政府が支出や貸出を行うことで通貨を創造するならば、政府が支出するために租税収入を必要としないのは明らかである。
更に言えば、納税者が通貨を使って租税を支払うのであれば、彼らが租税を支払えるようにするためには、まず政府が支出をしなければならない。このことは、200年前なら明白だった。国王が支出のために文字通り硬貨を打ち抜き、その後、租税の支払いを自らの硬貨で受け取っていた。

もう1つのショッキングな認識は、政府は支出をするために自らの通貨を、「借りる」必要がないことである。そもそも、まだ支出していない通貨を借りることなどできはしない。
このため、政府による国債の売却は借入れとは全く異なるものであると、MMTは位置付けている。

(国債とは)国庫による借入れと理解するよりも、あなたがより多くの利息を得るために自分の預金を当座預金口座から貯蓄預金口座に移すのに似ている。
国債とは実は、準備預金(銀行で言うところの「当座預金口座」)よりも多くの利息を支払ってくれる、中央銀行における貯蓄預金口座に他ならない。

MMTは、主権を有する政府による国債の売却を、金融政策オペレーションと機能上同等のものだと認識している。

国債売却の目的は、中央銀行が翌日物金利の誘導目標を達成するのを助けることにある。
中央銀行による国債の買入れは、銀行システムにおける準備預金を増やし、翌日物金利の上昇を防ぐ。

現在は超過準備への付利で翌日物金利を誘導できるため、国債の売却・買入れは時代遅れとなっている。つまり、政府支出を「ファイナンスする」のにも、中央銀行の金利誘導目標の達成を助けるのにも、国債は必要なくなっている。

政府は、銀行、企業、家計、外国人が利息を得るための手段として、利息のつく国債を提供している。これは政策上の選択肢であって、必要不可欠なものではない。

政府は、支出すること(財政政策)、もしくは貸すこと(金融政策)のいずれかによって、現金通貨と準備預金を提供しているのである。

MMTは、租税制度の主な目的は通貨を「動かす」ことであると主張。
租税の本当の目的は、政府自身の通貨に対する需要を生み出すことで、政府がそれに支出手段として(あるいは貸出手段として)使えるようにすること。

Larry Randall Wray