「そんなものは副頭取までなんだよ」住友銀行・元大物頭取の訃報はなぜ伏せられたのか?《尾を引くイトマン事件の怨念》
児玉 博 文春オンライン

「俺には女なんかいやしないのに」
 巽は当時を振り返り、苦笑していたという。しかし、尾行されていた当時は、銀行の通用門から出てはタクシーに乗り、予め数キロ先に待たせていた公用車に乗り換えたりしていた。こんな日常を巽は愚痴をこぼすこと無く続けた。

 剛胆な巽は他人事のように呟いていたが、そうしたことを間近に見ていた子供等には目に見えぬ恐怖が知らぬ間に植え付けられていた。
巽が会長職にあった時代に起きた名古屋支店長射殺事件(1994年9月)はそうした恐怖を決定的にした。

 イトマン事件からおよそ30年。少なくない時間が経過したが、身を以て恐怖を体験した家族から闇の勢力への恐れが消えることはなかった。それがゆえに、巽の逝去を公にすることを頑に拒んだのも、妙な輩が葬儀に来ては困る、という理由からだった。
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「自分の強みは官庁への太いパイプと闇の勢力の情報です。その強みを受け皿会社で生かしていきたいです」
 堂々と言う國重に、巽はちょっと困った表情を見せながらこう返事をした。

「そうは言うけども、頭取になる人間にはそんな情報なんか必要ないんだよ。そんなものは副頭取までなんだよ、國重君」