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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart78【創作】
0001作者の都合により名無しです垢版2014/06/30(月) 23:40:51.77ID:Ksw3mKJQ0
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。

元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?

◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇

SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。

過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。

前スレ
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まとめサイト(バレ氏)
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WIKIまとめ(ゴート氏)
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0093永遠の扉垢版2016/08/14(日) 22:57:59.41ID:0Q1QQcFM
 今から地球で戦いが始まる。

 しかしカズキとヴィクターだけは物理的な埒外に置かれ続ける。
 地球と、月なのだ。彼方此方の距離は想像を絶する。


 結論から言うと彼らは地球での戦いをほとんど知らずに戦い続けた。


 繰り返しだ。斧を振る。振りかざす。少年が希望の片鱗を覗かせるたびヴィクターは己が絶望を重力に込めて叩きつける。
 どれほど足掻こうと変えられなかった運命を、失った正義や仲間に追われた悲哀、妻の体の自由を奪ってしまった忌むべき
偶然、娘すら怪物に変えられた絶望(いかり)をヴィクターは縁もゆかりもないカズキに向けて……打ちのめす。

 果てしない繰り返し。ルーチンワーク。身に染み付いたコトだけを彼らはただ忠実に実行し続ける。地球が昼を迎えようと、
夜に染まろうと、再びの朝に至ろうと……2人は不文律だけなぞり続けてきた。

 彼らが地球に届けられる物の片方は……『僅かな光』。正史における武藤カズキ帰還のキッカケは、ヴィクターが手にした
サンライトハートの瞬きだった。光は月からでも地球に届く。

 ならば、その、逆は?

 届けられるもう片方は『重力』。しかしそれは光よりもごく僅か。



 ……。


 今から始まる地球での戦いを締めくくるのは早坂秋水とメルスティーン=ブレイド。

 前者はカズキの、後者はヴィクターの戦友である。

 もしカズキとヴィクターが戦友の戦いを知ったとしても、その送受信に使えるのは光と重力のみである。

 故に、彼らの、関与は。
0094永遠の扉垢版2016/08/14(日) 22:58:25.04ID:0Q1QQcFM
 今から地球で、戦いが、始まる。






 9月16日 15時28分。

 沼津付近の森。

「1600(ヒトロクマルマル)からよねえ、大戦士長の救出作戦」
「あと30分ってとこだね。戦士たちがここに集まるまで」

 見目麗しい、女性と見まごう美貌の若い男性の呟きに眼鏡をかけた卑屈な大学生風の青年が答える。

 前者は円山円(まるやままどか)。後者は犬飼倫太郎。悪と戦う錬金戦団の一員である。敵味方問わず身長を吹き飛ば
す風船爆弾や狂犬病の名の如く暴走する犬人形の武装錬金を持つため、組織から『奇兵』として扱われている彼らはいま、
危険な任務をやらされていた。

「フム。あれが監禁場所。あれが敵どものアジトか」

 円山や犬飼の傍で遠眼鏡を覗き込む大男が1人。戦団支給の制服に時代錯誤な陣羽織を羽織っている彼の名は戦部
厳至(いくさべげんじ)。伸ばしっ放しの総髪や不遜の顔つきのせいでまるで荒武者のように見える彼は3人の中で一番の実
力者だ。どれほどのダメージを受けようとたちどころに修復する十文字槍1つで現役戦士中もっとも多くのホムンクルスを
撃破した記録保持者(レコードホルダー)が居ればこそ、敵アジト付近での斥候といった危険な任務をやっていられる円山
と犬飼だ。

「本当、戦部が用心棒だと安心ね。なにしろ相手は”あの”大戦士長を攫った実力者……ヴィクターVと互角かそれ以上」
「どうかな? 身長57mのバスターバロンを出す前に奇襲した臆病者たちの集まりってセンもあるけど?」
 属する組織の重役が誘拐されたというのにどこか人事のように麗しい声を漏らす円山に対し、犬飼は過小評価を返す。
「誘拐発生は8月29日。既に3週間近く囚われている。俺たちを力尽くで抑えられる火渡戦士長を素手で叩きのめせる
大戦士長が3週間近くもだ。もし奇襲で捕まっていたとしても……敵にはそれを保持するだけの実力があるとみるべき」
 戦部は遠眼鏡を懐に仕舞いこむと、遠望する赤い屋根の建物を舌なめずりしながら見た。犬飼とは逆で、敵がどれほ
ど強いかという期待ばかり満ちている。その期待を叶える為の戦いで味方を見捨てたり巻き添えにしたりするため戦部
もまた奇兵と呼ばれている。

 とにかく錬金戦団にとって、大戦士長・坂口照星の誘拐は恐るべき大事件だった。上層部が不気味がったのは、実行犯
が何1つ要求せぬ事実だった。普通ならば身代金要求がある筈なのに全くない。共同体の盟主といった収監中のホムン
クルスの解放すら求められていない。ならまさかと処刑映像の送付に日々身構えてはみたがそれも来ない。

 何のために照星が攫われたのかまったく不明のまま月日が過ぎ早16日目。上層部は混乱したが臨時で大戦士長代行
を務めるようになった火渡の「さっさと老頭児(ロートル)連れ戻しゃ済む話だろうが! 連れ戻して、舐めた連中全員ブッ
殺しゃそれで済む!」という恐るべき一言に鞭打たれるまま救出作戦が実行に移された。

 9月半ばとはいえまだ暑い。8月末からこっちずっと野宿前提の追跡任務に従事させられてきた犬飼たち3人は「やっと
今日でひと段落か」という気分である。
 由緒正しい戦士の家系に生まれた犬飼は、雑役婦でもできそうな追跡と監視をやらされている待遇が不満だし、エステが
好きな円山は毎日毎日汗だくの体を濾過されていない川などの水で洗う生活にそろそろ嫌気が差している。戦部は獲物の
ためなら野宿も辞さない性分だが、強豪がすぐ近くにいると分かっていながら待機せざるを得ない状況にやれやれと思って
いる。
0095永遠の扉垢版2016/08/14(日) 22:59:07.31ID:0Q1QQcFM
「まあ、仕掛け時を待たされるのは今回が始めてという訳でもない。どうせあと30分、ここまで来たら気長にやるさ」
 ずた袋から取り出した鮮血滴る生肉を頬張る戦部。犬飼はそれを見てちょっと首を竦めた。「今朝襲ってきたクマです
もんね」円山は爪にヤスリをかけながら一瞥もせず呟いた。唖然とする犬飼の視線を誤解したのか戦部は「お前も食うか?」
とハムスター風に膨れた頬で呟いた。
「いや焼けよ!! 野生をナマって! 寄生虫とか怖いだろ!」
「何を言う。焼けば炊煙で所在がバレるだろ」
「確かにそうだけど!! お前強い敵と戦いたいんだよな!? だったら焼いて呼んで抜け駆けした方がいいだろ!!」
「そういえばヴィクター級の気配、いまは1つだったわよねえ。張り込み途中から2つ減ったんだし、3人で奇襲したら案外
うまく行くかもだけど」
 なんでしないの? 爪をふうっと一吹きした円山が聞くと戦部は生肉を飲み干し、答えた。
「前も言ったが俺は大戦士長とも戦いたいんでな。迂闊で殺されてもつまるまい」
 ああそう。今回だけは特別、救出開始まで自重するって訳? 犬飼は舌打ち混じりだ。
「まあな。だが一番槍は頂くぞ。俺にここまでつまらぬ我慢を強いたんだ、戦団の連中が何を言おうが頂かせてもらう」
「ふーーーん」。犬飼の瞳から不快が抜けちょっと小ずるくなった。

 人間はちょっと同じ態度の人間を見つけると途端に気を大きくするものだ。冷や飯を食わされていると憤る犬飼は、戦部
の「さんざん待たされた」という不服とも取れる感想に我が意を得たりとばかり言葉を紡ぐ。戦団に従わない相手ならば戦団
への不満を理解してくれるとついつい淡い期待を寄せたのだ。

