【現代棋士】囲碁最強者談義 part2 【歴代本因坊】
本当に強い棋士は現代に存在するものなのか?
それとも過去を越えられていないのか?
前スレ:現代棋士?【囲碁最強者談義】歴代本因坊?
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamestones/1061978462/ >>114
そういう意見もあるのですか、参考になります。
となると>>113で書いたのはちょっと違うことになるのですかね?
>>115
秀和と秀甫は最後は先相先になっていて、
そこでは秀甫の方がいくらか勝ち越していたはずです。
だけど、秀和は先番では一つも落としていなかったと思います。
その三人の白番を入れるのは難しいというのは、
「先番と白番の打ち方に違いがあって、
三者とも先番は得意だけれど、白番は苦手だった。」
というふうな解釈でしょうか。
その意味では秀栄は白番が得意だったということですか?
黒番と白番で別けるとこんな感じかな
黒番:道策
白番:秀栄 秀策の黒、秀栄の白。
>その三人の白番を入れるのは難しいというのは、
いや、コミなしだから・・・ >>113
実は私も秀甫最強説を唱える一人です
道策、丈和、秀策の三棋聖よりも強かったのでは?と思っています
ただ人格者じゃなかったため時代の評価が下げられてるんではないかなーと思います
跡目問題の時に丈和未亡人から反対されたり
ある対局でノゾキを打ちトイレかなにかで席をたった秀甫が戻るとまだ長考してた対局者に対して
「天下の秀甫が打ったノゾキだぞ。継がぬ馬鹿があるか」
など問題があったような逸話が遺されていますからね
しかし>>115氏が言われたように多少ポカがあったりにしろ棋譜からは柔軟な序盤戦、読み負けない接近戦、勝ちまとめるのがうまい中盤戦、そして秀甫の一番の強い所はヨセだと私は思っています 秀甫に肩を並べるものがいなかったから強く見えるのは仕方ない 秀甫は先相先で秀和に5−3、黒で負けたのが有名なヨセの見損じの一局
で残りの黒番は五勝しているのでもう少し打つと互先になってたはず。
晩年は秀栄を向定先で5−5と圧巻の強さ。坂田や林が評価するのもうな
ずける。実際並べると中盤の力の強さやヨセの巧みさに感心させられるね。
秀栄は秀甫との10番碁以降に強くなった印象があるから、
そこをとって秀甫が一番って感じはしないんだよな。
あの頃の秀栄って五、六段だったよな。
たしか終わったあとに七段に押されてたけど、
まだ少し黒でぬるい感じがあった。洗練には程遠いというか。
ちょっとさきの六段の時の田村の方が強い感じがする。
>116
不毛だけど仮に三秀が打ち盛りの時でも良いけど
三人で打ちこみ碁やったら、3人とも黒番が鉄壁すぎて誰も白で勝てないだろうということ。
白番が下手だからという意味ではない。準名人クラスは黒鉄板だろ。普通。
伊藤松和みたいに、白の方が棋風にあってるというような個人差はあるかもしれんが。
ただ布石の進歩とかもあるけど、白番の秀栄だったら何回かいれることができるかも。という妄想。
秀栄の打ち盛りの時の黒番は見たことないから分からん。
まぁ秀栄でもたまにヨセミスったりするから、やっぱりそんなに変わらんとは思うけどね。
>121
俺も本で読んだり全体的に並べて感じた印象だから技術とか深くは突っ込むな。
まぁ俺はなんだかんだ道策最強だと思うんだ。
不出来は燃やしたとか、一門総出で考えたとかいう話も聞くが。
秀和、秀策、秀甫、秀栄の4人じゃ、秀和が最強だと思う。
秀策も秀甫も、秀和に黒を持ったなら中押しで勝たないと。
秀和は秀甫にきっちり中押しで勝ってる。
秀策に対してもおんなじ結果が出たと思うよ。
よく「秀和に対する秀策の白番がみたかった」なんていわれるけど、
秀策ファンにとっては白を持った棋譜がなくってよかったんじゃないかな?
