空港が近づいてきた。
つまり、死ぬときが迫ってきたのだ。

つい、彼女の顔を思い出してしまった。
できるだけ避けようと思っていたことが、つい浮かんでしまった。

ろくでもない男に惚れてしまった、かわいそうな女性だった。
殴られたり怒鳴られたりなど茶飯事で、病院に担ぎ込まれたことも一度二度ではない。

おばちゃんに相談されたものの、彼は最初はなんとも思わなかった。
できるだけ人との関わりは避けようと思っていたし、
それに不幸比べなら、彼はもっと陰惨な人生を山ほど見てきた。

だが、彼女に直接会って、彼はどうしても助けたいと感じてしまった。

ボスに、相談した。
『組織』に頼みごとをしたのは、それが最初で最後だった。
ボスはなにも言わずに、『後片付け』が得意な男を紹介してくれた。

彼女にも、おばちゃんにも、なにも言わなかった。
ろくでなしが、突然消えた。別の女と駆け落ちでもしたのだろう。世間はそう思っている。
彼が何をしたのか、誰も知らない。誰にも、知られることはない。
それでいいのだ。
彼女の瞳が、明るい光を取り戻した。彼にとっては、それだけで十分だった。

なぜ、そうまでして彼女を守りたいと思ったのだろうか、と彼は考える。
しかしすぐに、考える必要がないことだと気づいて、首を振った。

答えはわかりきっていることだ。
だが、彼はボスから与えられた使命のために、あえてその答えを無視してきた。
そして、今も無視している。

仕方ないことだ。
彼は、そう割り切った。
いや、割り切っていると、自分に嘘をついた。