「本当、戦団の動きの遅さには呆れるよ」。犬飼はやれやれと嘆息した。よく見ると整っている顔立ちなのだが、全体的に
小賢しさと卑屈さが滲んでいるため「美形」という風格はない。「せっかくボクがレイビーズの嗅覚で居場所を突き止めたって
いうのに、『待て』だからね」。これで大戦士長が死んでても責任負わないよと意地悪く笑う犬飼。言外に自分を冷遇する戦団
がいかに愚かかという熱弁がある。
「仕方ないじゃない」
 円山はやや冷笑気味。稚拙な文法を肯定したら自分まで同じ穴の狢とばかり別意見。
「戦団はヴィクターに手ひどくやられたせいで軍備ガッタガタなのよ? 動ける戦士を集めたり、動けない戦士を動けるように
したりで上から下までてんやわんや。むしろ頑張った方じゃない? アジト発見からたった1週間で作戦実行なんだから」
 ま、交代要員ぐらい寄越して欲しかったけどね。シャワー浴びたさでそれだけを付け足す円山に犬飼はやや論破のたじろぎ
を浮かべたが、何かを探すように視線を左右させるや「気付き」という苦虫を噛み潰したようなカオになる。
「そのよくやってる戦団の足引いてるのは誰だい? 銀成の連中じゃないか。本当なら今ごろ楯山千歳と根来は来ていた
筈だろ」
「まあそうね。瞬間移動持ちとその制限(100kg)にひっかからない単身痩躯だもの。何事もなければあっという間に、だけど」
「銀成の奴ら、急な任務がどうとかで借りやがって……!」
「まさか大戦士長を攫った組織の、レティクルの幹部があっちに現れるとはな」
「最初こそ軽い疑惑だったのにあれよあれよと大規模戦闘に発展し! 結果!!」
 千歳は失明。敵幹部の武装錬金を除去すれば治るとはいえ「敵の視認によって索敵・追跡」というレーダーの武装錬金を
まったく活かせぬ状況に陥った。
「根来に至っては自ら失踪! しかも銀成の推測ときたら「楯山千歳の仇を討つため」……? 根来だぞ、的外れも大概だ!」
「そこだけは私も犬飼ちゃんと同意見だけど」、かつて根来に囮にされた円山は首肯するが、くすりと意味ありげに笑う。
「アナタが銀成に否定的なのって、個人的な恨みよね?」
 う。犬飼は呻いた。図星でなくてなんであろう。戦部は首を傾げた。
「ん? 何かあったのか?」
「だってェ、あの街といえば」 言うな! 鋭い犬飼の叱咤が跳ぶが円山はお構いなしに続ける。
「銀成といえば武藤カズキなのよ。再殺騒ぎの時、犬飼ちゃんに情けをかけたヴィクターVこと武藤カズキに守られた街
だもの」
「円山……! なんでソレ知ってるんだよ!! お前あのとき既に場を退いていただろ!! 誰にも言ってないのに何でだよ!」
「そりゃ、『ぶざげるなぁッ!』とか『さあ殺せ!』とか大声でガナってれば嫌でも聞こえるし察しもつくわよ。私あのとき風船に
乗ってたのよ、そんなにすぐ遠ざかれる訳ないじゃない」
0096永遠の扉垢版2016/08/14(日) 22:59:49.43ID:0Q1QQcFM
「ホムンクルスと約束するような戦士だ。運が悪かったな」
 戦部は軽く笑ってから2枚目のクマ肉を取り出した。
「あと私があの件知らないと思ってるなら銀成の下り遮りにかかったのは失敗ね。アレで何があったか確信しちゃったもの私。
フザけるなとか殺せとかだけなら、『激怒しつつ再発動した自動人形に敵の殺害を命じている』って解釈もアリだし、判断つき
かねていたし」
「円山お前カマかけたのか!?」 叫ぶ犬飼に「私にソレってギャグ?」と見た目は女性の男性はちょっと呆れたが、すぐいつも
の悠然とした調子に戻る。
「ま、再殺対象とその味方あわせて2人の前にほぼ戦闘不能で取り残されたにも関わらず核鉄持ちで生還した時点で何か
あったとは思ってたけど、そう、コトもあろうに情け深く見逃されちゃったのねえ。確かにソレ必死こいて逃げるより屈辱よねえ」
 坊主憎けりゃ何とやら。犬飼が銀成を悪く言いたくなるのも無理はない。
「でもその銀成から核鉄借りたお陰でアジト見つけられたのも誰って話よ?」
「言うな……!!」
 追跡当初犬飼はまったく手がかりを掴めなかった。仕方なく銀成市にかけあって核鉄を1つ貸与してもらい……ダブル武
装錬金、四頭の軍用犬(ミリタリードッグ)を使ってようやくココまで来れた形である。
「だ! だいたい円山、お前だって銀成守った女戦士に腹裂かれてるだろ!!?」 最後の悪あがきとばかり論理に縋る犬
飼だが、理論武装による感情正当化が通じた例(ためし)は古今ない。都知事ですら、ダメだったのだ。
「腹裂いた女戦士……ああ、津村斗貴子ね? そりゃああのコ自身はちょっと嫌いっていうか軽くトラウマだけどぉ、だから
って任務で守った土地まで恨むのは、ねえ?」
「逆恨みも格を下げるぞ。敵の気まぐれで生かされるのも一興と笑う方がまだ楽しめる」
 同じく銀成と縁深いパピヨンに敗亡した戦部にそう言われると犬飼の立つ瀬はない。彼はきゅっと唇を結び拳を握る。
「だとしても銀成のせいで根来や楯山千歳が戦線離脱したのは事実だろ……! お陰で火渡戦士長まで事後処理で銀成
寄る羽目になった! 最高指揮官の到着が、銀成のせいで遅れてないって言えるのか…………!」
「そっちの遅れは公務とかのせいでもあるし、一概にはねえ。最後に寄ったのが銀成ってだけで過剰反応しすぎ」
「だいたい遅参を言うならディープブレッシングに乗り込まされた連中も大概だぞ? 根来たちほどすぐ……という予定でも
なかったが、出発地点はそこそこ近かった筈。しかし……な」
 あちこちあらぬ方向へ行ってしまっているため、作戦刻限に間に合わぬ可能性があるという打電を受けたのがつい1時間
前である。そこも犬飼には面白くない。せっかく自分がアジトを突き止めたのに、誰も彼もが遅れているのだ。
「どいつもこいつも……! 大戦士長救出っていう重大作戦なんだぞ、30分前には着いているべきだろ!」
 歯噛みすると円山は「まあまあ」と肩を叩いた。
「強い戦士ほど厄介な任務をやらされているんだもの。救出作戦のために一区切りつけるまでどうしても時間はかかるわよ」
「その代わり直接ココに向かっている連中は粒揃いだ。ディープブレッシングに詰め込まれている半ば予備兵な連中など
比べ物にならん。20位以上の記録保持者(レコードホルダー)すら全員参加だ」
 まあそこはボクも認めてはいる。犬飼がやや寂しそうな表情をしたのは自分の持たぬ「強さ」への羨望が過ぎったからだ。
「ホムンクルス撃破数のレコード持ちが20人……だからね」
「戦部が1位だったわよね確か。で、私にソレ伝えた毒島は18位」
「さすが毒ガス持ちだ」
 肩を揺する戦部に犬飼は嫌味ったらしくすらある余裕を感じた。ABC兵器の一角に十文字槍1本で勝ってる男なのだ、
やっかまれるのは有名税だろう。
「……。火渡戦士長ですら12位……なんだよな。アイツ……じゃないあの人より強いのが戦部以外に10人も来るって
のはどうも信じられないぞ」
 だって戦団最強の攻撃力なんだぞブレイズオブグローリー……火渡の武装錬金の名を呼ぶ犬飼に戦部は
「広域殲滅をできる任務が少ないというのもあるが、どうも奴は記録稼ぎに興味がないらしい」
 犬飼ですら円山のチクリを鑑みやめた「アイツ」的な呼び方を臆面もなくやりながら、更に続ける。
「一時は取り付かれたようにやってたが、1位になってすぐ当時3位の俺に譲ってやめた。単なる闘争では満たされない
らしい。理解できん話だがな」
0097永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:00:19.06ID:0Q1QQcFM
「分からなくもないけど、とにかく11位より上の記録保持者が必ずしも火渡戦士長より強いって訳じゃないのね?」
「だな。俺は純粋に戦いを愉しんだ結果だが、中には「ハメ」で撃破数を稼いでいる者も居る。まあもっとも並みの戦士がホ
ムンクルスにそれをやれば返り討ちだが」
「そういう意味では、全員実力者……か。だったら早く着けよ。ボクがアジトを見つけてやったんだぞ。皆ボヤボヤしやがって」
 彼は拗ねた子供の表情で黙り込んだ。
「そうつまらなそうにするな」。戦部はくつくつと笑った。眉が太く顎も太い彼が笑うとそれだけで一種の凄みがある。
「無事救出が終われば勲一等を授かるのは犬飼、お前さ」
 は? 劣等感に苛まれるが故に褒められるコトになれていない青年は点目の自分を指差したがすぐに激しく首を振る。
「いやいやいや! お前もボクが火渡戦士長に電話でどやされるの聞いてただろ! アジト見つけるまで10日もかかった
んだぞ!?」
「まあそうね。犬飼戦士長ってアナタのおじいさんだっけ? 彼なら3日で見つけてたって言われてたわよねえ」
 そうだよ、だから勲一等とか、からかうな……! 剣呑な目つきで見据えてくる犬飼を戦部はあやすようにいなした。
「10日でも全く見つからんよりはマシさ」
 どこからか取り出した徳利の中身を同じく出所不明の白杯に注ぎながら戦部は言う。
「貴様は知らんだろうが、今回のような敵の目的も意図も不明な事件の時はまず、対象の所在を突き止めた者に勲一等が
贈られる。情報がない場合、正体不明を暴くのは大将首を上げるのに等しいからな。貴様の祖父もそうやって功を重ね
立場を得たと聞いている」
「じいちゃんが……?」
 意外そうな犬飼に「やだそーいうのフツー家族から聞くもんでしょ? ひょっとして仲悪い?」と混ぜ返したのは円山だ。
それをうるさいと蹴散らした青年に戦部は酒呷りつつ更に告げる。
「楯山千歳ですら突き止められなかった大戦士長の所在を探し当てた功績は大きいさ。お陰で俺もいの一番に強い者
と戦える。『今回は』組まされているからな、勘で動けぬ俺の足を引かなかっただけでも上出来さ」
「なーんかソレ、ヴィクターVのとき犬飼ちゃん尾けた私を当てこすってない?」
 おいしいところは早い物勝ちだった再殺騒動。単独行動が許されていたため酔狂な戦部は勘任せでカズキたちを探して
いた。「逢えるかどうか分からぬから面白いのさ」と横浜のホテルで笑いながら告げてきた戦部に円山はちょっとだけ負けた
気分だった。(功績より戦い、ね) おっ始まるまでの過程すら愉しむ気概にある戦部だから、『犬飼を警護しながらの追跡』
という不自由な制限すら精神の野太い顎でバリバリと砕き飲み干したらしい。
「アナタといい根来といい、なーんでホムンクルスにならないのかしらねえ。なっちゃえば今以上に好き放題できるのに」
「なって周り総てが今以上になるなら……迷わずやるさ。根来はどうか知らんがな」
 自分だけ強くなってもつまらぬと言いたいらしい。犬飼は呆れた。呆れながらもちょっと葛藤した表情で問いかける。
「前々から思っていたけど、なんでソレが楽しいんだ?」
「ん?」 3枚目のクマ肉を豪快に食い破った戦部は片目を瞑りながら不思議そうに問う。
「だからその、弱い人間の体のままで、強い奴と戦いたいっていうアレだよ。正直さ、楽じゃないだろ? 激戦の高速自動修
復があるとはいえ、いつも楽勝って訳じゃないだろ? ホムンクルスになりさえすれば、もっと強い相手をもっと楽に斃せるよ
うになるのに、なんでお前は人間を…………やめないんだ?」
 円山がちょっと緩んだ笑いを浮かべたのは、犬飼の言いたいコトが大体分かったからだ。強さという項に権力とか立場を
代入すれば彼を悩ませているものが、疑問の根源が、浮き彫りにされるだろう。
「そういう機微を俺に問われてもな」
 戦部はニっと笑った。槍一本で稼ぐコトしか頭にない自分に家柄だの権力だのの悩みを相談されても知るか、という訳で
ある。
「俺が人の身で戦うのは面白いから……などと言う回答が、低い立場で戦うのを面白がらぬお前にどうして届く?」
「…………」 聞くだけ損したという顔をする犬飼にしかし戦部は問い返す。
「逆にだ。お前の方こそなぜ人間をやめていない?」
「……………………は?」
 よく分からぬという表情をする犬飼に問いかけは続く。
0098永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:00:56.79ID:0Q1QQcFM
「権勢だけが欲しいならなればいいさホムンクルスに。今からでも救出作戦の概要を敵に売り、取り入り、戦団を滅ぼし
人間をやめて共同体を作れば後はお前の思うがままだ。見下してきた連中を力尽くで屈服させるも良し、人間どもを隷属
させるも良し、少なくても今のお前が不服とする状況は打破されるだろうに……何故しない?」
 またエラいコト言い出すわねぇ、驚きながらも戦部らしいと笑う円山とは逆に、犬飼は困惑した。搾り出すように呟いた。
「……それは…………負けだろ」
「ほう?」
 気に入らない者、上回りたい者を力でねじ伏せてきた戦部は心底不思議そうに首を捻った。
「ボクの一族は由緒正しい戦士の家柄なんだよ……! なのにボクだけが戦士をやめ怪物になる……? そんなのは、
そんなのは……負け、だろうがッ……! 見下され続けてきた腹いせに戦団を裏切り人喰いをやるなど……忌々しい
ヴィクターV武藤カズキでさえしなかったコトだ……!! そうだろ!! ボクらがさんざ追い立て殺さんとしたアイツですら
恨むどころかこの地球(ほし)守って今は月だ!! だのに見逃されたボクが……円山のいうような逆恨みでアイツ以下の
怪物に成り下がるなど…………嫌だね絶対! 誰がするか!!」
「ならばそれが問いの答えだ」
 無表情で目を閉じ酒を飲む戦部。気勢を吐き切り息せく犬飼は瞠目した。
(これが…………だと……?)
「あらあら熱くなっちゃって。つまり犬飼ちゃんってば純粋な実力で認められたいって訳ね。周りとか、家族に」
「う! うるさい! だいたいちゃんづけやめろ! 再殺の頃してなかっただろソレ!」
 だって可愛いんですもの。けらけら笑う円山から唸りつつ視線を外した犬飼のフレームにインしたのは戦部である。直接
……という訳ではなかったが、心情を整理するキッカケとなった彼に僅かだが謝意が湧いた。

(ボクにもお前ほどの強さがあれば…………もっと自由に、縛られずに生きられるのにな……)

 奇兵であるのを見ても分かるように犬飼は一族の中でも落ちこぼれである。代々犬型の自動人形による追跡や探査を
お家芸としてきた犬飼家の中にあって彼の操る軍用犬の武装錬金・キラーレイビーズの嗅覚は普通の犬の僅か2倍に
すぎない。一般人からすれば無視できない数値ではあるが、しかし錬金術によって超常の現象を起こす核鉄を用いて
たった2倍の嗅覚……である。事実、犬飼の祖父の探知犬(ディテクタードッグ)・バーバリアンハウンドは「錬金術の産物
を嗅ぎ分ける」という通常の犬ではず出来ない芸当を易々と成していた。
 犬飼個人の資質も低い。祖父が戦士長にまで上り詰めたのはバーバリアンハウンドの優れた特性を更に活かせるハン
ドラーとしての見事な能力をも兼ね備えていたからだ。犬飼はハンドラーとして未熟もいいところだ。何しろ彼は……犬が
怖い。犬を操る一族に生まれ犬の武装錬金を発現する癖に実物の犬が怖いのだ。犬のぬいぐるみや犬の写真集が好き
で趣味はドッグショーの鑑賞なのに、鳴き真似すら玄人はだしなのに、実物の、生きている犬だけは、ダメなのだ。かつて
彼は鳩尾無銘というチワワ型のホムンクルスを期せずして呼び寄せてしまったコトがあるが、見た目ちっちゃな愛玩用の
チワワにすら仰天したほど犬が苦手だ。
 だからハンドラーとしての訓練が、積めない。少なくても一族が代々培った、実際の犬を使う独自のカリキュラムをこな
すコトが……できない。キラーレイビーズを使って何とか真似してきたが、『犬を扱う一族なのに犬が怖くてそうしている』
という態度は常に大なり小なりの誹りを招いてきた。

(戦部のように強ければ、犬が平気だったら……周りの評価に卑屈にならなかったら)

 という想いはあっという間に憧憬になった。憧憬できる男が、犬飼の人生において数少ない、真当な会話をしてくれたコト
に一抹の感謝が湧いたがプライドの高い犬飼だから素直には言えない。悩んでいると、向こうの方から口を開いた。
「しかし……残念だな」
「残念? 何がだよ?」
 ホムンクルス化のコトさ、戦部は笑った。「お前のような形質の男が怪物になると存外強くなるものさ。復讐心などでな。
さすれば喰いでのある敵になると期待したが……今はまだ、無理らしい」。くいっと酒を飲む彼にとってどうやら犬飼は
「肴」でしかなかったらしい。肴はウグリと切歯しそして呻いた。
(そうだった。戦部はこういう奴だった……! くそう、知っていた筈なのに……!!)
 味方すら食べようとするなんて……何かと混ぜっ返す円山ですらドン引きだった。
0099永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:01:21.42ID:0Q1QQcFM
「いずれにせよ犬飼、お前の任務は敵の捕捉……だからな。他の戦士が到着しだい後方に下げるよう言われている」
「よねえ。ひ弱な自動人形使いの致死率は高いもの。真先に本体狙われ死んじゃうのがオチ」
 探索などの非戦闘任務にこそ将来性がある……というのは犬飼自身さきほどの戦部とのやり取りで実感し始めている
ところだ。見張りの途中でこそ敵を仕留めて功績を挙げたいなどと嘯(うそぶ)いていたが、整理のつき始めた気持ちは
少しだけ今までと違った判断を下す。

「分かってるよ。後ろに、安全な場所に下がればいいんだろ。何てったって無事戻れば勲一等なんだ……! ボクを馬鹿
にした連中をやっと見返せるって時に誰が下らない無茶なんか……! ヴィクターVの時の二の舞は避ける、直接戦闘な
ど避けてやるさ……!」



 同刻。犬飼たちの居る地点へ向かうヘリの中で。

「どうスか先輩」。ボサボサ頭の下に垂れ目を覗かせるアロハシャツの少年戦士が隣の少女に呼びかける。
「本当に可能なのか? 仕組みは全然違うと思うが」。黒いショートボブの少女は答える。顔の半ばに一文字の傷を持つ
精悍で凜とした顔つきの彼女は不思議そうに掌中の物を見た。
 それは一言でいえば”歯車(ギア)”だった。ただし機械部品のそれではなく、ちょっとした大皿ほどある丸い円盤に台形の
刃が付いたという趣だ。それを少女──津村斗貴子──は先ほどから何度か握っては試行錯誤の顔つきだ。
「そりゃモーターギアとサンライトハートじゃだいぶ作りも違いますけど」 少年──中村剛太──は言う。
「ある程度の蓄電は出来ます。後はそれを放出できるかどうかです」
 と言われてもなあ。斗貴子は微妙な表情だ。

「本当にできるのか? 生体電流の、生体エネルギーへの変換なんて」

「ご主人ご主人! さっきから垂れ目とおっかないの、一体なにしてるじゃん?」
『特訓さ! 特訓としか言いようがない!』

 剛太たちの向かいの席で騒ぐ少女の名前は栴檀(ばいせん)香美。故あって錬金戦団に協力しているホムンクルスの1人
である。ネコ型らしい大きなアーモンド型の瞳を大きく見開いて元気よく叫ぶたび、うぐいす色のメッシュが入ったセミロングの
茶髪が揺れる。タンクトップからこぼれんばかりに谷間を覗かせる胸もゆさゆさ揺れる。