そんな秀甫のことを「名人の域に達した」なんていうあたりに秀和の自身を感じる。
ちなみに秀栄は「親父には二子でもいやだよ」って言ってる。
半分は冗談だとしても、秀和に強さを知ってる秀栄だけに勝てないっていう思いはあると思う。
>>125
「秀甫=名人」の評→秀和の自信
なるほど。これは説得的。
勉強になりました。 >>120
秀甫が人格者じゃないなんて説は初めて聞いた。
三秀はみんな人格的にも立派だろ。 >>125
秀甫・秀和十番碁をじっくり並べれば黒番秀甫の完勝譜が多いよ。
秀和は最後まで作ることが多いから中押し勝ちにならないだけで
・・・。34歳の秀甫は秀和に追いついていたと見るほうが自然だ
と思う。秀和のコメントは自分に追いついたという意味だろうけど
いかにも自信家の秀和らしい発言。
秀策・秀和戦は跡目になってから極端に少ないので何とも・・。
残ってる棋譜からなら秀和優位だろうけど同じくらいの年の秀和
も丈和や幻庵相手に苦戦している碁もあるので難しい。
丈和も跡目になってからの黒は鉄板で不敗だったので三秀に劣るとは
いえないと思う。
>>120
>>127
ノゾキに継がぬ・・・という逸話は私は初耳ですが、おもしろいですね。
自信の現われと見るか、驕りと見るか、人それぞれでしょうが、
その場に居合わせないのでわかりません。
秀甫は中江兆民の近代非凡人31人の内の一人に選ばれていました。
人格者であったかどうかは分かりませんが、
こういうのに選ばれるのですから、
少なくとも非人格者ということはないだろうと思います。
>>113
秀策存命なりともいえども秀甫に歩あり
というのが秀和の遺した言葉ですね。 バカバカしい・・・・・
棋譜の蓄積があるので現代の方が強いに決まってるんだけどな。
江戸時代の天才科学者平賀源内と現代の凡庸な学者と
どちらか上かと言うというまでもない。
幼少の平賀源内をタイムマシンでつれてきて現代科学の教育を
受けさせればやはり天才になる可能性はあるが、
中年の平賀源内を現代につれてきても何の役にも立たない。 ちなみに将棋の羽生は
大山十五世名人より現代の三段リーグの方が上と言い切ってる。
棋譜の蓄積があるから当たり前なんだけど。
エジソンやダビンチやアルキメデスと現代の二流学者や技術者と
どちらが上かな? 棋譜の蓄積が役に立たない中終盤の力が物を言うのが、
囲碁というゲームの特色なのだよ。序盤だけならその通り、
現代の方がずっと上だと言える。
囲碁を知らない人の意見を代弁してくれていると思えば、
>>130-131はごく自然な話だね。しかし一般人は自分の知らない世界に対して
バカバカしいまで言うかな?いや言うかもしれない。そのくらい特殊なケースだろう。
平賀源内だダビンチだって言い出すのは、好意的に見れば一般人に
近い感覚を持っていると言える。ただ普通に見れば、囲碁始めたばかりのおバカさんね、
ってとこだな。 知識の蓄積の影響は分野によってそれぞれなんだから他の分野の例を持ち出してもしょうがない。
宮本武蔵と現代の格闘家どっちが上かな?とか言ってもしょうがないだろ。
囲碁のことは囲碁の言葉で語ろうぜ。 囲碁は運の芸ですからね。昔の人のほうが優れていることは十分ありえるんですよ。
譜が残るという意味では音楽に近いかもしれませんね。 現在の韓国は研究生で世界トップ棋士と先で打てるレベル。
昔の日本は新初段が名人に2~3子。
半目を競うプロの世界でこの差は凄まじい。
ネットの普及もあって情報の量とスピードが段違いであることと
幼少の頃から人権を無視して囲碁漬けにして競争させるような過酷な環境の差と思う。 >>131
羽生がそんなことをいってたって?
現代に棋士には珍しく天野宗歩を高く評価してる人だぞ。
直接対局してる(しかも結構負けてる)大山にそんな評価をするわけがない。
平賀源内はともかく、アルキメデスやダビンチをなめてるのか? 現在と昔比較されても。昔もいつのものかよくわからんし。
そもそも手合い割りから名人と初段格は四子と決まっているんだからどうしようもないだろ。
七段格は現タイトルホルダーと同等くらいとされていたから、三子の手合い割りだが。 >>133
宮本武蔵≦チェ・ホンマン
平賀<<チョン・モンジュン
ダビンチ<イ・ブル
秀策<<<<<<セドル 絵画にしろ音楽にしろ過去のからの積み重ねだけど
現代の方か優れてるかな?
囲碁はこれに近いものがあるように思える
例えば手筋なんて何百年も前に出尽くしてるんだ
あとは個人の力量次第 いろいろ新しいことやっても結局昔の打ち方で落ち着いたりするよな
コミ碁では重いと言われてた秀策のコスミを打ってるプロも増えてきたし 張栩がチャンホに対して秀策流でコスミを打ったことがある。 チャンホが2手目星だけどこれ?
ttp://wiki.optus.nu/igo/index.php?cmd=kif&cmds=display2&kid=16924
これは研究で打ったのか、それとも似た形になったから打ったのか。
俺だったら秀策流と同じ形になったら、コミがあろうがコスんでみるけどなw 石田芳夫の全盛期って強かったと聞いたけど、どのくらいのものだったの?
全盛期が短かったのはなぜなの? >>145
なんといってもコンピュータといわれるほどの正確な計算とヨセの力でしょうねぇ
イチャンホが神算のヨセなんて本を書いてたけど30年以上前にそれをやってた感じ
具体的には当時の第一人者だった林海峯の天敵といわれたのと、大手合30連勝とかかな
全盛期が短かったのはやっぱり緻密な計算で打つスタイルに消耗を強いられたという説と
同門の加藤、武宮、趙といった次世代が台頭してきたからという感じでしょうか あの世代はとにかく強いのがうようよいたから、
それで石田芳夫の全盛期はみじかかかったんだよね。
全盛期があるっていうだけで十分すごいとは思うんだけど。
でも父に言わせれば、やっぱり林海峰のほうが強かっただってさ。 何をもって最強とするかは非常に難しい。
以後を勝負事とをしてみればやはり圧倒的に勝つことが
最強であるためには必要なのだろうと思う。
だけど、同時代でないから比較できないことが多い。
というわけで「布石」「中盤」「ヨセ」の三つに分けて考えてみた。
布石:秀策
中盤:坂田栄男
ヨセ:石田芳夫
布石はやはり秀策が良いと思う。
先番はもちろん白番でもやはり間違いがないと思うから。
中盤は坂田の張り詰めたうち方の右に出るものはいない。
江戸時代の人よりも現代(昭和以降)の方が私には強そうに見える。
対局の相手も同じくらいに強いからかもしれない。
ヨセは李昌鎬とかその他の現代棋士とも比較は難しいけれど、
石田芳夫は終盤に勝ちきる確実性で最強かと思う。 布石は昔の人を出したらダメじゃないのかなあ
秀策が素晴らしいのは否定しないけど 秀策は布石下手な部類に入ると思うけどね。秀和のほうが上手だと思う。
むしろ秀策は中盤以降の強さのほうに見るべきものがあるのでは。御城
碁の松和戦などが好例。 ヨセ=チャンホってのはイメージ先行で、チャンホが一番すぐれているのは形勢判断。
セドルが相手だと戦いをチャンホが仕掛けることが多いのは、セドルとヨセ勝負したくないから。 秀策は、リードを守るのが巧いね。
