ある晩、有名レーサーのデイビッド・シアーズと会ったんです。
何て言ったらいいか、「金はあるか。ライセンスは持っているのか?」いきなりそんなことを訊いてくるんですよ。
自分のチームに金を出さないかと言うんです。「レースはチェッカーフラッグなんだよ。白と黒。
金がないならレースもなしだ。曖昧もグレーも存在しない」とね。
「それでどうしたんですか?」
ほとんど資金なしで2、3レースやりました。そんな状態でうまくいくはずはなく、スポンサーを獲得しなければと思いましたね。
でも途方もない大金を一体どう集めたらいいのか。投資のお願いに会社を廻りましてね。ほとんど物乞いです。
「その状態からF1のレーサーに?」
スーパーライセンスは1年に26ライセンスしか発行されませんからどのレーサーにとっても大変なんですが
1994年の終わりにシムテックというチームのドライバーが欠員になり、チームも経済的に苦しかった。
シーズンの終わりは同じような境遇のチームが多くて、予算切れになるところがたくさんあったんです。
チームは財政を潤わせてくれるドライバーを探す必要が出てきたのです。さもなければチームはレースができなくなるんですから。
そんなチームの救済策としてFOCA(F-1Constructors 協会)は新たにライセンスを発行せざるおえなくなりました。
シーズンの終わりにライセンスを取りやすいのはそういう訳なのです。ちょうど日本グランプリがあって、日本人ドライバーだし
資金を集めやすいだろうと思われましてね。結局金集めもできてFOCAにライセンスを発行してもらいました。
「ということは、シーズンの終わりに大金を持ち込めば、チームにアプローチしてドライバーにもなれる?」
可能ですね。チームが欲しいのはただ金ですから。
「レースそのものに、スポンサー獲得というプレッシャーも加わるんですね。」
その通りです。1995年でいえば、私が当初チームに払ったのは1億円ほどでしょうか。
それも最初のレース前、初回テストの前に支払わなければならなかった。
初めに1億円、その後はレース前の毎月5000万円づつ。
感じていたのはレース自体のプレッシャーではなく、支払い期限のプレッシャーのみでした。