『でも生体電流と生体エネルギーの違いってややこしいな!!』

 香美の後頭部から張りあがる大声は、彼女の主人、栴檀貴信の物である。彼らは、いま坂口照星を捕らえている組織・
レティクルエレメンツの幹部たちによって1つの体にさせられた悲運の2人だ。元通り別々の体に戻るため戦っている。
錬金戦団に協力したのもその流れだ。

「いろいろあるけど、簡単にいうと、内部を大人しく流れているのが生体電流、外部に向かって激しく放出されるのが生体
エネルギーよ」

 嫣然と答えて微笑する見事な黒髪ロングの持ち主は早坂桜花。生徒会長を務めている母校銀成学園のクリーム色の制
服に包んだ長身は、無骨なヘリの中にあって香るような色気を振りまいている。露出こそ少ないがスタイルの良さはタンク
トップに短パンというラフな恰好で豊かな肢体を曝け出している香美に負けずとも劣らずだ。元は信奉者というホムンクルス
に与する反社会的勢力だったが、武藤カズキとの出逢いを機に人を守る戦士へと転向した。

「違いは……分かり…………ましたけど…………それを……なぜ……変換しようと……してるの……ですか…………?」

 桜花の膝のうえにちょこりと腰掛けている少女が遠慮がちにおずおずと呟く。虚ろな双眸が嫌でも目を引く可憐な少女だ。
後ろで三つ編みにしている真赤な髪に白いバンダナをつけている。名前は鐶光(たまきひかる)。小柄だが前述の香美や貴
信の属する共同体「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ」の副長を務めている。レティクルの幹部になった義姉の手で五倍
速で年老う体にさせられた鐶もまた元の体に戻るためこの戦役に身を投じた。

「そりゃあお前たちのリーダーがサンライトハートを複製できるからだよ」

 潰れたヒキガエルのような声音で答えたのは奇妙な人形。全身ピンク色の二頭身、頭は肉まんにハートアンテナをつけた
という恰好だ。両目は自動車のライトのよう。決して流行の可愛さを持っているとは言いがたいが、実はこの人形、清純な
る美貌持つ桜花の分身である。名をエンゼル御前という。
0100永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:02:00.66ID:0Q1QQcFM
「ったくゴーチンも大変だよな。鐶たち音楽隊のリーダーがカズキんの武装錬金コピーできるようになったせいで」

「リーダー……。あ、もりもりさん……」
「もりもり? 誰よそれ誰じゃん?」
『香美!? 僕たちのリーダーのあだ名忘れたのか!? もりもりさんだよ、総角主税(あげまきちから)氏!』
「あー。あのぎんぎらした長い金色の髪の、いっつもスカしてる! そいやアイツもりもり、もりもりだったじゃん!」
「威厳ねえなお前らのリーダー……。いや実際しょうもない部分も沢山あったけど……」
 呻く剛太の言の葉を桜花が接(つ)いだ。
「あら。しょうもなくても、色んな武装錬金を複製して使える総角クンは便利よ。実際伝手を頼って入手した武藤クンの
DNAサンプルからサンライトハートを再現できるんだもん。私の知る限り最高の爆発力を持つ突撃槍(ランス)は重要
な戦力よ。大戦士長を捕らえているレティクルとの大決戦が控えているんだから」
「そして……サンライトハートを使うのは……斗貴子さんと…………決定しました……。リーダーも使えなくはないです
……けど…………カズキさんと……らぶらぶ……な斗貴子さんこそ……使うべきと……譲りました……」
「ラ、ラブラブとか言うな鐶!! ブブブ、ブチ撒けるぞ!!」
「ヴィクターと……ご夫婦になる…………ロボットアニメ……ですね……」
 鐶は可憐な見た目とは裏腹にマイペースでいい性格で、何よりロボット大好きなヘンな子だ。それが力のないドヤ顔をす
るともうどうしようもないと斗貴子は知っているので、相手をやめる。

「とにかくだ! 私が複製版サンライトハートを手にした場合、問題がある!」
「問題って何さ。あんた強いんだからテキトーに振りまわしゃ何とかなるじゃん」
 純然たるネコな香美は面倒くさそうに、興味なさそうに半眼を尖らせた。(ああもうコレだから音楽隊の連中は……!)
決戦前だというのにイマイチ緊張感のないホムンクルスたちに真面目な斗貴子はイラっと来たが、本題を続ける。

「サンライトハートは外部に向かってエネルギーを放出する武装錬金だ。対して私が今まで使ってきたバルキリースカー
トは処刑鎌(デスサイズ)と可動肢(マニュピレーター)を生体電流で操作する武装錬金」
「つまり練習なしじゃ突撃槍の使い方が分からないってコトよ。光(ひかり)ちゃん。香美さん」
「分かり……ました……! つまり念動力なしでSRXに乗るような……もの……ですね!」
「よーわからん! つかなんでそれで垂れ目の武器もってんのさ!! カンケーないじゃん垂れ目! カンケーない!」
「うるせェ! 関係ないとか言うな!!!」
 剛太は滝のような涙を流して抗弁した。真情は桜花と、貴信だけが理解した。
(彼は斗貴子氏が好きなんだ!! だから彼女が想い人の武装錬金を選ぶのが、使うのが、耐えられない!!)
「あるよ関係はある! 俺だって先輩の力になりたいんだ! そんでモーターギアは高速機動・速攻重視なバルキリースカー
トと違って、生体電流の『タメ』が効く!」」
「事前に角度とか速度をインプットして操作できるものね」
 桜花はくすくすと──しかし斗貴子のみを想う剛太への複雑な思慕を滲ませながら──くすくすと笑う。
「つかよゴーチン。無茶すぎねえか? いきなりタメた生体電流を外部放出とか」
 ぴょろぴょろと顔の周りを飛びながらしわがれた声を漏らす御前に剛太は「うるせえな、分かってるけどやるしかないん
だよ」とボヤく。
 斗貴子は涼しい顔だ。戦輪をあちこち触りながら
「まあいちおうやってみるが、」
 キュルルルっと勢いよく回転させた。「!?」 目を見開く剛太。止まる戦輪。
「今の所これぐらいだぞ? 私がキミの武装錬金で出来るのは」
「いや上出来ですよ先輩!! 俺ですら回せるようになるまで2日はかかったのに!!」
 驚きのまま両手を握ってきた後輩に「ひやああ!?」と赤面した斗貴子は。

「い、いきなり触るな!!」

 次の瞬間、煙噴く拳を構えたまま剛太に叫んでいた。
 床に臥し「ふぁ、ふぁい」と叫ぶタンコブ丸出しの後輩に叫んでいた。

「しかしキミの武装錬金を私が動かせるのは操作方法がバルキリースカートと同じだからだぞ?」
「生体電流で操作してんだっけ? どっちも」 耳元囁く自動人形に桜花は頷く。
0101永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:02:28.82ID:0Q1QQcFM
「だがモーターギアとサンライトハートじゃ……さっきキミも言ったとおり全然違うんだぞ? 後者の練習を前者でやろうって
いうのは無茶じゃないか? 電気ノコギリの操作でロケット推進を学ぼうとするような……」
「でも」 よろよろと立ち上がった剛太は、ちょっと頭を抱えてから真剣な眼差しを向けた。
「これをやっておかないと斗貴子先輩、実戦の中でいきなりサンライトハートを使うコトになります。俺、そんな危ないぶっつけ
本番なんてして欲しくありません。先輩だって痛感した筈です。敵幹部(マレフィック)は、強い。そんな連中相手に使い慣れて
いない武装錬金をいきなり投入するなんて無謀すぎます」
 モーターギアでサンライトハートの練習をするのは無茶かも知れませんが、ある程度要領を掴んでおくに越したコトはありませ
ん。そう真摯な態度で言い放つ剛太は平素ニヘラとした軽い男だ。しかし昔救ってくれた斗貴子のコトとなると人が変わった
ように真面目になる。意思は、伝わった。
「……そうだな。複製できる総角はいま行方不明。仮に居たとしてもカズキのDNAで完全再現できる機会は一度きりのただ
5分。サンライトハートを修練する余地など元々ないんだ」
 いざとなれば一番近くでカズキを見てきた故の「見取り」で何とかしてみせると思っていた斗貴子だが、後輩の真剣な指摘と、
それからつい先刻体感したマレフィックの強さによって考えを改める。
(やはり私はまだ、1人で思い詰める部分が残っているようだ)
 カズキとの別離以来、斗貴子は少し度を失くしていた。それを最初に戻したのはカズキの妹・まひろである。そこから斗貴
子は恩人である防人衛や桜花との交流を通して少しずつだが未来を、周囲(まわり)を、見られるようになってきた。
 窘めてくれる後輩が居るというのも、幸福の1つだと、今では思う。
「感謝する剛太。ありがとう」
 少し微笑すると彼はビックリしたあと天にも昇るような顔つきになった。それが後輩ゆえの思慕としか受け取っていない斗
貴子にちょっとムクれたのは桜花である。彼女は何かと剛太に肩入れするし同情的だ。大事な存在が自分より後に現れた
自分以外の異性と絆を含めていく心痛への共感がそうさせている。桜花はずっと一緒に生きてきた弟・秋水が、最近まひろ
と距離を詰めるのを応援しながらも寂寥を覚えている。
 斗貴子と剛太に視点は戻る。
「で、キミがここまでしつこく薦める以上、何らかの確信があるんだな?」
「ええ。先輩だって見たでしょ? 早坂秋水の飛刀。あれだって生体電流のエネルギー変換の一種じゃないですか」
 あれか。斗貴子は思い出した。

 ここに来る直前、彼女は仲間ともどもレティクルの幹部と一戦交えた。木星を名乗るその幹部は非常に強く、斗貴子たち
はあわや全滅寸前にまで追いやられた。

 その場に居なかった桜花も話だけは聞いている。

「確か……秋水クンがソードサムライXを弾き飛ばされたあと起死回生とばかりやったのが飛刀、よね?」
「そうだ。飾り輪からのエネルギー放出によって刀を飛ばした。手放す直前、時間差で放出するようインプットして、敵の背後
から……な」
「モーターギアの要領ですね。まだ俺のみたく方向方角自由自在とは行きませんけど、それでも一見まったく違う「エネルギー
放出」と「生体電流インプット」が統合された実例はあります」
 まあ問題は、早坂秋水が斗貴子先輩と違って元々エネルギー放出に慣れ親しんでいたって所ですけど……剛太は自ら
アキレス腱を指摘する。斗貴子も確かになと肯(がえん)じる。
「普段やってるコトを生体電流インプットで微調整すれば良かった秋水と違って、私はエネルギー放出から覚えなくてはなら
ない……難しい所だな」
「すみません」 軽く頭を下げる剛太に「いや責めてはいない」斗貴子は言う。
「今まで武装錬金に触れていなければ放出を行えなかった秋水でさえ、遠隔操作というキミの領分を習得したんだ。まったく
違う系統を理解し取り入れるのは難しいが不可能ではない。恐らくこれは方向性の話。今まで成してきた操作とは別の操作
をイメージするコトが……重要。それに」
「それに?」
「私の特訓は恐らくキミの戦力増強にもなる」
「え? 何でですか?」
 何でってキミ。斗貴子は心外そうな顔をした。
「私がモーターギアでエネルギー放出ができると証明すれば補えるだろ、攻撃力不足。爆発か光刃か……ともかくエネルギー
系統の攻撃を乗せられるようになればマレフィックとの戦いに役立つ。キミが生き延びる可能性もまた、上がる」
0102永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:03:00.04ID:0Q1QQcFM
 またも呆気にとられた剛太は垂れ目で無気力な瞳をうるうると古臭い少女マンガの円らな涙目へと変形させた。
「先輩ーーーーー!! 俺のコトをそんなにーーーーー!!」
「ええいだから抱きつくな!!! 鬱陶しい!!」
 オロロンと纏わり付く後輩を振り切ってから。

 モーターギアを手にした斗貴子はイメージする。
(さっき剛太の戦輪(チャクラム)を回せたのは彼がそうしているのを見ていたからだ。コレが回る武器だからと認識してい
るから、バルキリースカートの応用で回転できた。では、インプットは?)
 常に処刑鎌(デスサイズ)を速攻で動かしている斗貴子。先の先を取るのに慣れすぎている彼女にとって時間差攻撃は
少し理解し辛い感覚だ。
「俺は最初、指を1本1本、ゆっくり折るような感覚でインプットしてました。5秒後に人差し指、10秒後に中指、そう考える
ようにね
 目を閉じている斗貴子に剛太の声が響く。「先輩の場合は、バルスカを1本1本そうするような感覚の方がいいかもです」
「了解した」。事務的に答える斗貴子。
(不慣れなうちは単純な動きでいい。5秒後に右回転。10秒後に左回転)

 6秒後。戦輪が右回転を実行した。13秒後、途切れ途切れだが逆方向への回転を始めた。

「おおー」 香美が目を輝かせた。

「動きはしたがやはりいきなり完璧は無理、か。後の操作になればなるほど精度が落ちると直感した」
 嘆息する斗貴子に剛太は「いやいやバルスカで生体電流操るの慣れてる先輩だからこそそれだけ動かせたんですよ。
不慣れだとああなります」、鐶を指差す。

「1秒後、右に……。3秒後、左に…………。ダメ…………です。動きません……」

 残る1つの戦輪を手にして四苦八苦する彼女は一団の中でも群を抜いた実力者である。

「でも光ちゃんは鳥への変形とか年齢吸収の短剣で戦うタイプ……細かい操作が苦手でも仕方ないわよ」

 そういう桜花も鐶から手渡された戦輪を、回転1つさせられない。矢を精製して射る戦闘スタイルゆえに生体電流の使い
方が分からないようだ。

「ゴーチンお前よくこんな訳わからん武器動かせるよな」
「お前が言うな。この無駄に多機能な自動人形め」

 剛太は不快そうに御前を見た。
 矢の生成や通信機能、ライト照射、お菓子を食べたりお漏らししたりと戦闘に関係ない機能を満載している不可解自動
人形に訳わからんと言われる筋合いはない、まったくない。

