もうちょっと、まとめると、これは言い古されたような話なんですけど、
「大きな物語」というのがあって、つまりは、
「人類はどこに向かっているのか」ということですけど、
この「大きな物語」の中でも世俗的なものが終わったということですね。

この「大きな物語の中の世俗的なもの」というのは、
一言でいえば「社会主義」のことですね。
(国家主義、民族主義もこの亜流)

ここを最後まで頑張ろうとしてたのが西部邁だったね。

これは「社会主義」と言っても、もうちょっと広く、
アメリカなら1960年代のケネディ、ジョンソンの
「ニューフロンティア(NASAなども含めて)」や「偉大なる社会」とか、
そういうのも含めていいでしょうね。


そして、1970年代以降は、
基本的にはグローバル化・コンピュータ化が進み続けて、
今に至るわけですけど、これは「大きな物語」はないんですね。

「とりあえず豊かに」、「目先の利益を」、「おいしい生活」
と言ったものであって、ある意味、慶應大的なものですね。
(ちょっと国家主義的な味付けをすると一橋大的なものになる)

で、現在の安倍、トランプは、
「もっと、この慶応大的なものを続けさせてくれ」
という延命を目的として諸々の対策を講じていたわけですけど、
「どうも、そうはいかない」と。

(続く)