山本七平の『空気の研究』(文春文庫)を一部読み返しています。
この本はかなり前に書かれた本ですが(1983年10月)、いまだに
日本社会を覆っている「空気」の本質を論じえていることに驚かされています。
しかしこのことは、日本人の思考が、その場その場を支配している「空気」から脱却できない証拠でしょう。

では、なぜ日本人はいまだに「空気」から脱却できないのでしょう。
私の考えでは、「空気」を否定すると、その代わりとなるもの、代替となるものが存在しないからだと思います。
あるいは代替になるものを構築できないからだと思います。
代替になるものとは、具体的には合理思考、リアリズム思考、戦略思考等でしょう。

もうひとつの着眼点として、この『空気の研究』では、うさんくさい空気の発生を
排除するためには並々ならぬ不断の努力が必要になるということが述べられています。
ある意味で怠慢な人間には空気の排除は出来ないですね。それと、個の強さが必要です。
個が弱いと、その人にとって周囲の空気に流されるほうが一見して楽であるかのように見えます。
逆に言うと「空気」に抗するためには個の強さが求められます。

結論をまとめると、「空気」を否定するためには、「空気」に流された生き方の
代替思考、すなわち合理思考、リアリズム思考、戦略思考等が必要とされる。

「空気」の発生の排除をするには不断の努力が要る。それには個の強さと勤勉が不可欠である。
個が弱く怠惰な人間には「空気」の排除はできない、ということです。