「とにかくインプットが分かったので次です。爆ぜさせるイメージでやってみましょう」
「不躾な質問だが、キミは考えたコトないのかソレ?」聞かれた剛太は「ないですね」と頷いた。
「俺、初めてモーターギアを発動したとき、直感したんですよ。「ああコレ複雑な、時間差とかの攻撃で敵を翻弄するタイプ
だな」って」
「頭を使って戦うキミらしい感想だな」
 斗貴子に褒められたような気がしてちょっとニヘラとした剛太だが説明の最中だと顔を引き締める。
「ほら武装錬金って自分自身じゃないスか。だから直感したならそれが一番自分に合ってるってコトだし、教本にだってそ
似たようなコト書いてあったでしょ? だから爆発的な威力は考えたコトも……あ、さっき先輩が言ってくれたエネルギー
攻撃は別ですよ。今の俺はアリだって思いましたから、大丈夫ですっ!」
(剛太クン本当津村さんに甘い……)
 桜花は吹き出しそうな口を品良く抑えた。仄かな思慕こそ抱いているが、不思議と剛太が斗貴子にデレデレする姿に
不快感はない。むしろそういう一途な剛太だからこそ目が離せないのだ。
「でも斗貴子先輩にはエネルギーを絡めた攻撃イコール爆発って認識があるじゃないですか。今度はそれをインプット
してみてください。先輩が一番イメージしやすいのは……そうですね、武藤に何秒かあと特攻するよう命じるような。それ
でいてバルキリースカートに同じタイミングで全開機動するよう命じるような感覚……でしょうか。俺がいうような状況になっ
た場合の戦闘の昂ぶりを第一に考えてください。その中心にサンライトハートの炸裂があると考えて下さい」
 指示しながら剛太は「あれ俺なんか辛い状況に自ら自分を追い込んでね?」とも思った。
0103永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:03:20.20ID:0Q1QQcFM
 そうであろう。自分の武装錬金で、想い人が、自分以外の想い人を強くイメージした現象を起こすのだ。貸した車の中で
恋文を書かれるような物である。或いはそれ以上の取り返し付かぬコトをカズキと斗貴子に交歓されるような。
(……そ、そういえば先輩と武藤は既に)
 決戦場に向かうまえ剛太は演劇をやらされていたが、それに纏わりつくイザコザの中で彼は見たくなかったキスシーンを
しこたま見せ付けられた……のを思い出した。
(ああもう考えるなってのそういうコト! いま大事なのは斗貴子先輩を生き延びさせるコトだ!! もうすぐ決戦!!!
先輩が生き延びられるなら武藤の武装錬金でも何でも使わせる!! 嫉妬でやるべきコト怠って斗貴子先輩を死なせたら
俺は武藤より、あの激甘アタマより下ってコトになるだろ!)
 思考は犬飼と似ているが剛太の方が深刻だ。人は大事な存在に認められないと苦しむが、認めてくれた存在に報えない
時はもっと苦しむ。犬飼は片方だけだが剛太は両方だ。好意という土俵において「報いたい」が「認められる保証はない」。

 だが大したもので、剛太は精神具現そのものであるモーターギアを一切崩壊させなかった。

 斗貴子の方はというと。

(カズキに槍を爆ぜさせるよう指示しつつ、私も全力攻撃に向けて力を溜める……。剛太はそれが観念的なコトと言いたげ
だ。つまり本質は爆発。何秒後かに爆発があると……爆発を起こすと念じるのが操作の要諦)

 様々な思惑を生体電流に変えモーターギアに蓄積していくのをまずイメージ。
 更にそれへ所定の時間に所定の規模で爆ぜるよう命令。

 すると。


 パチッ。


 僅かだがモーターギアの表面で火花が炸裂した。


「剛太。これは?」
「少なくても俺はやったコトありませんね。小規模ですが放出と見ていいかと」
「では、今の感覚を昇華すれば」
「ええ。サンライトハートの最大出力だって不可能じゃありません。たぶんあっちを使う時は何秒か操作の違いに戸惑うでし
ょうけど、放出の仕方を1から考えるよりは多分楽です。何しろ武藤でさえ扱えていた武装錬金なんですから、放出のコツ
さえ分かってればすぐ使いこなせるでしょう」
「そうだな。あのコは細かいコトなど一切考えずただ突っ込んでいたからな」
 しょうもないコだといわんばかりに笑う斗貴子に剛太はチクリと痛むものを感じながら、言う。
「でもそれも1つの才能じゃないですかね。俺らが苦労してやっと得られるかどうかって物(モン)を、事もなげに持ってるん
ですから」
 斗貴子に好かれる才能……という意味で言った言葉だが、当の本人はもっと人間的な、器的な才覚という意味で解釈
したらしい。
「立派だとは思うが、私たち戦士が備えていて当然の物を彼は持っていないからな。それゆえ救えた物も確かにあるが、
私たちを困らせるコトだって多いんだ。まったく。どうやって連れ帰れって話だぞ」
 軽く憤る先輩に後輩は気付く。
(アレ……? 斗貴子先輩、置き去りにされたコト、少し割り切り始めている……?)
 一時は永遠の別離に見舞われたように落ち込んでいた斗貴子がいま「連れ帰る」といったのだ。失くしたものを取り戻す
方に向かって心が動き出しているようだった。

「剛太。決戦前だがもう少し借りていいか? なるべく練習しておきたい」
「あ、はい。どうぞ。多少の放出は大丈夫ですよきっと。俺の無意識的な自衛意識が防御力を高める気がするんで……」
 斗貴子の生体電流に乗るカズキに自我(ぶそうれんきん)を壊されたくないという精一杯の抵抗のつもりで吐いた言葉で
はあるが、それを解する斗貴子であれば受け入れるなり断るなりで剛太の煩悶へとうに明確な決着をつけている。
「放出で、自分の攻撃で壊されないための自衛反応という訳だな。私もなるべく加減はする。速攻での放出に主眼を置く」
 事務的に頷く彼女に香美を除く他の面々、「ああ……」と呆れる。

(斗貴子さん……そういうコトでは…………ないのです…………。無銘くんなみの朴念仁さん……です)
(新人戦士! わかる、わかるぞそういう気持ち! 高校でぼっちだった僕には分かる!!)
(津村さん? 剛太クンは武装錬金を貸してまで貴方に……)
0104永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:03:43.37ID:0Q1QQcFM
 品よくもやや憤る桜花が何か言おうかなと考えた瞬間、傍らを野性味あふれる影がバっと抜けた。

「垂れ目。あんたなんか辛そうじゃん。でもなんか頑張った感じじゃん、えらいっ! なんかえらい!!」
「だあもう頭撫でるな!! つうか本当お前俺のコト名前で呼ばないのな!!」


「つかうるせェぞテメエら!!」

 ヘリ前部の席から怒号を飛ばしたのは火渡赤馬。攻撃的な総髪にツリ目太眉キバ剥き出しといかにも怪物な容貌だが
れっきとした戦士である。それどころか現在誘拐中の坂口照星の代わりに錬金戦団日本支部の総指揮官を務める立場だ。

「戦士がホムと馴れ合ってるんじゃねえ! どうせこの作戦が終わったらクソッタレた共同戦線も仕舞いってコト忘れたか!」

 ひいえええ、怒られたああ! ガタガタ震えるエンゼル御前。剛太も少しビビった。斗貴子と桜花は理性で黙る。鐶は
「凄い……覇気、です! ゲージMAX、です!」と嬉しそう。香美だけはムガーっと顔をしかめた。

「うっさいのあんたじゃん!!! 光ふくちょーたちが仲良くしとんのジャマしたらダメじゃん! ダメ!!!」

 ホムンクルスだが弱いものイジメが嫌いな真っ直ぐな香美はカチンときたらしい。うがーっと気炎を上げる。背後から『ちょ、
香美、その人偉いし怖いし、作戦前に騒いでた僕らも悪いから、大人しく!!』と気弱な飼い主が声を上げるが「ご主人は
黙るじゃん!!」とシャーシャー吹く。

「んだと!」

 露骨に顔を引き攣らせる火渡。席から腰を浮かせかける。

「まあまあ火渡様落ち着いて」

 横合いで窘めるガスマスクは毒島華花。火渡の秘書的立場の「少女」である。

 その向かい側で唸る少年が1人。

「俺だけ場違いなような気がしてきた……」

 彼の名は鈴木震洋。桜花と同じくかつては信奉者だった男である。ただし見目麗しい桜花と違ってイマイチぱっとしない
眼鏡少年である。明確な改心も実はない。一時期は物騒な錬金術の産物を自ら取り込んだせいで悪霊めいた存在に体
を乗っ取られ悪行を尽くしていた。

(もう1つの調整体……飲むんじゃなかった。ムーンフェイスに除去されても破片が残っててそれが悪性腫瘍みたいな発達
遂げて)

 しかも別口の悪党からさらに奇妙な霊石を埋め込まれたせいでどんどんと人間から遠ざかっている。

「まーまー。強いからいいのだよ青少年!! おかげで殺陣師サンたちも戦力増えたし!!」
「勝手に組み込んだのお前達だよな!? 俺巻き込まれているよな!?」

 震洋が呼びかけるのは野性的なショートカットの少女である。名を殺陣師盥(たてし・たらい)。大学生がサバゲの恰好を
しているような雰囲気だが全身のいたるところに見え隠れする傷が決して恰好が趣味だけではないコトを物語っている。

「まあまあ青少年。もうここまで来たら引き返せない訳だし」

「他の戦力ももう、来てるよ。近くまで、ね」


.
0105永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:06:05.24ID:0Q1QQcFM
 以下、○○kmは「犬飼たちのいる集合地点から」を指す。

 北北東2214m。

「うーん。今日も今日とていい天気だねえ。ああでも関東の方は日没前から雨だそうじゃないか。それまでには済ませたいねえ」

 伸びをした少女が歩き出す。雲を思わせる白くてモコモコしたロングヘアの少女がゆっくりと南南西めがけ歩き出す。ホッ
トパンツの裾から裾へ無造作に突っ込まれている指示棒──戯画的な指差しのオブジェ付きだ、それは下へ、太ももの辺
りへ突き出している──がテクテク揺れた。

「さてさて。津村さんはドラちゃんのお姉ちゃんのコト、覚えてるかねえ? こればっかは予報できない人の心〜♪ るらら〜」

 台風のような渦だった。瞳はそんな螺旋だった。いわゆる「台風の目」部分が瞳孔という、変わった風貌だった。


 南南東1283m。

「あの天辺星さま? 私遅刻しないためのタイムスケジュールちゃんと伝えた筈だよね? なのになんで間に合いそうにないの?」
「ふっふー! 元レティクルなアタシが大事な作戦に遅れかけてるとか裏切りっぽくてチョーチョー悪い感じ!」

 いや急ごうね? 刑事ドラマの若手刑事を思わせる風貌の青年にどんよりした瞳を向けられた金髪サイドポニーの少女は
「うう。奏定は黒服みたいに言う事聞いてくれないから苦手、チョーチョー苦手……」と肩落としつつも北北西へ。

「奏定副隊長も大変だな……」
「いつも思うけど隊長が、いや天辺星さまが元レティクルって話本当なのか?」
「アホっぽいコだからなあ。天王星の幹部だったっての、フカシって可能性も」
「なぜかその辺りの資料、無くなってるんだよなあ」
「管轄は確か石榴さん……だったよな。すごく几帳面で、10年前の天王星の幹部の事件の資料も」
「大切に保管してたさ。だってあの事件で親友が死んで、その旦那さんも戦士やめたから、大切にする」
「でも無いんだよな……? 石榴さん自身も事件から1年と経たず不審死だったらしいし……」
「だいたいだ、資料がなかったとしても当時の記憶はあるだろ誰かしらに」
「なんで誰も成否を判定できないんだ? まるでみんな記憶をイジられているような……」
 あの事件は本当ナゾが多いよな……奏定と呼ばれた男や天辺星さまの後ろをついていく部下達は首を捻る。

「しかも天辺星さま曰く、武装錬金が当時の土星の幹部のそれと入れ替わっているらしい」

 キャミソール姿の彼女の腰から下がっている鞘を見ながら部下の1人が囁く。

「陰陽双剣、って言うんだよなアレ。1つの鞘に剣が2本入ってる。7年ぐらい前の事件で入れ替わったそうだ」


 北西3821m。

「やっと!! やあああああああああああああああああああああああああああっと! 着いた!!」
「着いたああああああああああああああああああああああ!!!!」

 巨大な陸戦艇から転がるように飛び出した戦士たちは梢に覆われた天を仰いで叫びたおした。

 最後に陸戦艇から出てきたいかめしい顔つきの老人は静かに述べる。

「総員整列。ここからは徒歩にて所定の位置へ移動する。ただし当作戦は大戦士長の救出作戦である。奇襲と隠密が旨で
ある。隠密行動を最優先とされたし。繰り返す。隠密行動を最優先とされたし」
「艦長。みんなとっくに行ってます」
「ずーっとディープブレッシングに閉じ込められてからなあ」
 恰幅のいい水雷長と痩せぎすった航海長のぼやきの前でつむじ風が木の葉を1つ宙返りさせて去っていった。

「行くぞ、我ら最後の戦いだ」

 置き去りにされたにも関わらず艦長は重厚な声で帽子を直し……歩き出す。サマになっているがどこか滑稽だった。
0106永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:07:16.48ID:0Q1QQcFM
 そこから5m北西の茂みの中。

「うおー! 見て見てシズQ! ディープブレッシングだよディープブレッシング!! わたし初めて見たー!!」
「お静かにいのせん。存在を気取られたら押し込められますよ」
「月吠夜(げつぼうや)! 潜水艦なんざどうでもいい!! 俺が戦士なんぞになったのはクソアルビノを……新のガキをブ
チ殺すためだ!」

「あの野郎いまはレティクルの幹部って話だからな……! 今度はこっちが正義、しかも厄介な黒ジャージの恋人はおっ死
んでやがるらしい、今度こそ殺す、星超新、ウィルってガキを、殺す!

