この慶応法の問題の解説の一つ
ワロタ

4.慶應義塾大 法学部
<種別>難問・出題ミス
<問題>2 [設問] 下線部(イ)の東南アジアへの遠征(編註:元朝による遠征のこと)に関する
最も適切な記述を下から選び,その番号を (43)(44) にマークしなさい。

[01] ジャワ島東部に栄え,元を撃退して建国されたのが,ヒンドゥー教国のシンガサリ朝である。
[02] イラワディ川中流域に成立したビルマ最初の統一王朝であるパガン朝では,大衆部仏教が導入され,仏教文化が栄えた。
[03] 元との戦いを通じて民族的自覚が高まったこともあり,陳朝では漢字を基にしたベトナムの文字チュノムを用いて自国の歴史書が編纂された。
[04] 李朝大越は,儒教や仏教を取り入れ,科挙の制度を置く等,中国化を進め,元の侵攻を3度撃退した。
[05] スマトラ島に起こったサンジャヤ朝は,宋代の中国では三仏斉として知られた。

<解答解説>
[01]はシンガサリ朝がマジャパヒト王国の誤り。[02]は大衆部が上座部の誤り。なお,大衆部は部派仏教の1つで,
パガン朝の時代にはそもそも存在していない。大衆部はそのまま上座部に埋没して消滅したという説と,大乗仏教につながったという説があるが,
私も詳しくないので深入りはしない。仮にこれを大乗仏教と見なしたとしても誤文であるが。大衆部は高校世界史範囲外。
[03]は陳朝の時代に編纂された歴史書は『大越史記』を指していると思われるが,これは漢文であるので誤り。
チュノムはもっぱら文学作品に用いられており,硬い文章は漢文であった。これは朝鮮王朝の訓民正音と同じような扱いである。
『大越史記』は高校世界史範囲外。[04]は元の侵攻を受けたのが李朝ではなく陳朝なので誤り。[05]はサンジャヤ朝がジャーヴァカの誤り。
サンジャヤ朝は古マタラム王国の王朝で,ジャワ島の王朝になる。サンジャヤ朝は高校世界史範囲外。ついでに言うと「起こった」は「興った」の誤字。
また,そもそもこの選択肢,元代ではなく宋代の話をしていて下線部とのかかわりが無い。