甲状腺眼症とは、甲状腺に関係した抗体が眼球の周りにある脂肪や目を動かす筋肉の中に存在し、それが標的となって“炎症”が起こるものです。
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)でも低下症(橋本病)でも、また甲状腺機能が正常であっても甲状腺眼症は起こります。
内科の治療によって甲状腺機能異常が治ると目も治ると思いがちですが、それは誤りです。甲状腺と目の治療は別と考えた方が賢明です。甲状腺眼症は決して珍しくない病気です。
目を動かす筋肉が炎症を起こしますと筋肉の動きが悪くなり、患者さんは複視(ものがだぶって見えること)を訴えます。
この場合の「だぶり」は、片目で見るとものは一つに見えますが両目で見ると二つに見えることをいいます。検査法としてはコンピュータ断層撮影(CT)や磁気共鳴画像法(MRI)で目の後ろの断層写真を撮って診断します。
また、眼窩内の脂肪が炎症を起こしますと、脂肪の体積が増えるため目は押されて出てきます。
このような炎症は、眼窩内の脂肪や筋肉中に存在する線維芽細胞を活発化し、その結果としてグリコサミノグリカンという物質を脂肪や筋肉の中に貯めます。
そのため、目の症状は時間が経つにつれて不可逆的になります。すなわち、出た目は簡単には引っ込みづらく、太った筋肉はもとどおりになりにくくなります。
甲状腺眼症を憎悪させる3大因子は、ストレス、寝不足、喫煙です。人は誰でも多かれ少なかれストレスは持っており、これをゼロにするのは無理な話ですが、
寝不足と喫煙は生活を少し見直すことで解消されます。禁煙を続け、就寝時間を増やしただけでまぶたの腫れや目の奥の痛みが改善した症例は数多くみられます。
甲状腺眼症の急性期をとらえることは口で言うほど簡単ではありません。一つには医師側が甲状腺眼症を疑って患者さんを診察しなければ、
急性期の甲状腺眼症を見逃してしまいやすいということ、もう一つは患者さんの多くは、ある程度時間が経ってから(慢性期)目の異常に気づき来院されることが多いからです。
急性期の甲状腺眼症の治療の主体は、ステロイド(副腎皮質ホルモン)の全身投与です。
その目的は、眼窩部の炎症の沈静化と甲状腺眼症の活動を抑え込むことにあります。
そのためステロイド治療は、すでに慢性化した目の症状にはあまり効果がありません。
ステロイドの投与法としては目の訴えが軽い場合は内服でよいのですが、症状の強い場合や内服で治療効果の乏しい場合は大量点滴療法(パルス療法)を行います。
ステロイド治療の効果としては、まぶたの腫れや赤みがなくなり、目の奥の痛みが消えます。また目を動かす筋肉の炎症がおさまってくると、目の動きが良くなり複視の範囲が狭まってきます。
パルス療法の後は内服になりますが、急激な減量や投薬の中止は眼症の再燃につながるため注意を要します。
甲状腺眼症の治療法としてステロイド治療の他に放射線療法があります。これは眼窩部に放射線を何回かに分けて照射し、直接リンパ球の浸潤を抑える治療方法です。
放射線療法はステロイド投与ほど速やかに効果が現れませんが、全身の副作用がほとんどないのが特徴です。
したがって、ステロイドを使用することで別の持病が悪化するような患者さんや、ご高齢でステロイドの全身投与が難しいような患者さんに適しています。
最近では入院せずに外来通院で放射線治療を行っている施設も増えています。
そのほか、甲状腺眼症の慢性期における眼球突出に対しては目の周りを囲んでいる骨の一部を削る手術や、正面を見たときの両目の位置ずれ(斜視)に対する斜視手術などの外科的治療があります。