 ソバカスが目立つ若い男はがなり立てる。

「やれやれ。いつも思いますが貴方よく戦士になれましたねシズQ」
「知ってる過去の出来事をタネにホムンクルスから人間守ってやったからな……! 未来から飛ばされた故の特権て奴さ」
「ほんと、大変だったよねー。未だになんで過去に飛ばされたか分からないよ」


 西方2810m。

「師範。部隊員総て集まりました! ウス!」

 日本刀を携えた鋭い顔つきの男性に上申された女子高生は鷹揚に頷いた。黒髪ロング以外これといった特徴はないが、
美とは突き詰めれば平均値……という説を取るなら、彼女は限りなく平均(ぜっせい)の美少女だった。起伏もほどよく扇情
的である。半袖ミニスカ、腰の辺りにカーディガンを巻いている。

「ま、武装錬金持ちじゃない君達は無理しないコトだね。錬金術製の合金武器に鳩尾無銘(きゅうびむめい)の龕灯でソー
ドサムライXの切れ味を付与しただけの……いわば量産型だ。いくらがフィジカルがメダリスト並で、剣腕が全国大会8
位以上確定だと言っても、深追いは禁物。『核鉄持ち以外は戦えない』と思い込んでいるレティクルの幹部どもを埒外
から奇襲しては逃げすさる、そんなクッソせこい馬鹿みたいな戦法で少しずつ削ってやるのがお役目だ。それは分かるね?」
 
 分かっています、ウス!ずらっと整列する男達は声を揃えて応答した。

「他の部隊もレプリカ武器+性質付与の贋作武器で攪乱する方針です! ウス! 」
「核鉄は希少ですからね! ウス!」
「しかも扱える戦士は、強いものほどヴィクターの件で消耗し……本来の調子を失っている! ウス!」
「それだけに救出作戦に選び抜かれた武装錬金使いはレア、彼らの生存確率を上げる意味でも」
「全体的に減少してしまっている彼らの穴を埋める意味でも」
「レプリカ武器+性質付与の贋作武器こと『無銘の武器』を手にした我々はゲリラ戦術の徹するべきです! ウス!」

 うんうん。君達よく分かっている。女子高生は腕組みして頷いた。二の腕を指でトントンしながら語り出す。
「個人的な話だが、私もレティクルの盟主には大概腹が立ってんだ。友人を殺されてしまったからね。異端扱いされてた
私の著書を面白いと言ってくれた、一番のファンでもある友人を、私は盟主に殺されたのさ。以来ね、願をかけた訳だ。
些細だけどね。『仇を討つまではウザい語尾をやめよう』……ってね」
「知ってます、ウス!」
「何度も聞きました、ウス!」
「でも語尾欠で物足りないってコトで俺らがウスウス語尾につけろと命じられたです! ウス!

 ノってくれる君らも君らだけどね、愛してる。ばーっと両手で投げキッスをすると部隊員たちは「ウスーーーー!」と歓声を
上げた。
「フフン。フツーに女子高生やればコレぐらいの人気は獲得できるのだよ、武藤ソウヤめぇ、よくもこんだけのクオリティのあちし
無視してくれたなぁ!!」
「?? う、ウス?」
 律儀にも疑問符を叫ぶ部隊員に少女はこちらの話さと切り替える。
「ともかくだ。我々は予想外の暗闇から幹部どもの頬桁をブン殴ってまわるぜ! ヴィクターの乱で疲弊して碌な戦力がねえっ
て錬金戦団舐めていやがるレティクルの連中に、銀成の戦力と音楽隊”だけ”が脅威だと他を見縊ってやがる盟主のクソぼけた
部下どもに、月並みだが無銘の武器で目にもの見せてやろうじゃないか!! 鉤爪さんとか糸罔部隊とか、奴らに殺された
いい人たちの仇を、討ちまくれる日は今日、トゥデイ!! だろっ!!」
「「「「「「「「「ウス! 了解です師範! 『12代目チメジュディゲダール』師範!!」」」」」」」」」
「よっしゃやらかすぜテメエらーー!!」
 毛抜形太刀を天に向かって勢いよく突き上げる女子高生もまた遥か未来から飛ばされてきた人物である。
0107永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:40:08.35ID:s8RD7gdj
 西方2493m。

 一見普通の森の中で空間が裂けた。
 裂け目はあっという間にブラックホールを思わせる暗紫の渦となり……

 ある物を2つ、吐き出して閉じた。

 少し前。ヘリの中で。

「……ん?」 殺陣師は一瞬ピクっと耳を動かした。何かあったのかと訝しんだのは斗貴子だがネコ型で耳のいい香美に
それとなく問いかけても「?? 別に何もないじゃん」。

(じゃあ何だ今の反応? 何に反応したんだ彼女?)

 斗貴子の疑念も震洋の文句もよそにアーミールックな先輩は心の中で、笑う。

(成程。このタイミングか。いよいよ彼女も参戦と)

(ならちょっと、『調整』が必要、だな…………!)


 森の中。

 時空のねじれが吐いた物の片方は青年だった。
 大きな刀を手にした金髪長髪の欧州美形だった。胸には認識票。

「フ……。やはり『ワダチ』の複製は……身を削るか。とはいえ時の結界を壊しうるのはコレしか、な」

 ジジリと存在の解像度を下げながら溶けていく肉体の輪郭にやれやれと溜息をついた彼の名は総角主税。
 銀成におけるマレフィックとの戦いで少女を庇い時空の彼方へ消えた、音楽隊のリーダーである。

 周囲を見渡した彼は軽く息を吐いた。

「フ。てっきり元の銀成に出ると思っていたが……位相のズレという奴か、どうやら決戦場の近くらしい」

 ヘルメスドライブを起動した彼は、香美や鐶と言った部下たちが自分のいる座標に近づいてきているのを見た。地図の上で
マーカー表記の体(てい)を取っている彼らの移動速度はヘリのそれ、ならばココが坂口照星奪還の決戦場だと推測するに
些かの時間も要さない。

「……運よく来れたと思うべきなのだろうが…………。フ、果たしてこれは偶然なのか? 何者かの作為や導きを感じなくもない
が……まあいい、ともかくもコレで義理を果たした。『本家への』義理を、な」
0108永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:40:59.50ID:s8RD7gdj
 剣を握っていなかった方の手で抱きすくめていたのは女性である。年の頃は20代前半といったところか。流れるような
金髪はどこか総角との血縁を疑わせる色艶だ。どうやら意識がないらしくジっと目を閉じているがそれでも知性の高さが
伺えるのは何も小さめの眼鏡のせいではない。雰囲気だ。磨きぬいてきた佇まいが無言の説得力を与えている。
 彼女には2つ、目立った特徴があった。1つは髪の先端。セミロングの先端は虹を並べたような色艶に分化している。
赤や青、紫に黄色と言った基本的な色彩の他に、黒や茶色といった地味なものも混じっている。そして……金髪のブランク
に染まっていた部分がどういう訳かみるみると銅色に染まっていく。
 もう1つの特徴は服装だった。『法衣』を纏っている。露出こそ少ないが胸部ははちきれそうな程に膨らんでおり、却って
妖艶だった。

「ソウヤ君……」

 覚醒の兆候が見えた彼女を総角は、手近なベッド型の石にそっと降ろし南西を見据える。

「同じ改竄者の手によって時空の彼方に追いやられたお前が今まで何をしていたのか……。ひょっとしたら魂だけを過去に
飛ばし何らかの対策を打っていたかも知れないが……フ。聞いている時間はないな。俺には俺の戦いをすべき責務がある。
義理は返した。別行動だ。お前の方も好きなよう動くがいいさ」

 消える総角。同時に身を起こした法衣の女性はゆっくりと辺りを見回し──…

 数分後、チメジュディゲダール師範に率いられた戦士たちはここを通過するが、その時のベッド型の石には……もう誰も
横たわっていなかった。

「フ」

 森を駆けながら総角は笑う。

(しまったぞ集合地点に居る犬飼・円山・戦部と俺は面識が……無い! ヘルメスドライブで瞬間移動できないぞこれじゃ!)

 汗を頬に浮かべたが、彼はすぐさま余裕タップリの表情で走り直す。傍目から見れば英姿颯爽だが、内心は(どうする鐶たち
の方へ跳んで合流するか? いやそれだと目的地から一旦遠ざかるしツッコまれる! 策士気取るなら犬飼たちの所にも飛
べるようにしておけよと呆れられる! それは嫌だ、走って着く方が絶対速い!)と焦っているなんとも締まらない男だった。

 同刻。銀成市・聖サンジェルマン病院。職員を務める戦士用の稽古場で。

 早坂秋水は自分の繰り出した竹刀が弾かれるのを見た瞬間、少しだがその端正な瞳を丸くした。相手は両目を包帯で
覆っている楯山千歳。少し前あったレティクルエレメンツ・木星の幹部との戦いで一時的にとはいえ失明した彼女が稽古を
申し込んだのは秋水が度重なる疲労によるしばしの眠りから目覚めてすぐだ。

「感謝するわ戦士・秋水。武器を持った相手に馴染むには貴方のような優れた剣術家と戦うのが一番だから」
「……傷は、大丈夫ですか?」

 瞳を隠しても匂い立つような色香が漂ってくる妙齢の女性を秋水という比肩なき美剣士は心配そうに眺めた。手の甲や頬
についた痛々しい青痣はもちろん稽古でついたものだ。相手が光を失くしている以上秋水としては極力加減したかったが、
「本気で来て貰わないと私も実戦で戦えないから」という千歳たっての申し出に迷いを断って……攻め続けた。

「しかしたった20分ほどの稽古で10回に7回も防げるようになるとは……」
「索敵専門だったから、敵とか攻撃の気配には敏感なの。さすがに逆胴は防げなかったけど…………」

 軽く脇腹をさする千歳。もちろん必殺の一撃を盲目の女性相手へ全力投球するほど非情な秋水ではない。技が技だけに
幾分か抑えたものを予告つきで(それも千歳の要請に従う形で)放ってみたが、流石に完全回避とまではいかなかった。

「あれは強力な攻撃が来たらヘルメスドライブで咄嗟に避ける訓練だったの。でも視覚がないぶんいつもより対応が遅れて
いて、だから転移前の一瞬、掠ってしまったようね」
(剣道部員なら掠っただけで5分は寝込む威力なんだが……)
 千歳は平然と立って稽古を続けている。大した精神力だと秋水は思う。
(この街がレティクルに狙われている疑惑もある。だからいざという時の守りの戦力として少しでも最善を、か)
 彼女の過去は又聞きだが知っている。とある任務で多くの子供を死なせてしまったのだ。優しさゆえに犯してしまった些細
なミスを悪用したホムンクルスこそ本当の元凶ではあるが、それを防ぎたいと願ってきた真面目な千歳にとっては自責と
自罰の決して抜けぬ咎の棘。
0109永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:41:25.23ID:s8RD7gdj
(演劇の時、生徒達を見る千歳さんの目は……)
『今度こそ』という決意に満ちていた。その光を脳裏に照らすたび秋水はカズキを思い出すのだ。蝶野邸で多くの人命を救
えずパピヨンすら殺さざるを得なかった悔恨あらばこそ、彼は「今度こそ」と奮起し秋水相手の苛烈な特訓をやり抜いた。
 今の千歳はカズキに似ている。しかし剣を交える秋水の方は彼を相手どっていた頃の彼ではない。相手を、ただの練習
道具としか看做(みな)せなかった頃ではない。相手の理念を理解し、尊重し、そしてそれを達するための努力に貢献できる
コトに静かな幸福と充足を覚えている。

(俺も千歳さんたちと同じくこの街を守る使命を帯びている。残留した他の戦士たちも同じだ。守りたいという気持ちは同じ)

 そういう者たちの力になりたいと秋水は思っている。剣で助けるだけではない。剣客としての着眼点を提供し、仲間たちの
思考の幅を少しでも広げる助けるになりたかった。

「そろそろコレを使うわ」
 千歳が構える小ぶりな刀に青年は見覚えがあった。
(シークレットトレイル。行方を晦ませたねごっちー……もとい根来が残していった武装錬金)
 戦友の両目を潰した狡猾な忍びを討つため自由な立場の抜け忍になった根来。彼が去りぎわ千歳の枕頭に愛刀を置いて
いったと判明したのはつい先刻。身を守れ……などというメッセージは孤高の彼らしくないと皆思うが千歳の状況を鑑みると
到底一笑には伏せぬ推測だ。
(とにかく目が見えない相手とはいえ手にしているのは真剣……。盲剣法という言葉もある、却って無軌道な攻撃が来るかも
知れない。注意を──…)
 秋水は決して千歳を見縊っていた訳ではない。索敵専門とはいえかつて剛太が音を上げた過酷なサバイバル訓練をやり
抜いた体力の持ち主なのだ。大戦士長・坂口照星の懐刀として難易度の高い潜入任務を幾つもこなしてきた行き掛かり上、
いざという時の心得、武術の嗜みがあるのだって秋水は見抜いていた。演劇で剣舞を披露した彼女に対し(初段以上はある。
剣道1つに絞れば1年で三段相当の腕前になれる)とさえ太鼓判を押したのだ。
 だがそんな彼の動体視力を超越する動きを千歳は起こした。端的にいえば「消えた」。
(防人戦士長直伝の抜重? いや、違う!!)
 即座に振り返る。白刃が白刃を受け止める音がした。舞い散る火花の向こうには浮遊する千歳。床と足裏は2mほど離れ
ている。飛んで跳ねる剣法は決してない訳ではない。タイ捨……松林蝙也斉……。だが秋水のアンサーは違う。
(瞬間移動! 俺の背後にワープし剣を、か!!)
 刀を引きつつ空中で身を捻る千歳。斜め下へ向かう斬撃は落下質量を加味した物だ。47kgと軽量な千歳ではあるが
未知の刀法に軽く酩酊する秋水はごく僅かだがたじろいだ。剣を弾く。陽炎を抜けた。千歳はもう真横に居る。横目で
顔を見た秋水は裂帛の気合を上げながら……彼女に背を向け! 剣を動かす!

