甲子園に出場した進学校で最も強かったと思うチームは?
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愛媛県西予市で、ダム放水量急増によって川が氾濫、逃げ遅れた5人が犠牲に
行政の対応ミスで一般市民が犠牲に
行政による殺人でも知らん顔の種無し安倍シンゾー与党を野党は攻め切れるか? 過去最高成績甲子園ベスト4の進学校 筑波大附属 初戦突破
筑波大附属3−2足立新田 昔の中等野球では
甲陽学院、和歌山中(現・桐蔭高校)、愛知一中(現・旭丘高校)が全国優勝しているし
戦後も 小倉中、湘南高校、四日市高校などが優勝している
選抜では 北野高校が優勝しているのも驚き リアルタイムで見てきたので強いと感じたのは
88’浦和市立(ベスト4)、95’韮山(ベスト16) 屋根無し球場において炎天下で試合をするのもおかしいし
まして優勝するために2週間で6試合、特に後半は1週間で4試合もさせるなんておかしい。
甲子園をドーム球場に改変させないのであれば
高校野球全国大会は春だけにして
3年になったら学業に専念させたほうが良いかもね
夏休みは野球部員も夏期講習で勉強するのが当たり前の日本にならなければ
支那やインドやシンガポールに経済的に負けてしまうぞ >>97
アメリカの大学スポーツは本当に「文武両道」日本の野球界が異常なだけ
日本の大学よりも文武両道を徹底する大学が多く、 学業と野球の両立が必須になっており、
学業の成績が悪いと試合や練習に参加できなかったり強制的に退部になるので、
必死に勉強も頑張らざるを得ないシステムになっている。
なんでかといえば体育会採用や社会人スポーツという受け皿がないから、基本的に文武両道しか許されないため
要するに日本の体育会のような"甘え"が存在しない世界なのだ。
そのため、アメリカの大学では、スポーツをしながら勉強することができる環境が整っており、
文武両道のメジャーリーガーも多数いる。
ジェフ・フランシス=ブリティッシュ・コロンビア大出身
クレイグ・ブレスロウ=名門イェール大学で分子生物物理学と生化学を専攻。
クリス・ヤング、ロス・オーレンドルフ=プリンストン大学出身
サム・ファルド=スタンフォード大出身
マイク・ムッシーナ
=スタンフォード首席かつメジャー通算270勝
こういうのがMLBの高レベルの秘密だったりする アメリカの高校野球事情について・・・。アメリカと日本の野球の最大の違いは「試合数」。
アメリカでは少年野球から高校野球、大学野球まで、実に多くの公式戦が組まれる。
NCAAの大学ともなれば、春の野球シーズンだけで35試合、1年では70試合。
これが約100日間の間に組まれる。さらにトーナメントやポストシーズンなどもある。
試合数が多いからロースターに登録される選手も多くなる。出場機会も増える。投手のローテーションや分業も進む。
そして力量に合わせて、1つの学校が複数のチームを持つのも異なっている。
プロ野球と同じように、1軍、2軍、3軍があるのだ。もちろん、技量のある選手は昇格することもできる。
日本のように年がら年中練習をするだけで、試合には出ない選手はいないのだ。
そのうえでアメリカの野球選手は、野球以外のスポーツもするのだ。
※アメリカでは「複数のスポーツ」をたしなむことが奨励される。
さらにアメリカの高校や大学では学業と野球の両立が必須になっており、
学業の成績が悪いと試合や練習に参加できなかったり強制的に退部になるシステムが存在するので
必死に勉強も頑張らざるを得ないシステムになっている。
視野が広がるし、自分で物事を判断する力もつくだろう。
野球部の指導者に洗脳されるような日本のやり方よりも、あきらかに健全だ。
何かに特化しなくては一流になれない的な考え方で
ガリ勉とか脳みそ筋肉野郎を生み出し続ける日本の教育システムじゃ、
支那や朝鮮にインドやシンガポールに差を詰められるのは当然だろう。
日本とアメリカは土壌が違うと思われるかもしれないが、
今、問題が露呈している日本の「部活」は、学習指導要領に組み込まれて改革が進んでいる最中だ。 .
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2009pdf/20090701051.pdf
http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/013_index/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/08/17/1386194_02.pdf
http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/013_index/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/03/19/1402624_1.pdf
これもまた現状の「部活」が21世紀の時代に通用しないものだと、政府が認識しているからに他ならない 千葉史上最強
木更津総合の武士達
1 中 東 横浜の板川、及川から1イニング二本のフェン直
2 遊 神子 打率4割超 守備は今大会No. 1ショート
3 捕 山中 父は東邦V時の主将。サラブレッド
4 三 野尻 岐阜選抜では根尾とバッテリー。根尾を退け四番
5 左 神山 打率4割超 野尻が歩かされた後の掃除屋
6 右 太田 決勝戦、先制されるもすかさず逆転ツーラン
7 一 大久保 打率4割超 広角に打てる安打製造機
8 二 小池 兄はU18主将 センス抜群で一年生からレギュラー
9 投 白井 U15 打撃も良く中軸でも違和感なし
控え投手
根本 Max149kmの大型右腕 体格も申し分なし
篠木 素晴らしい直球を持つスーパー一年生 一見の価値有り
田中 コントロール抜群の精密機械
吉鶴 父はソフトバンクバッテリーコーチ 一年生でMax135左腕 甲子園ベスト8の時の長崎北陽台は
エースが慶應に行って残りのスタメン全員が国公立大に入ったらしい
国公立大って言っても別に旧帝ではなく地元の大学だろうけど
それでも夏の出場校の野球部員自身の進学実績としてはなかなか凄いね 1955年夏と国体連覇の四日市
この偉業はどの進学校もなし得ていない 第9回選手権大会の甲陽中(現:甲陽学院)
別当薫を擁し、全国優勝。 九州勢甲子園で東北勢に9連敗
夏96回 利府4-2佐賀北
セ87回 八戸学院光星9-2九州学院
セ87回 仙台育英12-0神村学園
夏97回 仙台育英12-1明豊
夏97回 秋田商3-1龍谷
夏98回 盛岡大附8-6九州国際大附
夏99回 聖光学院5-4聖心ウルスラ
セ90回 聖光学院5-3東筑
夏100回 金足農5-1鹿児島実←new 優勝した湘南。
選手のその後の進学先も素晴らしい。
都立初出場の国立。
ここもエースの市川さんが東大でもエースで、リーグ戦でも勝星をあげている。
東京で初めての公立の代表校でベスト4の東京高師附属。
野球部員でベンチ外だったけど、その後2年まで東大野球部員で、卒業後に官僚から衆議院議員となり大臣にまでなった藤井さんのいた野球部。
この3つでしょ。 >>112
スポーツにおいて、それぞれの種目で全国大会で上位を狙える私立校を多く抱える東京では、
異様なまでに「公立高校が全国大会に出場」が実現できる難易度が高くなる
都立国立高校が甲子園に出たのは「伝説」の領域。市川投手は「ネ申」の領域だった
国立は凄い応援だったらしいね 相手は「二度とあんな中で野球やりたくない」って
1946年夏 東京高等師範学校附属中学校(現在の国立筑波大学附属中学校・高等学校)
それまで私学が独占していた東京代表の座を公立(国立)として初めて奪取に成功、
第28回全国中等学校野球大会に出場しベスト4まで勝ち進んだ。
http://www.asahi.com/koshien/articles/ASH790SZGH78PTIL02V.html
1980年夏 都立国立高等学校
都立として初めて夏の甲子園に出場に成功、
文武両道を高いレベルで実践している“公立進学校野球部”が甲子園に出場したので大騒ぎになった
https://www.youtube.com/watch?v=cCrLQpVB1ng
https://www.youtube.com/watch?v=UaGciVeO1zQ
1999年夏 都立城東高等学校
2001年夏 都立城東高等学校
2003年夏 都立雪谷高等学校
2014年春 都立小山台高等学校
高校野球で全国大会出場経験がある公立校は僅か5校しかなく、
私立校に比べたら絶望的に低い出場確率になっており、
特に、西東京地区は「公立高校の甲子園出場」から最も遠ざかっているエリアになっている
都立国立高校OBは、フロントとはいえ西武の一員になったやつがいる
.
西武の専務は“都立の星”国立高のセンターだった!!
http://www.sanspo.com/baseball/news/20150624/lio15062413000002-n1.html
http://www.sanspo.com/baseball/news/20150624/lio15062413000002-n2.html
横浜アリーナ・関洋二社長 野球 専門的な楽しみ方増えうれしい
http://www.sankei.com/region/news/171210/rgn1712100044-n1.html
1980年当時は今よりも野球留学とかが盛んでなく
都立でもちょっと野球を知っている子が入ればどうにかなる可能性があった。
だが2018年の今となっては、センバツ21世紀枠以外で甲子園出場は不可能だろう せっかくの日曜日なのに 実力差のあるカードばかりでつまらん
広陵 仙台育英 済美 は昨年に比べて大きく戦力ダウン
年次によって強い弱いは仕方ないけどね >>114
あの年の国立高校がすごかったのは、学校群制度の中での出場だったことですね。
立川高校、国立高校と72群を形成して、本人の希望ではなくて教育委員会により合格者がこの2校に振り分けられ、その中からの出場ということ。
本人が国立高校へ進学を希望していても、その通りになるかどうかは発表時までわからないということ。
国立で野球やりたくて受けて、立川にまわされた選手は悔しかっただろうなと思う。
本人の希望通りにならないという残酷な受験制度、それが学校群制度。 >>114
その頃の都立で可能性の有ったのは学校群から外れた西東京の単独校。
「甲子園の心を求めて」
で有名な佐藤さんが監督を勤めた、そこそこ進学校の東大和は単独高校だったので、一番都立で甲子園に近かったが、二度西東京の決勝で敗退。
決勝で敗れた鴛海投手は、慶応でも投手で活躍。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています