>>628
人口比率として、餅屋なるものが身近に存在する都市部に住んでた人よりも
やはり農村部の方が圧倒多数だっただよ
農村なら基本、食べ物はほぼ自給自足で正月といえども食材から調理まで全部
自分たちでやってた
庶民がお金だして甘味を食べるのは戦乱が終わって太平の世になってからだから、
それまでは餅ってのは日常食べるものじゃなく、ハレの日に神さんと一緒に食する
(供えて下げたものを直会としてみんなでいただく)特別なモノ、というくくり
今でもお節や雑煮は正月の食べ物、というイメージが覆らないのと同じ

そげな貴重な白餅を粗末に扱った、ってんでおごり高ぶった金持ちが障りを被る
「餅的」型の民話伝承がいくつかのパターンで残ってるくらいだでよ

>>926
鏡餅には神さんそのものが宿ってる、とされてるね