 真・鶉隠れ。剣風乱刃で敵を包囲して切り刻む忍びの技が乱れ斬りに弾かれ床に刺さった。

 千歳は、頬を掻いた。
「私を囮にすれば少しぐらい当たるかと思ったけど」
「見事な策ですが、姿を見せようとするあまり近づきすぎたのが敗因です。あの距離に瞬間移動できるなら迷わず刺すのが
剣士……無銘なら間違いなくやっていた」
「なのに私はしなかったから、囮、と」
 小細工を弄するのも考えものね。どこか悩ましく息を吐く千歳に
「ですが瞬間移動による斬撃と真・鶉隠れの二者択一は攪乱には充分です。どこから来るか分からない斬撃と、瞬間移動に
目を奪われた隙に亜空間から発生する乱撃……。うまく組み合わせれば充分敵の意識を逸らせます」
 秋水は自分なりの感想を伝える。
「ありがとう。でもやっぱり、決定打にしようとするのは……危ないわよね」
 ええ。秋水は頷く。剣士だから知悉し抜いているのだ。功を焦る「力み」がどれほど危険かを。
「ただでさえ目が見えなくなっていますからね。攪乱は回避に重きを置いた方が」
「そうなると、決定打は」
0110永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:41:39.86ID:s8RD7gdj
 別の階の稽古場に佇む防人衛はその鍛え抜かれた筒型の体を静かに踏み出す。

 大人ほどある背丈の藁人形に左の掌底を叩き込み、右の拳を上から当てる。

 ずっと研鑽している重ね当ては様々な人間との様々な交流によって少しずつ完成形に向かいつつあった。

(だが……あと1つ。あと1つ…………何かが足りない)

(この程度では俺は子供達を……。赤銅島の過ちを、また…………)

 閃光を放ち爆発する藁人形に背を向けながら防人は憂いのある表情を浮かべる。


「……いや、未完成ってカオしてるけど、ソレもう充分な威力じゃないの?」

 呆れたような声に防人はふっと顔を上げる。部屋の入り口に居るのは輝くような少女だった。艶やかな金髪をヘアバンチ
という筒で小分けにしたセーラー服の彼女の名はヴィクトリア。小さいのにいつも戦士相手には剣呑な目つきをしている
彼女はホムンクルスではあるが、自ら志願してなった訳ではない悲劇ゆえに今は銀成学園の生徒の1人だ。生意気だが
根はマジメで優しい少女と知っているから防人は逢うたびついつい気軽に応対する。

「ブラボー。充分といってくれるのは励みになる。だがまあ、俺的にはまだまだだな。見てくれ」

 技の話である。藁人形の上半身は右が3分の1ほどが削れず残っている。

「柔らかい素材すら完全には爆砕できていないんだ。俺が戦うホムンクルスは金属質……この程度ではとても切り札には、な」
「それでもニアデスハピネスと……黒色火薬(ブラックパウダー)とどっこいどっこいの威力じゃない」。耐火不燃性の床の上で
メラメラばちばちと燃え盛る藁くずをゲンナリした半眼で肩落としつつ眺めるヴィクトリアはごちる。「重傷で戦線離脱と聞いて
るけど……不十分でコレって。呆れるしかないわ」
「ん? ああそうか。キミ、もしかしてパピヨンを探しているのか?」
 会話の流れからすると妙な気付きだが、「敵に何やら超エネルギーを降ろす媒介として狙われているらしい」と先の戦いで
判明したため病院地下深くに匿っているヴィクトリアが、である。嫌いな戦団に説教されるの覚悟の上で部屋を出てうろつ
いているとすれば、最近急速に距離を縮めた気まぐれな蝶人を探していると考える他ないのである。果たして図星だった
らしい。「その様子じゃ見てないようね。いいわ」。プイっと出て行くヴィクトリア。防人は考える。

(パピヨンがいない? ボロボロで収容されたのに? 病原菌”そのもの”な幹部の、天敵の攻撃を受けて消耗しきっているのに……?)

(まさか彼……病院(ココ)の外へ? 


「なあ、病院(ココ)の外って行っちゃいけねえのか?」
「やめとこうよ岡倉君。演劇の途中でヘンな武器出しちゃった僕たちは念のためしばらく隔離って話だよ」
「大浜の言うとおりだぞ。じっとしてろ。どうせバイクだろ。雨が降りそうだからカバーかけたいとかそんなんだろ」
「うるせェ六舛!! 俺のバイクは寄宿舎の裏にこっそり止めてんだぞ! 屋根がないから予報で雨って聞いたら、人情だろ!」

 同じく地下施設の一室で騒ぐ少年3人の傍で少女2人は困惑顔。

「……ねえちーちん、絶対何か、起こってるよね」
「うん……。演劇の会場、あの養護施設、火事起こしたのに何故かすぐ元通り、だし」

 普段は対ホムンクルスのミーティングルームとして使われているその部屋にはテレビがあった。ちょうどローカルニュース
が放映中で、画面の中では見慣れた押倉レポーターが市内でマイクを持っていた。
0111永遠の扉垢版2016/08/14(日) 23:42:06.90ID:s8RD7gdj
「ご覧いただけるでしょうか。あのテープの向こうは銀成市の再開発地域の中心部ですが、およそ500mに渡って何か途轍
もない熱源が直撃したように溶けています。現在、警察や消防が現場検証を行っているため直接立ち入るコトはできませんが、
私達から見える範囲でも鉄骨ごと溶けたビルや放置車両のものだったと思しき残骸、更にアスファルトに大きく開いたクレーター
など被害の凄まじさを伺わせる光景が広がっております。更に視線を変えると最上階付近だけが消滅しているビルが遠くに
見えます。記録映像出ますでしょうか。はい。こちらは私が今の現場につく前に撮影した映像ですが、1つのビルの屋上に
複数のビルの最上階が突き刺さっています。果たしてこれは今見える上部が消滅したビルのものでしょうか。崩落の危険
があるため直接屋上へは行けませんでしたが、一番近いビルからでも100mほどの距離があります。私、現場で作業する
消防員の方に話を伺いましたが、普通の崩落事故ではまず有りえないとのコトでした」
 画面が切り替わり、視聴者提供の映像が流れる。再開発地域上空を遠くから捕らえたものだが、巨大な火球が膨れ上がり
ながら落ちていく様子に撮影者の悲鳴や驚きが混じっている。
「これだけではありません。本日銀成市ではあちこちで小さな爆発が発生したという通報が相次ぎました。銀成市消防局に
よると現在のところこの爆発による火災の報告は入っていないとのコトです」
 目撃者の映像へ。
「なんか急に、バチバチーって、ね」「そうそう。最初花火かなと思ったけど、やまなくて」
「爆竹みたいな音だったよな」
「し、信じられないかも知れないけど、渦、爆発の近くに渦があって」
「しかも目が、疵(きず)のついた目がこっちを……」
 押倉レポーターに戻る。
「他にも市街地で巨大な鳥がビルに激突したという情報も寄せられています。春先から初夏にかけて相次いで発生した
資産家邸宅集団行方不明事件や銀成学園集団ヒステリー事件の記憶もまだ覚めやらぬころ突如として頻発した怪現象。
市街地からわずか9kmという再開発地域で発生した大規模な爆発事故に市民達は眠れぬ夜を過ごしそうです」

 岡倉英之、大浜真史、六舛孝二、河井沙織、若宮千里。武藤カズキや秋水たちと縁深い生徒たちはひしひしと感じて
いた。何かよくない現象が起こりつつあるのではないかと。それは彼らと共に保護された──演劇中、敵の能力によって
強制的に武装錬金を発動させられたため、経過観察が必要だった──10人近くの生徒も同じだった。


「ブラボーさんとか寮母さんとか、貴信君たちとか、僕たちを守るために戦うよね、絶対」
「何かできるコトねえかな。学園が襲われた時とか守られっぱなしじゃねえか俺達」
「そう思うなら病院を出ようとするな。指示にちゃんと従い、的確に行動する。それが一番だ」
「ですよね。あとは……励ますぐらいしか」
「そうそう。元気で無事で済めばみんな笑ってくれるよきっと」


 5人は思う。それが自分達のすべきコト……と。



「では不肖たちの成すべきコトは!?」
「交戦したマレフィックどもの細胞片の回収です、母上」

 廊下で浅黒い少年が頷くと、シルクハットにタキシードのお下げ髪少女は「なのですっ!」とロッドを振り上げた。
 2人は鳩尾無銘と小札零。生真面目な少年忍者とお気楽極楽・実況大好きマジシャン少女である。2人は義理だが母子の
絆を有している。

「我らがリーダーもりもりさんは目下のところ行方不明! ですがご帰還されたときの為、備えて動くは必定なのであります!!
もりもりさんは武装錬金をコピー可能な特異点!! 対象のDNA情報をば入手すれば取得は容易!

「だからこそマレフィックどもも自分のDNAを取られまい、残すまいと常に警戒を続けている。実際先ほど10人居る奴らの
大半と交戦状態に陥ったが……誰1人、髪1本すら残していない……!」
 筆舌に尽くしがたい脅威を肌で体感したからこそ無銘は敵の能力が欲しい。首魁たる総角に何としても複製して欲しい。
「そこで不肖がご用意いたしましたのがこのキット! 細胞保存用の中型カプセル!!」
「中型カプセル〜」。無銘は予め録音しておいたエンゼル御前の声を流した。
 ともかく掌ほどある強化ガラス製の円筒を煙と共にポンと出した小札、手に乗せた。
「本来ホムンクルスの肉体は本体と分離したり死んだりしますと即座消滅、風に還る細胞とばかりにちりぢりばらばらに
なりまするがこのカプセルをば使えばあら不思議!!」
0112永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:41:03.66ID:Ivh7MJyu
 ぷちりと切った髪2本の片方を小札はカプセルに入れる。もう片方はそのままだ。変化はすぐに起こった。入れなかった方が
消滅する傍でカプセルの中の髪は依然その姿を留めている。
「これを使わば将棋が成せるのだ! 敵の駒を師父の駒に成せるのだ!」

 そしてカプセルはヘリにて救出作戦へ向かった貴信&香美、鐶と言った仲間達にも配布済み。

「もりもりさんにも念のため所持していただいております故、攻めどころ使いどころまでストックするコト可能でしょう!!」
「DNAをすぐ使って発動するコトも可能だが、そのフルパワー状態は5分しか続かないのだ。一生に一度しかないのだ、
強い能力であるからこそ、本当に使うべき相手と戦うときまで……温存、すべきなのだ」

 そう。無銘はさまざまな思いを込めて、言う。

「師父の友を奪い去った憎き仇──…」

「レティクルエレメンツの盟主……メルスティーン=ブレイドと戦う、その時まで」

 メルスティーン=ブレイド。そう書かれた認識票を下げた細面の青年は笑う。
 20代後半に至ってなお女性的な雰囲気の漂う男だ。女物の服を着ているがひどく似合う。ただしファッションを一目で
異形と見せかける身体的特徴を彼は有していた。

 右腕が、ないのだ。

 肩からひらひらとする長袖を見慣れたものだとばかりメルスティーンはそよがせて、目の前に広がる9つの影を順に見る。
彼らは円卓に座っていた。

「ウィル。イオイソゴ。グレイズィング。ディプレス。デッド。ブレイク。リバース。リヴォルハイン。クライマックス。銀成での任務、
ご苦労さまだったねえ」

 卓上で左肘を付きながら労うと、一座からめいめいの反応が上がる。

「結局くたびれ儲けだったけどねー」

 まず声を上げたのは『水星』の幹部。
 白い肌に水銀色の髪を持つ少年……ウィル=フォートレス。眼窩に嵌る2つの紅玉は彼がアルビノ…先天性の色素欠乏
であるコトを雄弁に物語っている。
いわゆる7つの大罪に古めかしい「虚飾」「憂鬱」を加えた罪を標榜する幹部の中にあって『怠惰』を冠するだけあり、一座
の中では最もけだるげな存在だと……表向きには、知られている。

 しかし本当の目的は恋人の復活。遥か未来でメルスティーンの霊に殺された恋人を蘇らせるため、過去に遡り、思うがま
まの歴史を作らんとしてきた。幼少期、アルビノ差別の巻き添えで両親を殺され人間社会に絶望した彼にとって、恋人は……
ライザウィン=ゼーッ! という最強の頤使者(ゴーレム)は唯一心許せる存在だったのだ。

 恋人を蘇らせんとした結果、彼は音楽隊の小札零を今の体に改造した。……1つの予想外と引き換えに。

「むぐむぐ、もぐっ。ひひっ。『器』の最有力候補たるびくとりあは……はぐっ、結局奪えずじまいじゃからのう」

『木星』の席で、すみれ色の髪をポニーテールにした見た目7〜8歳ぐらいの少女がハンバーグを食べながら答える。傍に
はブラウンのソースの付いた皿が既に20近く積まれている。イオイソゴ=キシャク。『暴食』の徒にして忍びである。戦歴お
よそ500年を超える狡猾な幼い老婆は曲者ぞろいの幹部の中で一番の重鎮である。

 人間の頃から既に人食いをしていた彼女は、安定した「食事」のためにレティクルへ与した。
 故あって直接歴史を変えるコトのできないウィルと利害が一致した彼女は代行者となり、数々の改竄を秘密裏になして
きたのだ。
0113永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:41:36.75ID:Ivh7MJyu
 飽くなき食欲に促されるまま彼女は10年前、妊婦の腹を裂き胚児に犬型ホムンクルスの幼体を埋め込んだ。
 その時生まれたのが音楽隊の鳩尾無銘である。

「うふふ。でもヤるべき前戯は秘密のうちに行われてますし、問題ないかと」

『金星』の座を占めるのは正にビーナス。鮮やかな唇を真白なティーカップにつけて啜る女医・グレイズィング=メディック。
ジンジャーレッドの髪を妖艶な縦巻きにしている『色欲』の幹部である。拷問を好み、医療すらその道具として使う残虐性を
有している。

 幼い頃、陵辱によって生殖機能を失った彼女は、一命をとりとめた医療への感謝を胸に立派な女医へと成長した。
 だが戦団の恣意的な手違いによって患者達を殺され、そして犯され、自身も恋人を殺されたあげく凄まじい性的暴行を
『戦士たちから』受けたため……彼女は、壊れた。

 結果拷問に狂い続け、女性ながらに胚児へ幼体を埋め込むイオイソゴの猟奇犯行に加担。
 鳩尾無銘にとってイオイソゴとグレイズィングは許しがたい仇である。

「ああ憂鬱wwww 戦士どもはどう足掻こうと俺らには勝てないのさwwwwwww」

『火星』の椅子の下で義足の付いた片足を歪に揺らしてあざけ笑うはハシビロコウ。巨大なクチバシの鳥の名はディプレス
=シンカヒア。いつも大声でケタケタ笑っているのに声の響きは恐ろしく空虚で無気力だ。『憂鬱』の罪を背負っていると
いえば誰しもが納得する。

