戸口正徳は1948年2月7日東京都葛飾区生まれで、父親が韓国人の在日韓国人二世
修徳高校時代は柔道部に入部し、卒業時には6つの大学からスカウトの声がかかる程の
実力があったが、67年に小学生の頃からの憧れである日本プロレスに入門を果たす。
大木は韓国人同士ということで「自分が戸口を預かる」と会社に進言した。
戸口は大木に付いて韓国に渡り、トレーニングを積んで韓国で一試合を行い帰国
68年8月30日に柴田勝久戦で正式デビューを果たす。
戸口は「俺の心の師匠は大木さんだけど、レスリングの師匠はゴッチさんだよ」と
プロレスラーの基礎を作ったのはコーチとして来日していたゴッチだった。
英語は子供の頃に身につけていて、ゴッチの話を通訳したりしていた。
日プロ崩壊後は大木の紹介でロサンゼルスに渡り、リングネームのキム・ドクは
大木の本名キム・イルのキムと、戸口の本名である正徳(せいとく)からドクと命名
戸口は必死になってアメリカマット界を生き抜こうとしていたが、
師匠の大木に「全日本で俺のパートナーになって欲しい」と頼み込まれ
断れなかった。