1970年代 ボクシング総合スレ 57R
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
>>523
確かにそんな話聞いたことがあるな
右は当たらなくても左足に重心を移動させて左を強振するとか サモラもそんなところがあった 国重が大阪で大都に一方的に敗れた試合を見たことがある。
控室に戻る際に、トレーナーに一週間の練習で勝てるほどボクシングは甘くないんだぞと
叱責をうけてハイと返事していた。。 髭面で試合をしたのはジョフレ戦での原田が最初らしいな。
ジョフレ側はルール違反じゃないのかと抗議したらしい。 グティエスパダスは飛び切り強く見えたな 15回くらいは防衛すると思ってたけど
ベツリオに負けてしまうとは意外だった 朴に逆転KO負けしたけど戦前予想はどうだったのだろう。 朴だけは評価難しい。世界軍人選手権の覇者だけど、直線的で、頭から突っ込んでくるイメージしない。五十嵐力あたりも倒しきれないのに、、よくエスパダス倒せたな。大熊には軽くあしらわれたけど。、 エスパダス戦もそうだけど右構えでよくカントに勝てたなというのもあるな
再戦はカントの勝ちだったけど。
結果的には朴が王者になったお陰で小熊にチャンスが回ってきた。 朴って田中健に似てたよね(笑)
小熊に3連敗とか あり得ないな。 挑発ポーズで英国人レフェリーのハリー・ギプスの心証を害した。 今NHKで佐山聡のことやってたけどパーキンソン病なんだな
かなり悪そうだ 頭にダメージを受けると発病リスクが高い病気なんだな 佐山って割と早くにプロレスをいったん辞めていたのにな
マサ斎藤がパーキンソンになったのは理解できるけど
あの人は生涯に4回ぐらい「もうダメだ」って投げを食らったと言ってたな 佐山はシュートでは体を張ってやってたからな プロレスより修斗の影響が強いんじゃないか
パーキンソンは格闘家の職業病になりつつあるな。 修斗では指導だけで試合はやっていないよ
自分がやると八百長を疑われるからやらなかったと本人が言っている パーキンソン病の原因の一つに頭部外傷があるとの疑いはあるが
確定はされてないみたいだな。 マイケルjフォックスは少し良くなったな
ボクサーが引退後パーキンソンになるのは珍しくない モハメドアリなんてパーキンソン病の症状が出てんのに2試合は余分な試合をしてしこたま殴られたからな。 ドンキングの屑が
黒人は貧乏の出が多いから金儲けに手段を択ばないああいうのは多いよ >>46
ローチェは藤との試合のせいでいまも片耳が聞こえないとか >>546
耳が聞こえないどころか15年も前に亡くなっています。 アルゼンチンのボクサー、100戦越えも当たり前にいる。こんだけの試合間隔でこなせるって、ダメージ残さない特別な方法があるのかな? 骨格とか頑強なイメージ。
結構打たせる選手多いのに選手寿命は長い。
カストロなんて竹原と戦った時点で、晩年辰吉以上に打たれてたろ。なのにケロッとしてた。 パナマ人とはまた違ったディフェンステクニックでもあんのかな?アルヘンチーナは。パナマ人は基本的に噛ませ的扱いなんで、やられてもダメージ最小限にするテクニックは身につけてるって小泉が言ってたな。 日本人と世界タイトルを争った選手は昔から短命な印象がある 薬物に手を出すと寿命を縮めるな
韓国人ボクサーも総じて長生きだ 柳済斗は映画の主演やったりして韓国内では凄い扱いだったけど韓国発のチャンピオンだったのかな >>553
韓国初の世界王者はキン・キシュというボクサーだったと思う。
柳済斗はたぶん二人目。
しかし、キンキシュが王者になった当時は韓国ではボクシングは
あまり人気が無く、防衛戦は赤字だったらしい。
ところが柳済斗が王者になると一気に韓国のボクシング人気が高まった。
やはり日本人の輪島を倒したことが韓国人にとって重要だったんだろうな。 ディフェンスがいいジミーヤングもかなりの早死にだったはず キムキースーはオリンピックでベンベヌチに負けたけど、プロでリベンジした。柳は反則してまで輪島に勝ち、負けると今度は輪島側に薬盛られたと主張。とにかく、今も昔も日本に負けることを世論が許さない国。 >>554