 彼が転落したキッカケは他の幹部よりまだ軽い。末期ガンの恩師に捧げる筈だったマラソンレースを乱入者に妨害され
リタイアしたあげく、足に二度と走れぬ後遺症が残った……ぐらいである。だが熱を失くし世を倦むようになった彼はやがて
小うるさい上司と同僚を殺害。いつしかレティクルに流れ着き人間をやめ、熱意のある者を嬲り殺すコトに喜びを見出すよう
になった。

 反動で挫折者には優しい彼は相方とのトラブルに巻き込まれた気弱な青年とその飼い猫を救おうとした。
 が、諸事情で彼らを1つの体にするコトを防げなかった。
 栴檀貴信と栴檀香美を元の1人と1匹に戻しうる能力は、彼らとの魂を燃やす決戦でのみ発揮できるとディプレスは信仰
している。

「盟主さま! ウチちゃーーーんと下調べしたで! デパートをな、調べたんや!!」

『月』と書かれた三角錐が揺れるほど身を乗り出しラブコールを送るのは13歳ぐらいの少女。金髪をコウモリの翼のような
ツインテールにし、前髪の縁を銀色のメッシュで彩っているなんとも派手で景気のいい風貌だ。実際金払いは非情によく、
不良在庫を買い取っては悦に至る奇妙な『強欲』を背負っている。

 その四肢は義肢である。社長令嬢に生まれついた彼女は幼いころ海外で誘拐され……総て切り落とされドブ川に浮いた。
治したい一心で奔走した母親や使用人たちはやがてレティクルの協力者となったが、怪物と化した彼らを戦団は理由も
聞かず総て処断、殺戮。自身もあわや落命という所でレティクルに拾われ……戦団に復讐するため人間をやめた。

 物をセットで買わなければ死別を思い出し耐えられなくなる彼女は、ささいな行き違いから、人間時代の貴信と子猫時代
の香美を暴行。怪物へと変貌させた香美からの思わぬ逆襲によってネコがトラウマになるほどの手傷を負わされたが、そ
れを制した貴信からの「貴方も救う」という言葉に現在少しだけだが揺れている。
0114永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:42:14.52ID:Ivh7MJyu
「収穫すか? にひひっ。妹さんに萌え萌えする青っちが見れたんで、それだけで満足でさあ」

『天王星』の机からその幹部がゴシュンと飛んだのは恋人の裏拳を甘受したからだ。やや離れた床に尻餅をつき幸せそう
に片頬を撫でるウルフカットの青年はブレイク=ハルベルド。『虚飾』の幹部だ。飄々としたつかみどころのない男だが、
人の「枠」には並外れた感心があるらしく、外に出てはアーティストを何人も育てている。

 学生時代、優れた色彩感覚を有していた彼は仄かな恋心を抱く女性の不注意によって交通事故に遭い、色覚を失くし
た。絶望する彼に想い人はアイドルとしての活動を用意するが、それは彼女の恋人……ブレイクの兄の代役にすぎなかっ
た。やがてそれ以上の名声を努力によって獲得したブレイクを疎むようになった兄と想い人は共謀して殺害計画を実行。
色覚欠如を罵る想い人に幻滅する最中レティクルに助けられたブレイクはそのままレティクルに加盟。

 しゃべり上手な小札零の弟子だった時期もある。ゆえに師匠を手助けする手段がないか模索中。レティクルには命を
救われた恩義こそあり、その分だけは動くべきだと思っているが、別に人間総てに幻滅して人間をやめた訳ではない
ので──ただし自分の努力を認めない想い人のような存在は絶対に殺す──必ずしも命を支える必要はないと思って
いる。今の恋人を、リバースをも利用して使い潰すのであれば、尚。

 師匠の兄を殺したのは、他ならぬレティクルの盟主なのだから。

『ブレイクくんの、ばか』

『海王星』の三角錐の裏にそう書いたのは笑顔の少女。乳白色のふわふわウェーブを持つお姫様のような風貌だ。だが
幹部達は知っている。このリバース=イングラムが『憤怒』の使徒だと。温和で理知的で優しいが、ひとたび声の小ささを
指摘されたが最後両目をギラギラと見開きそして拳で気持ちを「伝えて」くるのだと。

 乳児期、育児ノイローゼの母親に首を絞められたせいで咽喉が潰れ大声が出せなくなったリバースは内向的な少女と
して育った。活発な義妹と何かと比べられ、損を蒙ってきた彼女の唯一の支えはアイドル時代のブレイクだった。最も辛い
時期、彼から来た返事を不注意で紛失した義妹に初めての怒り任せで手を上げた瞬間、リバースの運命は狂い始めた。
見咎めた義母に頬を張られたのだ。被害者にも関わらず、話を聞かれず、殴られたのだ。絶望し、死を選びかけたリバー
スだがレティクルとの出逢いで考えを変える。「リア充死すべし」。

 義妹は音楽隊の鐶光である。彼女が双眸から光を失くしたのはリバースの愛憎の総てを叩きつけられたからだ。かつて
は明るい性分を嫌っていたのに、「話しかけてくれたのは光ちゃんだけ」という思いから攻撃的な愛をブツけ続け、苛んだ。
 彼女に再会させたかった両親を戦団に殺されたとリバースは信じているが、それは敵意を煽る為イオイソゴが仕組んだ
罠である。両親はまだ生きている。だがそれを知らない彼女は戦団への復讐のため決戦へ身を投じる。最愛の鐶に止め
られ殺される甘美な想像図を胸に抱きながら。

「誰がどう振舞おうと乃公は救いに向かって動かれるのみである」

『土星』の椅子を重々しく揺らしながら囁く貴族服の男はリヴォルハイン=ピエムエスシーズ。男性としてはやや長めの鉛
色の髪を優雅な曲線で無造作に垂らす彼の罪は『傲慢』。悪と破滅を目論む組織の中にあって人類救済を、幹部の救済
をも唱える場違いさは間違いなく傲慢であろう。彼だけは細菌型ホムンクルスであり、人の脳に取り付くコトで次元の狭間
に演算用のネットワーク空間を作り出せる。(処理に使われていない領域の有効活用)。

 強い正義感ゆえ「やりすぎる」コトが多かった彼は社会からの排斥のすえ錬金の戦士になった。だが組織の腐敗によって
妻を失くし、妻の胎内にいた子供の行方すら追跡できなくなった彼は世界を変えるため組織を退団。その後、偶然接触した
レティクルこそ妻の仇ではあったが、正義の、正規の組織では到底たどり着けない技術力に魅せられたリヴォルハインは
自ら実験体を志願し、戦士以上の力を手に入れた。目指すは人類の救済。不幸もたらす不文律の打破。

 その心の赴くまま先の銀成における戦いではパピヨンと交戦。致命的な免疫力低下を抱える彼を細菌攻撃によって降し
たリヴォルハインはパピヨンの悲願・武藤カズキ再人間化に欠かせぬ『もう1つの調整体』を奪取。
0115永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:42:39.49ID:Ivh7MJyu
「あれっ、この上なくあれれです! 私の分のプレートないんですけどぉ!? 誰か知りませんかぁ!?」

『冥王星』の文字を探してキョロキョロする冴えない女性はクライマックス=アーマード。黒縁眼鏡のアラサーだ。元声優で
元教師で今はオタクで腐っている彼女の前歴は特筆すべきものはない。好きになった物が破滅するという奇妙な運を、
殺人で覆せると信仰しているだけである。音楽隊の面々と因縁はないし、銀成での戦いでもむしろ足を引っ張ってた。

 そんな連中を見渡しながら、盟主・メルスティーン=ブレイドは悠然と口を開く。

「さて諸君。もうすぐ戦士どもが坂口照星を取り戻しにやってくる訳だが」
「そ、そんなコトよりメルスティーンさま、私のプレート、冥王星の札ぁ!!」
「知wるwかwよwww お前ちょっと黙れよクライマックスwwww いま盟主様が何かいったんだぞwww」
「イッたですって! 戦いを前に発射! あんもうエロいんだから」
「……なんでもかんでもそういう話題に持ってくでないわ。中学生かヌシは」
「お、青っち、なんで頬を染めたんすか、わかるんすかって痛い痛い」
「むーーーーーーっ!!! ブレイク君もちゃんとお話きかなきゃダメだよ!!」
「おお。リバースが喋っとるで。珍しな、こりゃ関東は夕方から雨やなウィル!」
「デッドそのボケ面白くないよー。それさっき一緒に見た天気予報で仕入れたネタじゃん……」
「おおお! 何という混沌! 戦略会議の発議すらままならなんとは! やはり乃公が総て救われて然るべきであるな!!

 自由時間のクラスのような騒がしさがワッと広がった。盟主は怒るわけでもなくただ嬉しそうに目を輝かせた。

「ふ。秩序の破壊か! 素晴らしいッ!」
「いや破綻しとるだけですから」
「くそう。さればわしが音頭を取り迎撃のための討議を……!!!」
 身を乗り出しかけたイオイソゴの胴体に走った閃光の意味を初見で理解できたのはメルスティーンのみである。他の9
名は数秒の間、ただ漠然と眼前で展開される光景を眺めた。8名は、袈裟懸けに斬られてズリ落ちていく狡猾な童女の
上半身を硬直した瞳の鏡面に映すばかりだった。1名は不自然に迫ってくる床がやがて傾くのを、墜落する航空機のパ
イロットのような心境で見た。
 べちゃん。ひどい水音を立て床で爆ぜる木星の幹部に目を白黒とさせる8名の幹部は決して無能な者どもではない。悪
意を有するが故の賢しさを多分に持ち合わせている連中だ。だが事態は彼らの範疇を遥かに遥かに超距していた。
「め、盟主様が……」
「イソゴ老を、斬り捨てた…………?」
「銀成市で戦士さん5人同時に翻弄した人なのに! 呆気なく!? この上なく呆気なく!?
 普段の嘲りを引っ込めて戦慄くディプレス。追随して顔色をなくすグレイズィング。叫んだのはクライマックス。
 ひゅっと剣を振るうメルスティーンにさほどの揺らぎはない。忠実なる忍びたるイオイソゴを突如として手打ちにしたという
のに面頬はどこまでも爽やかだ。どよめく幹部達、1人だけでも激甚災害級の強さを振りまく魔人たちを前に盟主は静かに
呟き始めた。
「ふ。まあ落ち着きたまえ。対戦団用にぼくが決議したかったのは1つ、たった1つさ。議長は別にいらない。たった1つ決まれば
議会は閉幕、あとは予定した戦闘の予定を1つ変えて進めればいいだけさ。……ふ。だからイソゴを斬ったのさ」
「で、決議したいコトはなんすか? 俺っちたちの首を土産に降伏って仰るんでしたら……へへ、それなりの対処を、取らせて
頂きますが?」
 にへらとした様子で、しかし灰色の瞳に一切の笑いを込めないままハルバードを発動したのはブレイクで、彼は当たり前
のようにリバースを背後に隠している。少女はそんな挙措に頬を染めながらもサブマシンガンを2挺具現化、いつでも構え
られるよう備える。
「降伏? まさか」。盟主は肩を揺する。「ふ。逆だよ。戦団などは滅茶苦茶に破壊するさ。破壊されるよう段取りを組み、
進行させるさ」。片手持ちの大刀を軽く引きずるようにして距離を縮める盟主。仄かな恋心を抱くデッドは引くべきか進む
べきか葛藤した。
「君たちは”ラスボス”って概念を知ってるかい?」
「な……に?」
 呻いたのはウィル。顔色がただならぬ色相に変じたのはメルスティーンが何を言いたいか直感したからだ。居たのだ。
かつて『ラスボス』に対して特殊な哲学を述べた少女(こいびと)が。それと似た雰囲気を……感じた。
0116永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:43:03.56ID:Ivh7MJyu
「クライマックスあたりなら知っているだろう。ラスボスというのは最後のボス……漫画や映画、ゲームなどで最後に倒される
悪の首魁の総称だ」
 更に一歩、威圧を込めて進む盟主。場は異様な緊張感に包まれ始めたがリヴォルハインはケロリとした表情で佇んでいる。
 盟主は、続ける。

「ぼくはね、ラスボスって奴を見るたび思っているんだ。『なぜ最初に出ない』とね。奴らは常に圧倒的な力を持っている。軍団
を作り保持するだけの英雄性をも兼備している。なのに彼らはいつだって弱い方の部下から主人公どもにブツけていく。戦力
の逐次投入でご親切にも鍛えるように主人公どもを強くしていく。奴ら個々の技量を高め、面々の連繋を深め、人々の支援を
集めていく。最初からラスボス自ら出張れば問題なく潰せた筈の連中を、ガン細胞の如く肥大化させ強力にしてくんだ」
 それでなお勝つならまあいいだろう、だが! 盟主は拳を固め熱く叫ぶ。
「奴らは結局負けるんだ! 連敗の報を魔王城の奥の玉座でずっと聞き続けていた筈なのに重い腰をずうっと上げず、気付けば
本拠に攻め込まれ、城を落とす火の手の如くに攻め立てる主人公どもに忠臣や重鎮を討ち取られた挙句まるで敗残兵最後の1
人の如くに処断される! 世界中と繋がった輩の刃を胸に突き立てられ……朽ち果てる!」
 ぼくはね、そーいうのが納得いかないんだよ。だからイオイソゴを斬り捨てたんだ……磁性流体となって蠢く半不死の忠臣を
びしゃりと踏みつけ飛沫にしながらメルスティーンは高らかに宣告する。
「ぼくは盟主だが、しかしラスボスにはならないよ! 決議の内容とはつまりそれ! いま議決するは正にそれ!! 荒れ狂う
破壊の尖兵としてまず最初に!! 押し寄せる錬金戦団の有象無象どもを破壊させて貰う!! 反論は、許さないッ!!」
 何を言い出すんだコイツは……! 9人の幹部は息を呑んだ。
「ば! 馬鹿かテメエは! 10年前の決戦で危うく死に掛けたのを忘れたか!!?」
 怒号を張り上げたのはディプレス。血走った目で唾を飛ばす彼にメルスティーンは「ふ、分かっていないな」と切っ先を突き
つける。ノド元に迫る”死”に凶鳥は仰け反り言葉を失くす。
「別に僕は死を恐れている訳じゃない。死なないと思っている訳でも無い。壊されても本望さ。本懐ならぬ”本壊”って奴さ。
暴れて、壊して、壊されて、派手に砕け散ってやるのがこの10年の……いや、ヴィクターに黒い核鉄が埋め込まれてから
こっち100年の本壊なんだ。組織だの何だのは最早どうでもいい」
 ウィルだのイソゴだのがさんざ制止してきてやむなく付き合ったが、刻限はもう来たんだ、ここからは好きに暴れさせて
もらうよ。目を細めながら盟主は剣を進める。万物を分解する神火飛鴉(しんかひあ)によって常に身を守っているディプ
レスの喉首を、しかし事もなげに突き破った。
 血しぶきが舞い、ほとんどの幹部が言葉を失くす。
「き、近接戦闘ではほぼ並ぶ者なしのディプレスさんまでこの上なく呆気なく……」
「ふ。文句のある者はこうなる。止めたければ来たまえよ? 治癒能力を持つグレイズィングさえ健在なら組織は幾らでも
建て直しが効く……。あとは君らの好きにしたまえよ」

(……マズいコトになった)

 最も焦っていたのは水星の幹部、ウィルである。

(メルスティーンは知らないだろうが、こいつは死んでも魂だけは生き続ける! 10年前、小札零の兄を斃したとき奪い取った
彼の能力を使って不滅の存在として人々の無意識の集合世界で生き続ける……!)

