ふと、気になって石仏を振り返って見上げると、
いつの間にか石仏の前に古びたウエットスーツを着て、
薄汚れた手ぬぐいをほおっかむりした老婆の海女さんが
石仏の前にへたり込むように座っているのが見えた。
Sさんがぎょっとしたのは突然現れた海女さんの
存在だけでなく、その顔が青銅色で、しわだらけ
だったからだった。
老海女は拝むでもなく、石仏をぼんやりと見つめている。
声をかけようかと思ったがあまりにも不気味で出来なかった。

釣りに集中しようとするが、後ろ上からの目線を
感じて出来ない。魚も釣れない。
30分ほどして勇気を出して再び振り向くと
老海女の姿はなかった。
石仏がぽつんと太陽に照らされていた。

老海女を探しに行く勇気もなく、
そのまま釣りを続けるが釣れない。
石仏が気になって集中できないまま、
渡船の迎えの時間が来てしまった。
結局ぼうずに終わってしまった。

帰り際、渡船の老船頭に

「知らないうちに年配の海女さんが石仏の前で
座っていて、不気味だった」

というと、

「ああ、Sさんは見える人か。時々見える人がおるんだ。
このことは人に言わんでほしい。怖がってお客が減るからな。
なに大丈夫だ。毎年お寺をあの磯に上げて供養してもらってるから。
Sさんに、たたりや呪いなんてものは絶対ないから。
くれぐれも人には言わんでくれ。
わしも見えんが、ほとんどの人は見えないからな。
怖がらず、また必ず来てくれよ、
Sさんには特別良い磯に上がってもらうから、頼んだよ。」

結局、Sさんは二度とその渡船には乗らなかった。
数年後、老船頭は亡くなり、廃業した。
仮眠小屋と桟橋は廃墟となっている。