37年説のうち>>446で述べたように二種類あって、サルベージ論は、まさしくこのイメージの考察

サルベージ論の魅力は他の作品から類推する人もいるように、イメージとしてのわかりやすさや、SFらしい推論がいろいろと広がるところにあると感じてる

ただし、なぜどのように仮想世界から帰って来れなくなったのか、そこを劇中の描写以外で想像の翼を広げることになる
だからそこが面白いとも言える

京都駅大階段転落説の場合は、月で寝ているナオミの精神が仮想世界に取り残されていて、それをサルベージするという前提は無い

そこでそういう事故が起きたからという伏線回収論であって、仮想世界に取り残されるに至った出来事や仕組みなどの想像を必要としない

こういった違いがまずあるよね、と自分は思ってた
かなり変わるよね?