ホンスーハンが1974年に南アフリカでバンタム級王座についてますね
ユージェドは翌年だったかと ホンは良い選手だったけど、サモラのボディアタックの砕け散った。笠原優との試合の時にはコリアンタイプのファイターになってた。バンタムのころは、綺麗なアウトボクシングもできたのに。 アルゼンチンと言えば、吉野戦のコッジを思い出す
解説の大橋が「ギリシャ彫刻のよう」と評した風貌だったけど、
試合後のインタビューで聞いたボーイソプラノみたいな高い声には驚いた アイムツーヤングと敗戦後にコメントした選手は誰だ?さあ答えたまえ 結局のところ自称元ヤクザが業界の符丁の基本にもこたえることが出来ずに
元ヤクザという嘘がばれて必死に悪態をついて逃げてるってことだったな。 結局のところ自称元ヤクザが業界の符丁の基本にもこたえることが出来ずに
元ヤクザという嘘がばれて必死に悪態をついてIDコロコロ変えて多数派を偽装して
逃げてるってことだったな。 >>560
70年代スレで74年の話題をしたらジジイかよw 洪は韓国のスーパースターだからな バンタムを獲ったのもjフェザー獲ったのも敵地という離れ業
カラスキリヤとの激戦は凄かった。 晩節を汚したけどな。
韓国にいられなくなって
LAでタクシー運転手してたこともあった。 不倫騒動で世間を騒がせた後にカルドナ戦で戦意喪失してタイトルを失って
韓国国民を激怒させたんだよ。
不倫騒動の釈明会見ではカメラマンを怒鳴りつけるなどして
マスコミを敵に回したのが響いた。 561だけど58だよ。ジジイじゃ無い方はおいくつですか? 小学校高学年の時、初めて自分の小遣いで買ったボクシングマガジンの表紙が、白の背景に両手を上げたアリ(グローブは赤)。1974年の9月号だったな。キンシャサの特集。かったあと、すぐにフォアマン眼尻カットして試合延期になった。 フォアマンはずっと圧をかけてたから奇跡の逆転KOって言われるけどアリもいいパンチ結構入れてるよね キンシャサの奇跡はアリが勝ったから言われたもので試合自体はレベルが低く特筆するものがない
フォアマンがあまりにも無策でワンパターン攻撃を続けてる間に勝手にスタミナ切れ5Rあたりで
勝敗の行方は見えてた いや、当時のフォアマンは無敵と思われており8RにアリがKOするまで
いくら疲れていようが一発当たればフォアマンの勝ちという雰囲気だった。
実際1R終了までアリが立っているとは思わなかった。 キンシャサの奇跡をモチーフにした、魔太郎が来るの漫画があったな
魔太郎の右腕だけがアリのように大きくなって、いじめっ子をKOしてしまうやつ 寄生獣みたいだな。
恐怖新聞とかエコエコアザラクは記憶にあるが。 フォアマンも無策だったけど、アリのとった戦法、ロープ・ア・ドープがその後のアリのデフォルトにはなったため、その後のヘビー級の試合のつまらなくなった事、罪深い。アリ自身、体に多大なダメージ残したしね。マニラだけは特別な試合だけどね、 >>584
当時は少年雑誌にもたびたび実際のボクシングがモチーフorエピソードとして描かれていましたね
中でも印象的だったのは、鴨川つばめのマカロニじゃないほう(月刊で連載)の初回最初のコマで工藤の王座獲得が描かれていたこと >>583
つべを見直した方がいい
あの試合5R過ぎたあたりからフォアマンの勝ちは絶望的
もうフォアマンにアリを倒すパンチはなかったよ
アリが倒す気があればもっと早く倒せただろう それは今から考えるとそうだろうな。だが当時はそうではなかった。
だから騒がれた。 アナウンサーも解説者もアリがロープにくぎ付けで打たれるのを見て
盛んにアリがピンチという意味の事を盛んに言ってたよな。 フォアマンも藤猛と同じで、一試合で撃てる弾数決まってて、それ超えると自滅するタイプだな。アリ戦の後はカリスマ薄れて、ただのパンチの強いヘビー級ボクサーになっちゃった。 今にして思えば同時代にローマ五輪、東京五輪、メキシコシティー五輪の
金メダリストが揃って覇を競ってのは凄いことだよな。
※但しアリはライトヘビー級金メダリスト。 昔の見解なんて情報が少ないから今見たら笑えるものばかり
藤猛がローチェに楽勝するみたいな予想の時代だった >>56
このレスが象徴してる
