、これまで侮辱罪は拘留または科料どまりとなっていた。

 しかし、拘留は刑事施設での1日以上30日未満の身柄拘束、科料は千円以上1万円未満の金銭罰にすぎない。これは刑法でも侮辱罪だけであり、法定刑だけをみると軽犯罪法違反と同じだ。しかも、拘留には執行猶予の制度がなく、必ず実刑になるから、ほとんどの侮辱事件が科料9000円か9900円で終わっている。

 そこで、自殺者まで出るなど「ネット中傷」の社会問題化を踏まえ、侮辱罪の法定刑に1年以下の懲役・禁錮と30万円以下の罰金を追加するかたちで刑罰の引上げが行われた。

ただし、条文の文言など侮辱罪そのものの中身までは全く変えられていないから、今回の法改正によって侮辱罪の成立範囲が広がるということはない。政治家に対する公正な批判や論評も、これまで同様、正当な表現行為であれば処罰されることはない。

 それでも法務省は、表現の自由への制約が懸念されていることを踏まえ、念のため全国の検察庁に対し、法改正の趣旨を踏まえた適切な運用を求める通達を出したという。改正法も、施行3年後の段階で施行状況の検証を求めているところだ。 

 とはいえ、法定刑に1年以下の懲役が加わったことで、次のとおり捜査に劇的な影響を及ぼすことは確かだ。

(1) 逮捕のハードルが格段に下がる。

 拘留・科料どまりだと、逮捕状による逮捕は定まった住居を有しないか、正当な理由なく警察官らの出頭要求に応じない場合に限られる。懲役刑の追加により、こうした制限が適用されなくなった。

(2) 時効が1年から3年に延び、捜査に余裕が生まれる。

 拘留・科料どまりだと、公訴時効は1年で成立するが、最高刑が懲役1年になったことで、時効も3年に変わった。匿名で書き込みをしている犯人が誰か特定する作業など、捜査に費やす警察や検察の手持ち時間が増える一方で、犯人の「逃げ得」が減る。

(3) 教唆や幇助をした者まで処罰できるようになる。

 拘留・科料どまりだと、処罰できるのは誹謗中傷の書き込みなどをした本人に限られ、たきつけてそそのかしたり、場所や空間を提供するなど手助けをしたりした者は罪に問えない。懲役刑の追加により、それらの者まで教唆犯や幇助犯として処罰できるようになった。

 一方、警察や検察においてどのような「ネット中傷」の書き込みを侮辱罪として立件対象にするのかについては、これまで数多くの侮辱事件の裁判で積み重ねられてきた裁判例が参考にされるだろう。法務省も、2020年に有罪となった侮辱事件に関する事案の概要を明らかにしている。

 例えば、SNSやネット掲示板に被害者の氏名や画像とともに「肉便器」「援交大好き」「尻軽」「特技は股開くこと」などと投稿したとか、配信動画の中で「体形は豚、顔はブス、体は臭そうってやばいなお前」などと言い放ったケースが目立つ。

 ほかにも、ネット掲示板に被害者の氏名とともに「親子共々、精神が幼すぎ」「ワキガと口臭どうにかして」「顔も、便器みたいな顔、ブスでぺしゃんこ」「母親が金の亡者」「変質者」などと掲載したケースもみられる。起訴に至っているのは、いずれも明らかに度が過ぎた事案であることが分かる。

 匿名が隠れ蓑になるネットの世界では、投稿が無責任で過激な表現になりやすい。相手が悪く、自分は絶対に正しいといった「歪んだ正義感」や、他の人が叩いているから一緒に叩いても構わないといった安易な考えから、罪悪感も薄くなる。

 女子プロレスラー・木村花さんの悲劇を受け、警察や検察が「ネット中傷」の立件に前向きになりつつある中での今回の法定刑引上げは、そうした積極姿勢をさらに推し進めることになるはずだ。これまで以上に、ネットでの書き込みの内容には留意しておく必要があるだろう。(了)