大昔は知らないけど、2年の時に甲子園で活躍したピッチャーが3年には甲子園出場できない。
選抜で優勝や準優勝しても夏は出場できない、というのが愛媛の印象だったけど、それを覆したのは04年の済美&福井(2年)だけ。

84年の松山商は2年生が半数を占めながらKKのPLに善戦して、翌年は甲子園で上位を期待されたけど、まさか甲子園出場ならず。
逆に弱いと思われた86年のチームが甲子園準優勝だから、本当に分からん。96年の松山商は2年の新田がいなければ全国制覇はなかったけど、3年になった翌年は県大会初戦敗退。

89年が2年生ばかりだった新田は、新チーム結成の頃から期待されていて、選抜ではミラクル新田で準優勝。夏は、県大会決勝で松山商との死闘の末に敗退。この時の新田が夏の甲子園に出場していたらどうだったんだろうなぁ。

92年の宇和島東の下級生ばかりで弱かったけど、夏の大会では第1シードの松山商と互角の試合で延長で敗戦。93年以降は甲子園の常連になった。95年はある意味では最強説もあったけど、甲子園出場は逃した。そんなに強くはない97年〜99年で夏の県大会三連覇。93年〜95年の宇和島東は、甲子園で勝ち上がらないといけないチームだった。

09年の西条は、秋山が入学した07年から期待はされていたけど、1年秋、2年夏と連続のサヨナラ負け。新チームで3年の春夏で連続甲子園出場も僅か1勝のみ。この時の西条も勝たないといけなかった。

13年春の済美は安楽(2年)がいたにせよ、打線が貧打の中、よく準優勝できたと思う。18年の済美も秋は貧打だったのに、夏の甲子園ではベスト4だったから想定外だった。

00年丹原、14年小松は、どちらも甲子園では打撃戦で惜敗。翌年は期待されながらも甲子園出場ならず。両チーム共に面白いチームだったんだけどね。

最近は、他に強いチームが出てきたというより、どのチームも伸び悩み傾向にあるように思う。