憶測です。
やはり両先生のタイプが違ったためですが
大泉本やジル本を読んで
竹宮先生は漫画家になる前一年間学生運動に身を投じた事も影響しますね。
言論やディスカッション部分が強かった。
萩尾先生はそうじゃなかった。
立地点が創作側だった。
大泉はモラトリアムの楽園だった。
萩尾先生は疑いも無く浸っていたけれど
(精神的に竹宮先生や増山さんが庇護者となった居場所を見つけて浸っていたかったからでしょう)だけど楽園はいずれ崩壊する。
そして城さんが語る大泉の空気の変化は、今で言う「察しろよ」フラグが立っていたようですね。
竹宮先生と増山さんが「少女漫画革命」理念の裏で膨らんでしまった革命の旗を奪われるかのように感じる感情のもつれ。
その後、大泉自体は解消して下井草にそれぞれが移り住んでからOSマンションでの言葉を変えたつるし上げでとっちめられた。
言葉は冷静でもつるし上げですから、庇護者的に感じていた萩尾先生は不穏な空気と背後の感情に頭が真っ白になって言葉が出なかった。問い詰められるなんて思ってもいなかったから。
だから当時の状況は萩尾先生の記憶にも空白部分があるかもしれません。
「少女漫画革命」を願うならメンバーを潰してどうするんでしょう?
一方的に感情を暴走させたまま「風の噂」の発生源にまでなっていますし。