貿易赤字自体は恐ろしいものではないし,また恐れる必要もない。貿易赤字をゼロにする必要などない。政府に完全雇用を維持するために,持てる財政権力を存分に活かす意思さえあれば,貿易戦争に打って出る必要などな
い。
 アメリカ政府はドルの「発行者」なので,資金が枯渇する心配はまったくない。そのバケツは好きなだけドルを生み出すことができる。しかし他の人々はどこかからドルを調達してこなければならない。民間部門が赤字に陥るのを防ぐには,「誰かが」そのバケツに十分な資金を注ぎ,黒字を維持できるようにしてやらなければならない。現在,その「誰か」とは政府である。というのもアメリカは恒常的に貿易赤字(つまり「モノ」の黒字)を出し,ドルは民間部門のバケツから海外部門のバケツに流出しているからだ。そうした状況が続くかぎり,民間部門が黒字を維持するために十分な資金を供給することができるのは政府だけだ。そのためには政府は貿易赤字を「上回る」財政赤字を出さなければならない。民間部門が赤字なのは,政府の赤字が貿易赤字より少ないことの必然的結果なのだ。
 では,民間部門を黒字という正常な状態に戻すにはどうすればいいのか。ひとつの選択肢は,政府が民間部門のバケツにもっと多くの資金を入れてやることだ。経済への支出をもっと増やすか,税金として回収する金額を減らせばいい。財政赤字が貿易赤字より大きくなったとたん,民間部門の収支は黒字に戻る。民間部門の赤字を消すもうひとつの方法は,貿易赤字を縮小する(あるいは黒字にする)ことだ。その方法はいくつもある。