KO率で勝るほうが強いとかアホの極み 下田さんの予想は外れることが多かったな
彼は正統派が好きらしく輪島のボクシングは評価してなかった 最近でも記事が明らかに映像みてなくて事実と違うこと
書いててそれがウィキペディアの出典になったり アルゲリョが日本に来た時、下田先生の評価は、アルゲリョは本物では無い。同じ長身のフェザーウェイトのサンディ・サドラーと比べたら、二流って言ってた。子供ながらに、このジジイ、なにほざいてんだと思ったね。時は進んで、誰でもネットで過去試合見られるようになったら、その思い、もっと強くなったね。 下田は極度の懐古主義者にして外人コンプレックス。
平沢雪村先生とは対極。 輪島さん、偉大だけど、マンテキーヤやモンソンの相手ができるイメージ湧かない。 そう言う話題で輪島を貶そうと言うのはベタ過ぎて
ダサい 選手達には失礼だが当時のSWは吹き溜まりのような階級だった
ウェルターでもミドルでも厳しそうな選手達が集っていた印象は否めない >>603
下の階級のライト級ではタイトルを取れない奴とかもな。 デュラン、ナポレスもJr.と呼ばれていたクラスは眼中に無かったようだし。ただ、デュランの場合、セルバンテスやばっ…て気持ちは多少あったかな、 モンソン、輪島なんかはサイズ的には曙、舞の海みたいなもんかな。大番狂せあるかも(^^) >>606
案外モンソンなんかは小さい相手は苦手かもな。
輪島ってたしか168cmくらいだったか? モンソンは日本には呼べなかったかな?
不人気のナポレスは日本で防衛戦をしたがってたようだが モンソンにはアラン・ドロンというスポンサーでもあり、試合のプロモートもした
大スターの大金持ちがついてたからな。 ナポレスはJウェルター級で世界ランクしてたけど、チャンスがなくて(王者が敬遠してて)年重ねてたとこに、上のクラスのウェルター級王者のコークスがチャンスを与えてくれちゃったから王者になれたのであって、別に眼中になかったとかではないでしょ。 ナポレス、歴代メキシコ世界王者じゃトップクラスの人気だよ。ラス2のムニョス再戦で勝った時なんか大騒ぎ。 オリバレス、サルディバル以上の人気だったはす。クエバスがその域に達するか?なんて記事があった。 >>613
逆にメキシカンや中南米で嫌われてるのは具志堅。
米軍基地が近い地区に住んでるので米兵と飲み屋でよく飲むんだけど
メキシコ系の米兵はあの毒入りオレンジ事件とダウン後のパンチを今でも
本気で怒ってる。
※今年はコロナ禍で飲み屋へは行ってない。 中南米にコレクターはほぼいない そのためプエルトリコの放送の試合は本当にレア >>614
亡命という特殊過ぎる事情がメキシカンの心を掴んだ可能性が高いかな?
メキシコ人自体がアメリカ大陸では絶えず微妙なポジションに置かれていることもある メキシコ人が選んだ歴代人気ボクサートップテン
1位 JCチャベス 6位 カルロスサラテ
2位 オリバレス 7位 マルコ・アントニオ・バレラ
3位 サンチェス 8位 ビセンテ・サルジバル
4位 リカルドロペス 9位 エリックモラレス
5位 マルケス兄 10位 キッド・アステカ
何がうれしいかってアステカ以外は日本でも人気があるボクサーで
日本人が選んでも順位こそ違えど同じ名前は上げられるんじゃないか
このボクシング王国のレジェンドに勝った柴田の功績は大きい
子供にシバタの名前を付けた父親の気持ちが分かった メキシカンは勇敢で不屈の闘志を持ったボクサーが好きだからな
サモラはサラテに負けルハンに負けて再浮上しなかったしクエバスもハーンズに負けた後
パッとしないまま引退 ランキングにピントールの名がないのはちょっと残念だ 昭和のボクシングに詳しい皆さんに訊きたい
マイク・タイソン最初の来日時に国歌斉唱したのはカール・ウィリアムスだよな? サラテとサモラも直接対決するまではサモラのほうが人気上。理由はボクシングスタイルとビジュアル。サラテ、その頃はまだハゲてなかったんだけどな。 サラテは若くして引退したけど、その後どうやって生計を立てていたんだろうね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています