枕草子の当時の読者って、定子サロンの人々なの?
それとも個人の日記のように、人に読ませるものではなかったのかしら
読まれるとまずいようなエピソードもあるから

源氏は彰子サロンの人々がみんな読んで、天皇の気を引いたりしてたのよね?