素晴らしい薩摩文化シリーズ
【超高税の農民虐め】

薩摩では百姓の本田畠に対しては79.6%と言う常軌を逸した高税が課されていた。
(自ら田畠を耕す自作郷士も大勢いたが郷士の自作地については僅か18.4%の課税)
更に食料や収入になりそうな樹木にも附籾と言われる課税がされていた。
(例えば、柿や漆は1本あたり籾1升に換算されて課税される)

そして15~60歳の男子に用夫役や狩夫役などの労役が課せられ
公役は「月三十五日」と言われる過酷なものであった。
薩摩には独特の門割制度と言うものがあり
要するに耕作者の均一を図る為に
人口の少ない所には多い所から人を強制移住させるものである
選抜は「くじ」で行われ家族もばらばらに引き裂かれた。

明治期に至っても士族至上主義の農民虐めは続き
地租改正後も土地は士族が大半を独占し農民は小作になり士族支配の形は変わらなかった。
当初、選挙権・被選挙権共に地租の所有量により与えられた為
薩摩では議員も殆どが士族であり※後述
薩摩は太平洋戦争後まで封建制度が継続する事になった。