>>888
うちの近所に、いわゆる聾唖のおじいさんが住んでた。

祖父母と同世代くらいで、事情があるのか、家族はいないそうで、親戚とも離れて一人暮らしだった。

私は、小さい時、「聾唖」ということがわからなくて、どうしてあのおじいさんはいつもニコニコしてるのに、挨拶しても返事してくれないのかな?

と思って、母に尋ねた。

「おじいさんは耳が聞こえなくて、喋ることもできないの。

だから、あんたが挨拶しても聞こえないの。無視してるんじゃないのよ」

と教えられ、聞こえない、喋れないってつらいなと思った。

そんなおじいさんに、弟はよく懐いてた。

おじいさんは手話もできなくて、意思の疎通は基本的に筆談。

学校もまともに行けてないそうで、ひらがなばかり。

弟が「今日ね、○○(差別用語)さんに漢字教えてあげた!」と言った時、母が卒倒しかけたけど、その差別用語は、おじいさんが幼少期からずっと、周囲に言われ続けたことだった。

自分が耳が聞こえないのは本当だから、と。

両親は弟に

「いくら本人がいいと言っても、そう呼んじゃ駄目」

と言っていたが、6歳の弟にはよくわからなくて、結局、親が折れた。

幸い、近所の人達も、おじいさんが自分のことをそう言っているのはわかってたから、弟は責められなかった。

弟は成長するにつれてやんちゃになり、悪ガキになっていったが、何故かおじいさんにだけはとても優しかった。

不思議なことに、筆談してないのに、弟はおじいさんが歩いてるのを見かけると

「○○さん、どしたの?」

「買い物行くの?病院?」

「そっか、買い物か。何がいるの?買ってきたげるよ」