burke-conservatism.blog.so-net.ne.jp/2009-08-20
日本国民として、最低限知っておくべき正統の政治哲学。真正保守主義。

真正保守主義とは何かX。 X.進歩主義とマルクス・レーニン主義───「宗教・神話主義」


@「進化」という世俗神学(ダーウィニズムの知的公害)

 十九世紀はデカダンス(=虚無的、退廃的傾向)の世紀であった。 十八世紀のコンドルセ以来のその後継者たちは、サン=シモン/コント/ヘーゲル/マルクスと続き、進歩史観(進歩の宗教)が十九世紀に完成した。

また、ダーウィンらによる「(人間の)進化」という単なる仮説が科学として受容され、世界の常識となり、その「数十万年の進化」説が、数十年でも進化する、にすりかえられ神話化して、
この「進歩」の宗教と「進化」の神話とが相乗効果をなして、また、現実における科学技術の明白な進歩に傍証され幻惑されて、「人間の進歩」「社会(国家)の進歩」という虚構が信仰されるに至った。

文明を形成してから高々数千年の歴史しかない人間に、“科学技術の技術知の進歩”は別として、「人間精神(=道徳)の進歩」や「政治社会(=政治道徳・制度)の進歩」は全くないと言ってよい。

人類にとっては何という皮肉な悲喜劇であろうか。ブルクハルトは次のように嘆じている。 ブルクハルト曰く、「<現代>は、しばらくは字義通り進歩として通り、
それにはさらに精神の完成いな道徳性の完成に向かうかのような最も笑うべき自惚れが結び付いた。・・・・(しかし、人間の)精神はすでに早くから完成していた。
・・・・古代に既に一人の人間が多くの他人のために生命をささげたとするならば、それ以後、もはやそれを越えたためしはなかった」

近代とは科学技術や産業社会の絶大なる進歩に反比例して、政治社会と人間とが退行の道を転落し続けている時代である。
もっと厳密に言えば政治社会や人間が「進歩」するとの神話の信仰こそが、これらの政治社会や人間の“退歩(退行)”の推進剤である。