光一みたいに優勢になったら露骨に味を消していき
簡明に勝つ。店仕舞いのスペシャリスト。
コミなし黒番は最初から有利だし。 布石:゙薫鉉
中盤:呉清源
ヨセ:坂田栄男
私が棋譜を並べて最も感動した人たち。最強といっても良いだろう。
3部門に分けると私ならこうなる。
秀策は確かに強い。だけどなんとなく緊張感が足りないような気がする。
゙薫鉉の打ち方はなんというか全部打ってしまう欲張り具合が好きだ。
中盤はむずかしい。呉清源は並べていて強いと思う棋士の中の一人かな。
秀和や秀甫などの幕末明治も強いけど、現代棋士のほうが上かなと思う。
ヨセはジリジリ計算で詰めるタイプよりも手筋で勝負を着けにいくタイプが強そうに見える。
そういうわけで坂田や加藤正夫タイプの方が呉清源や李昌鎬タイプよりも強そうに見える。
でもこれは好みの問題かもしれない。 布石:秀栄1900年
中盤:秀策1855年
ヨセ:知得1810年 布石:サイレンススズカ
中盤:クロフネ
ヨセ:テイエムオペラオー 序盤 呉清源
中盤 丈和
終盤 イ・チャンホ
呉は序盤を工夫(研究)して優位に立つ碁が多い印象。
丈和の中盤は素晴らしい。
チャンホは終盤に絶妙手で逆転というケースが多かったので。 >>156
秀栄1900年と知得1810年について解説をしていただけるとうれしいですね。
>>159
丈和の中盤は相手が弱いから決まっているだけのような気もしますが、そんなことないですか?
一発決まってそのままズルズルというのが古い碁では多いので、
私は江戸時代(など層の薄い時代)の棋士の中盤はさほど強いとは思えません。
現代のほうが、ワザが決まってもその後まだぽっきりと折れずに戦いが続くので
ワザは決まりにくいかもしれませんが、それでも強い印象を受けます。
呉清源の序盤は確かに工夫が多くて、空振りもあるけれど、抜きん出た才能を感じますね。
特に勝ち碁では圧倒的な強さを感じます。 >>160
丈和の中盤は技が決まることも多いですが、相手が高手の場合は形勢判断
をしながら簡明に勝ちに行くケースも多く非常に柔軟なので高く評価して
います。力ももちろん強いのですが碁をまとめる構想力という点で歴代屈指
だと思います。
御城碁譜で江戸後期筆頭に上げられているのもうなずけますね。
>>145
正確に言うと、マージャンに溺れたせい。 >>160
技が決まってもぽっきりと折れないんじゃなくって、
勝ってるほうがふるえで決め手を欠いてるっていうのが正しい表現かと。
勝ち碁を勝ちきる腕が現代の棋士にはかけてるから、そういう印象になってるんだと思う。
ちなみに呉清源は新しい試みをしてるように思われてるけど、
ほとんどは秀哉が過去に打ったことがある手法。
無知な現代棋士が呉は新しいことを試みてるって言ってるだけ。 初めに打った人間が偉いかどうかはさておき、新しい趣向を
衆人の認めるところまで持っていった功績とその実力は
十分に評価されていいと思うけどな。
ミニ中国流を「道策流と呼ぶべきだ」という声があり、俺もこの呼び名は好きだが、
300年前の手法が通用しているかのような呼び方にも聞こえ、些か抵抗を覚える。
道策は偉大ではあるが、ミニ中国流を洗練させた現代の棋士たちは、
この戦法における功績としてさらに大きなものを持っていると俺は思う。
秀哉が呉と同様の新手をことごとく試みていたという話は寡聞にして知らないが、
そうだとしたらはじめに(?)試みた点において秀哉は評価を受けていいと思う。しかしながら、
