ある日、母はメアリーを連れて外へ出た。まだ日が昇りきらない明け方。いつもは越えることが許されなかった壁の向こうへと連れ出してくれた。
 限りのない空、遠くから近くから聞こえる様々な音。ハッとする緑と何処へ続くかもわからない道。そのどれを取っても、メアリーが自分の目で見たことのないまさしく架空の存在だった。
 駆け回り、寝そべり、空気を吸って匂いを嗅いだ。はしゃぐメアリーを見つめる母は穏やかで、そして何処か悲しげだった。その母は言う。
「あなたは自由なのよ。今日が特別なんじゃなくて、これがあるべき本来の日常なの」
「じゃあ、いつでも連れてきてくれるの?」
 メアリーの目は輝いた。
「違うわ。あなたは外の世界を知るべき。これからは施設ではなく、この外の世界で生きていくの」
 そう言われると不意に不安になった。確かに退屈はしていたが、いざとなるとまるで出て行けと言われているような気分だった。独りで何も知らないところへ行くのはいくらメアリーでも怖い。
「大丈夫よ。ちゃんと人に案内もさせるし、待ち合わせ場所をこのマップデバイスに入れておいたわ。私は…」
 そこまで言って母は言葉を濁した。メアリーはそれが意味する所を何となく察した。きっと一緒には来てくれないのだろう。