さらに高橋は、MMT同様、直接給付よりも直接雇用創出の方が失業・貧困対策として望ましいと考えていた。
高橋は、石橋湛山によるインタビューの中で、フランクリン・ルーズヴェルト大統領がニュー・ディール政策において、時短や最低賃金の引き上げから、公共事業による雇用創出へと舵を切ったことを評価している。それは、前者の政策では、人々の「働くと云ふ気が薄らいで来た。楽をして食はうと云ふ気になつた。その弊害が、ずつと判つて来た。イギリスの失業保険と同じだ」ということが明らかとなったからである。高橋は、ヨーロッパでも「この頃は、生活の権利があるからパンを寄越せとは言はぬ。人間は働く権利があるから、仕事を与えろと云ふ。これは良い方に変わつて来たのだと思ふ」と述べている。
 聞き手の石橋も、高橋に同意し、「生産の伴なはない通貨を出すことになればインフレーションですけれども、生産が伴ふ限りは、御説の通り無駄さへしないで上手に使つてくれれ
ば財政の膨張もある程度まで差し支へないと思ひます」と応じている。
 赤字財政支出が雇用を創出し、需要(労働者の購買力)を刺激するのみならず、供給力の増強にも用いられるのであれば、インフレは抑制され得るというのが石橋の考えであるが、高橋も同じであろう。これは、インフレを制御しつつ雇用を創出するというMMTの直接雇用創出政策の発想と整合的である。
MMTは、「呼び水」的な需要刺激策を強く否定している。しかし、 「呼び水」として刺激された需要が失業者・貧困者を対象に直接雇用を創出でき、かつ、それが完全雇用を達成するまでの限度で行われるのなら(そもそも「呼び水」とは、そういうものであろう)、MMTの推奨する「就業保証プログラム」との差異はほとんどなくなるであろう。そして、高橋の需要刺激策の発想は、そのようなものであったのである。

中野剛志