そのことで呉の評価が下がるわけではない。 廃れた布石を打ってる棋譜があったらこのスレで取り上げるのはどうだろうか
スレ違いな上に2chのノリとずれるが 初めに打った人間は偉いに決まってます
たとえ深い考えはなかったとしても 偶然としても >163
秀哉ではなく秀和の間違いでしょう。梅鉢は秀和が最初に打ったはず。
小目の定石は秀和考案が多い。
それから重要なのは呉清源は過去に悪いとされていた形の有用性を示した
ことに意義があるわけ。最初に打っても有用性を示さないと定石にならな
いのだよ。秀策流にしても丈和が打っているが戦法としての絶対的価値を
高めたのは秀策だから秀策流でいいと思う。
星打ちに対する小ゲイマ受けの有用性を示したり、大ナダレの内まがりを
考案したりという点ももちろんだが布石に応じて定石にとらわれてないと
ころが最もすごいところ。単に新手を生み出したから評価されているわけ
ではない。
なお技が決まりすぎる(特に江戸前期)のは力量の差があることの証左
と考えるほうが正しいと思う。 梅鉢は知得も打ってたような気もするが記憶違いかもしれない。
なお定石や布石に関しては木谷実考案のものも多い。小目の二間高
バサミも打った例ならば他にもあるが定石にまで高めたのは木谷の
功績。他にもツケヒキ定石や木谷定石などかなりの数にのぼる。
>>145
石田芳夫は1981年には既に弱体化してただろw
何しろ橋本宇太郎とかいう耄碌ジジイのザコ棋士に敗れて
本因坊リーグ入りを逃したというのだからあまりにもお粗末。
死の瞬間まで碁石を握ってリーグに在籍したまま亡くなった
火の玉宇太郎センセイを悪く言わないでください>< なぜだか知らないけど橋本宇太郎には粘着アンチがいるから。 石田さんは、ペア碁になると相手の女流棋士にあまり好まれていないとの話を
聞いたことがあります。本当なのでしょうか… 将棋なら大山より今の3段リーグのほうが上だろうが
囲碁で院生トップと道策が打ったら結果は火を見るより明らか そもそも院生トップと棋士のトップでは、2子はゆうに離れているからな 院生は、厳しいかもしれないが
研究生なら道策相手でも余裕だろ だいたい大山より奨励会3段の方が強いってのが妄言だから。 日本人は、やたら故人を持ち上げる傾向があるらしいね。
第一人者が他の棋士を先で勝ち越すって、どんだけレヴェルが低いんだよ。
レベルが上がった現代じゃ考えられないね。 まぁ定先で勝ち越さなくてもいいんだけどな。
七段格と定先で打ち分ければ名人級。 今だと、プロ予備軍の研究生と定先で打てたらチャンホ級。 >>184
チャンホに常先で打てる奴が50人くらいいると聞いたが
その割にはそこから伸びてるようには見えないな
よく考えてみたらすごいよな。
チャンホが昔の段位でどのくらいかの議論はあるかもしれんが、
仮に七段としても、五段の棋力がないとプロとしてみとめられないんだからな。
七段に三子で打ち分ければ初段だった昔と雲泥だよな。 >>186
でも才能を潰してる面があるようにも思える
詳しいことは忘れたが
ギリギリ何とかプロになった奴が
囲碁アジア選手権戦に出てなかったか? >>185
それだけ強さの限界が近いということじゃないかな。
碁の手筋は、古典の詰め碁で出尽くしてる。
それ+システムが出来上がってるから
部分的な読みは完璧に近い人材を短期間で育て上げれる。
そこから半目強くなるのは、凄まじいほど大変だろうね。
でも、その僅かな差が結果に大きく影響する。
秀策の御城碁19連勝って
イチローの何打席連続ヒットくらいなの?
ハンゲーム10級だった俺だが、
ヒカルの碁を読んで「コスミかっけーww」と思いよく『小目⇒コスミ』を
打つようになった。
原因はそれだけじゃねーとは思うが、ハンゲ2級にまで上がった。
さすが本因坊。 秀策の話になると難しいな。
とりあえず15打席連続ヒットくらいに1票
秀策のコスミは有名だけど
あんまり近年は打たれないね。
かっけーwwwwwwって気持ちはわかるよw 19試合連続ヒットよりはすごいけど、
19打席連続ヒットほどでは無いと思う。 そうだね、巨人戦もあれば、横浜戦もあるという感じ。 もしも八段に上って50まで生きてりゃ10敗くらいしただろ オールスターで15年連続ヒットくらいでいいんじゃないか? >>197
たしかにね。
巨人戦に19連勝したのと、横浜戦に19連勝したのとは違うもんね。 それ例えが変だろ。
実力差があったとしても手合いが違うんだから。
そういういみか。
てっきり修策は対局相手に恵まれたって言う意味だと思ってたよ。 勝率が凄いというと、゙樒驍竄サの前の覇者が凄かったような。
名前忘れたけど 御城碁って変な碁打ったら殿様がキレるとかじゃないよね?
>>203
それが理解できるほど碁の強い将軍がいたとは思えん。 以下に”優秀な世代”についての考察を記す。
今の日本将棋連盟の年間あたりの新規採用枠は、二名(半年)×2=4名だ。スレ冒頭で話題に
なっていた、いわゆる羽生世代のデビュー時代は、そうではなかった。理論上、5名でも6名でも
可能なルールだった。おれはそれを門戸解放時代と呼んでいる。この時代は、1976年から1990
年代前半までの15〜16年間だ。奨励会(棋士養成所)に子弟を託す親の気持ちも積極的だった。
大学進学かプロか。子供の十代の貴重な受験勉強の時間を充当する、プロ修行の数年間だ。採用枠が
実質無制限か4名固定かでは、わが子のリスクが全然違う。この門戸開放時代に谷川浩司と羽生善治が
出現したのは偶然ではないだろう。もし、この現象を再現したいと考えるなら、15年間の門戸開放
プラス経済環境(日本経済)の大型景気とのクロスオーバーという二つのファクターを必要条件に掲げる
べきだ。豊かさ、将来への安心感、期待感、両親の積極性→棋士志望者の裾野の拡大→優秀な素質の少年
たちの参入増加、のサイクルが存在していた。
こんなことを長々と書き込んだのは、黄金世代を構築するには15年間は、門戸を開放する覚悟がいる、と
言うことが言いたかったからだ。中韓の棋士と競争する立場の日本棋院は、将棋の”羽生世代”が、偶然
出現したのではない、ある種必然の法則性がそこに存在することを分析し、参考にするべきである。 古碁には伝説となる一手がいくつかあるけど
どれも俺にはまだ理解できなくて。
秀策にもあるけど伝説の一手の意味を感じ取れる人が羨ましい 耳赤は言われてるほど妙手かは
意見が分かれるところだと
思うけど 王銘?の囲碁ミステリーツアーで
それについて提議されてるね 周囲で観戦してた医師が
「形勢はわからないが、その手を打たれて幻庵の耳が赤くなった。それで秀策の勝ちを予想した」
っていうのが耳赤たる所以だから、その辺はしょうがあるまい。
伝説の一手となりえたのは、ある意味対局者達よりもその医師の功績w 結果オーライのエピソードから発した妙手なわけですね。 韓国人と中国人は江戸時代の日本人が最強なんて説には失笑するだろうな
韓国人ならイチャンホかセドル、中国人なら呉清源か古力あたりが
史上最強と言うに違いない >>211
せめて100年後まで評価されてたら認めよう >>211
チャンホは、「歴代で、一位が呉清源、二位がチョフニョン」と言ってる。 >>213
それは最強ではなくて天才の話でじゃないの? てことは李昌鎬は、
゙薫鉉は天才だが
自分は天才じゃなくて努力家だと謙遜してるのかな?