>資本の生産過程において、労働者の労働力の価値(賃金)を超えて生み出される価値を余剰価値という。剰余価値は資本家に搾取されて利潤や地代や利子などの源泉となり、不労所得の元となる。

これをマルクスだというのは、あまりに褒め過ぎでしょう。
はっきりこれは、マルクス以前の18世紀的な妄想文学というか、出来の悪い「資本家ピンハネ屋論」の焼き直しにすぎません。

マルクスが「資本論」で言ってるのは、資本家はピンハネなんかしていない、ということなんですよ。

ここでも問題にされている古典的な剰余価値論、つまり、100円の原材料を労働者が加工して1000円の商品を作った、というあまりに単純なモデルですが、しかし、1000円の商品とはいったい何なのか?
1000円の商品とは1000円で売れた商品のことだ。売れなきゃ商品はただのゴミだからです。

では、商品が売れるとはどういうことなのか?しかし、それ自体は、売れるか売れないかの博打でしかない。マルクスの言葉で言う「命がけの飛躍」でしかないのです。

では、その博打に金を張って賭けているのは誰なのか?
もちろん資本家です。労働者は自分が生産した商品が売れようと売れまいと、どのみち約束された賃金を受け取れるからです。

とうぜん、博打の勝ち金である剰余価値は資本家の正当な権利だとしか考えられない。

マルクスは、しかしそれでいいのか?と、そう言った社会構造を問題にした人物だったはずなんですが、この投稿は、そこには全く届いていません。
そのはるか手前で、お辞儀して地面に落ちてしまっていますよね。

相変らず18世紀だなぁ、とちょっとため息が出てきますよね。