−−38年目の妄言いろいろ−−     虚淵玄

 初恋の女性の夢を見た。

 夢の中の彼女は、それこそ俺が想像つく限りの醜悪さの塊のような男と結婚し、
虐げられながらも五人の子供の育児に追われていた。
窶れ果て、疲れ切った虚ろな目で繰り返し「幸せです」と呟きながら、
それでもなお俺が惚れていた頃そのままに綺麗な人だった。
−−目が覚めたときの欝たるやもう。なぁ虚淵玄よ。せめて自分が見る夢の中身ぐらい、
もっと幸せなもんを用意してくれよ!

 振られたときの言葉は忘れられない。当時は悔しかったが、
今となってはまぁ無理もなかったなと思う。いくら照れくさかったからとはいえ、
あんなにも浮ついて芝居がかった告白の仕方をしたら、そりゃ向こうも本気だなんて信じてくれなかったのは当然だ。
あの頃の己の馬鹿さ加減には、今でも思い出すたびに後悔する。
 あの失恋から、気がつけば3倍近い時間を生きてしまった。彼女はどうしているだろうか。
せめて近況だけでも分かったらさっきの夢を笑って否定できるというのに、
今ではもう何処でどんな暮らしをしているのかすら知れない。
願わくば、その人生が幸福で健やかなるものであってほしい。

 気になると言えば、もう一人。かれこれ10年近く消息不明な友人がいる。
 思い出すだに偏屈な男だった。
この世の誰よりも映画を愛し、その愛を理解できない者たちを憎悪し蔑視して、結果、
世界を丸ごと敵に廻しているかのような困った気性の持ち主だった。どうして俺こいつと友達でいられるんだろう?
と不思議になるほどヒドイことをお互い言ったり言われたり、やったりやられたり、それでもこの腐れ縁は生涯続くんだろうな、
などと何となく思っていたのだが、しばらく音信不通な時期が過ぎた後、気がつけば本当に行方が分からなくなっていた。
 連絡を請う手紙にも返信はなく、転居したのか、それとも無視されているのか。
実家の連絡先も聞いていた筈なのに紛失してしまい、手がかりは皆無である。
あそこまで社会性に欠ける男だと野垂れ死にしていても不思議はない。正直、心配である。

 あの二人、今でもアニメは観ているだろうか? 「魔法少女まどかマギカ」って知っているだろうか。
 それの脚本書いた虚淵玄ってね、実は俺なんだよ。貴方の記憶に残っているか、今となってはもう定かでないけれど。
かつて一度は貴方と人生が交差したことのある誰かさんなんだよ。

 ああ、確かに俺は成功した。俺はいま大勢の人に褒められている。
そうして賜った賛辞を受け止めて、俺はいま自分のことを誇りに思っても良いのだろう。
 でも本当にそれを自慢したかった相手、認めてもらいたかった相手と、どれほど距離が離れてしまったことか。
どれほど長い時間が経ってしまったことか。
 こんな感情、若い頃には想像だにしなかった。歳を取ってから解ること、というのも色々とあるもんだねー。