ウォードはまだゴロフキンがアメリカで無名に近いチャンプだった頃に試合の話もちかけられて断った
ウォードが長らく休養してる間にゴロフキンが有名になった
そこで因縁作ってゴロフキンとやろうとしたが逆に断られた
しかもその頃ウォードはライトヘビーに進出するつもりで体作り上げてたし、
ゴロフキンはミドル統一に専念していた

これをしてアンチゴロフキンのキチガイがゴロフキはウォードから逃げたと吹聴してまわり、
馬鹿が騙されて逃げたと思い込まされた