 そうされては困る理由がウィルにはあった。

(魂だけでも生き残られると厄介だ。ライザ……人間だった頃「勢号」と名乗っていたボクの恋人の復活を妨害される!!
未来のメルスティーンは実際、魂だけで勢号の新たな体の建造を妨げた!! 完全消滅されないと……早坂秋水の進化した
ソードサムライXで魂のエネルギーを蒸散させないと……ボクは勢号(こいびと)と再会できない……!)

 愛する少女と再会したいただ一心で気の遠くなるほど何回も歴史を繰り返し改竄してきたのがウィルという少年である。

 そういう事情を幹部の殆どは知らないが、しかし利害だけは最終的に一致している。
 決戦を前に盟主がいの一番に最前線へ行くコトを誰が歓迎するというのか。
0117永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:43:32.15ID:Ivh7MJyu
 5人の幹部が、メルスティーンの前に立ちはだかった。

「ワタクシたちは所詮寄せ集め……。求心力である盟主さまにいきなり消えられたら……クス。協力も連携もできず各個
撃破で呆気なく陵辱されるのが関の山」
 衛生兵の自動人形を侍らせて仁王立ちするのはグレイズィング。
「そーですよこの上なくそーですよ! 我の強い人ばっかなんですレティクルは! メルスティーン様が消えたら決戦途中に
しょーもないリーダー争い起こして内ゲバで勝手に全滅しちゃいますよ! この上なく!!」
 一瞬装甲列車の幻影を浮かべたあとぞろぞろと自動人形を出したのはクライマックス。
「第一ウチのモチベは盟主様守るコトですよって、勝手に死なれたら意味ないです。守るためにこの場は止めます」
 小さな釣鐘ほどある赤い筒から放たれた爆発を渦にしてメルスティーンを包囲するのはデッド。
「まあ盟主様が死なれたらレティクルの『枠』破れて案外世界のためになるかも……すけど、へへ。いきなりの攻勢は困り
ますねえ。もし俺っちのお師匠が救出部隊に居たら、へへ、不意打ちで殺されるかも、ですんで」
 既に発動していたハルバードに妖しい光を蓄えるのはブレイク。
「ふふふ私だってお父さんお母さん殺した戦団に復讐したいの我慢してたのよなのに盟主様だけ自重もなしに暴れたいっ
ていうのはずるい腹立つ許されないわ光ちゃんだって来ているかも知れないのよ予告もなしの大攻勢は許さない」
 抑揚のないおぞましい連呼の上でギラギラと赤い細目を輝かすリバースはサブマシンガンのトリガーに指をかける。

「乃公はどちらでもいいのである。メルスティーンがここで死のうが人類を救うための我が研究は……進む!! いっそ
ここで双方殲滅してもそれはそれで世界は救われるであろうな。問題ない」

 唯一動かない土星の幹部に抗議の声を上げるディプレスとイオイソゴがグレイズィングの武装錬金によって回復し戦列
に戻る。

「8対2……議決権はこちらにあるよメルスティーン」

 アジト内の、否、メルスティーンの周囲の時空の流れが急変した。アジトはウィルの武装錬金の一部である。彼の制御下
にある。そしてウィルの武装錬金は……時間を操る。

「ふ。面白い」

 単騎ですら銀成の戦士を戦慄させた魔人が8体も居並び敵意を見せる中、メルスティーンは笑い……踏み込んだ!!


「あ! 秋水先輩起きたんだ。おはよー。体力戻った?」

 聖サンジェルマン病院の地下の食道で明るい声を漏らす武藤まひろに早坂秋水は「それなりに」とだけ呟いた。素っ気無い
返事だが頬はかすかに緩んでいる。

 この日彼らは昼すぎまで演劇をしていた。そのため食事はあまり取れなかった。朝はやがてくる激しい動きに配慮して
少なめ、昼は祝勝会ついでに取るつもりだったが様々なゴタゴタのせいで碌に食べれず終わった。

 そのため彼らは遅めの昼食を取る羽目になった。もっとも一緒に食べる約束はしていない。まひろが食堂ではぐはぐして
いたら偶然秋水もやってきたという形だ。

 箸を止めたまひろはちょっと不安げに大きな瞳を潤ませた。

「もうすぐ……なんだよね。戦士さんたちの、とっても偉い人の救出作戦。斗貴子さんたち……大丈夫……だよね?」

 つい3週間ほど前、長年ずっと傍にいた兄を月へ失うという信じがたい別離を味わったのがまひろである。そのせいか
失うコトに怯えがちになっているのを秋水は短いが濃密な交流の中で嫌というほど痛感した。

「大丈夫だ。彼女以外にも強い戦士が沢山いる。姉さんも居るし中村も居る。鐶や貴信たちも。何より津村自身がもう立ち
直っているんだ。彼女はきっと戻ってくる。彼女だって君に笑って欲しいと思っている」
「そっか。それなら……」 安心し、食事を再開しかけたまひろは「ん?」と箸を加えたまま小首を傾げた。行儀だけいうなら
感心できる挙措ではないが、それを許せる不思議な愛嬌が備わっているので得である。
「『斗貴子さんだって』……? じゃあ他にも誰か、私に笑って欲しいの……?」
0118永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:43:54.04ID:Ivh7MJyu
 まひろはいつだってリアルタイム処理だ。喋りながら考える。考えてから喋るというコトが良くも悪くもできない。だから秋水
の言葉をオウム返しにしているうちに「笑って欲しいのが誰か」というコトに期待混じりの推測を寄せた。兄と離れ離れに
なってから影に日向に支えてくれた貴公子のような青年にまひろは最近揺れる感情を抱いている。抱いているから、些細な
発言にさえ思春期特権の甘く淡い期待を覚えてしまう。「笑って欲しいの……?」の最後の辺りでまひろの頬はすっかりサク
ランボ色に色づいて、どきどきした光を宿す双眸が秋水をじいっと恥ずかしげに見つめている。
「……。周囲の人間は概ねそうだ。戦士長も、君の友人も、ヴィクトリアも、周囲の人間は例外なくだ」
 生真面目すぎるが故に不器用な秋水はちょっと視線を外しながら答えるのが精一杯だ。まひろを相手にした時だけ生じる
陽春のほわほわした空気に支配されないよう自制するので未熟な彼は配慮用の神経総てを使い尽くしてしまう。
「周りの人はみんな……か。ウン。そうだよね……」
 まひろの中ではもう秋水も周りの人なのだ。朴訥な回答だが、否定でないと分かっただけでも今は嬉しい。

 微妙な空気が広がる。耐え切れなくなった秋水は先に口を開く。

「その、もし戦いが始まった言えなくなると思うから先に言うが……君と兄が再会できるその日までこの街を守るという約束だ
けは、絶対守る……から」
 守るからの先をどう紡いでいいか分からなくなった秋水だが、その断絶をまひろは追及しない。彼女だって嬉しそうに目を
細めて頷くのが精一杯なのだ。
「うん……。私にできるコトは無いかも知れないけど、せめてお兄ちゃんが言ったコトだけは、お兄ちゃんが言ったコトだけは、
ちゃんと守ってあげてね。前も言ったけど……そうじゃないと秋水先輩、お兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」

──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」

 かつて秋水は姉の命を諦めかけたコトがある。自分の失態で危険に晒した桜花の命が尽きるのをただ呆然と見るしかなかった
コトがある。

 カズキはそんな秋水を救い上げた。離れ離れになりかけた姉弟の手を2つとも握り、力強く、呼びかけた。

──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」

 と。


 彼の拳の感触を。
 彼の呼びかけを。
 強い感触を、音圧を。

 今でもまだ、覚えている。

 秋水はまだ、覚えている。


 だから。


「それがある限り、俺は戦う。戦い続ける」

 決意を告げると少女はますます頬を染めて、コクリと頷いた。
0119永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:44:23.65ID:Ivh7MJyu
 レティクルエレメンツ・アジト

「負への暴走を止めるのはいつだって『救い』なのだ。敵意ではない」

 土星の幹部・リヴォルハインは、累々と倒れ臥す仲間達を見ながら腕組みして呟いた。

「もっともそういう意味ではお前達の戦いは正しかったと言えよう。『殺す』ではなく『止める』ための戦いだったからな。制止
は処刑場へ向かう者の襟を後ろに向かって引く行為、救いの一種。お前達の本領を著しく制限する思慮とはいえ、世界的
に見ればまだ正しい……」

 るせえ! 傍観してた癖にドヤってんじゃねえぞリヴォ! キレた声を上げたのはやはりディプレスである。

「ああでもリヴォのボケの言うとおりやな……」
「ひひっ。盟主さま相手に殺すまいと加減するのはやはり自殺行為よ」
「向こうはこの上なく壊すつもりで来てますもんねー」

 聖人気取りで、刃物振り回し中の麻薬中毒者に向かうような物といったのはグレイズィング。

「おやおや。決戦前だというのにもう総崩れかい?」

 傷だらけの幹部達がハっと眺めた部屋の出口には月の頭を頂く怪人。

「ムーン……フェイス。キミだって騒ぎは聞いていた筈だろうに……!!」
「私は客分だからねえ。忠義深いキミたちと違ってメルスティーン君を止める義理はない。どうせ彼は錬金戦団を壊したい
一心で全力を振るう……。30人程度にしか分身できない私なんかじゃとてもとても」
 肩を押さえ呻くウィルの抗議を飄々と流したムーンフェイスは告げる。
「ただ、キミ達全員がメルスティーン君を殺すつもりで掛かっていたなら、多分もう決着はついていたね。何しろ皆、L・X・E
クラスの共同体なら単騎で殲滅できる粒揃いだ。この突破はキミ達8人合わせてなおメルスティーン君に劣るという証左
じゃない……。むしろ加減して生き延びられただけでも凄いさ」
 褒めるムーンフェイスだが喜ぶ幹部はいない。

「とにかく……追いますわよ盟主様。わたくしの蘇生能力なら万が一にも対応できる……!」
「ひひっ。予定と少々食い違うが……わしも出よう。戦士の追撃をば防ぐためにな」

 あとの者は計画通りに動け。命じられた残る7人の幹部は一斉に頷くや……姿を消した。メルスティーンを追うと告げた
2人の幹部の足音もまた遠ざかっていく。部屋には月顔の怪人だけが残された。

(計画、ねえ)

 ムーンフェイスもそれは知っている。知っているからこそ今囚われ中の照星を思うのだ。

 血膿の中に突っ伏してかすかな呼吸をしている坂口照星を思うのだ。

(むーん。彼はこれから『利用』される。恐ろしい組織だ。私も対応策を考えないと、ね)

 動かぬ照星の傍の空間が割れた。その奥に潜む異形の影の名は──…

 武藤ソウヤ。

(ウィル君との戦いに負けて変貌した未来の戦士……。彼を利用しなくてはね。レティクルは危険だ。マレフィックアースとかい
う凄まじいエネルギーの存在を使って何らかの救済をもたらそうとしている……)

 地球を荒涼たる月面世界にしたいと望むムーンフェイスにとってレティクルの最終目的は邪魔でしかない。もっとも利用しよう
とするソウヤ自身、ムーンフェイスの野望を一度は打ち砕いた少年だ。筋から言って協力など取り付けれそうにないが……。

(相打ちという手も、あるさ)

 ムーンフェイスは黄色い核鉄を握り締める。他の核鉄と明らかに異なるそれは、「もう1つの調整体」の廃棄版。かつて逆
向凱という悪霊に憑依されていた鈴木震洋から抜き取った代物である。錬金術の三大要素「肉体」「精神」「霊魂」のうち
最後のものに働きかけるだけあって、死者の魂を……乗せやすいのだ。
0120永遠の扉垢版2016/08/15(月) 00:44:37.77ID:Ivh7MJyu
(コレと私の切り札『死魄』を共鳴させれば……できるかも知れない。いずれ敵になるソウヤ君とレティクル、2つの相手の
共倒れを……!)


「!!?」

 戦士たちの集合地点でまず最初に目を剥いたのは戦部である。次に物音に振り返った円山が「ウソぉ!」と口に手を当て
硬直した。犬飼に至っては喪神しかけた。つまりそれだけの衝撃だった。

「やあ先遣部隊。やあ斥候たち」

 散歩でもするよう現れたのは女装がよく似合う細面の男。隻腕の剣士。

「メ……メルスティーン、だと……?」

 驚きの中にも歓喜を混ぜて戦部が十文字槍を構えたのは、盟主だと即座に気付けたのは、メルスティt−ンが10年前、
一度は虜囚となり顔写真を取られたからだ。資料は配布されている。戦部の後ろの2人にも。

「いきなり敵の首魁が……!? いや、クローンが得意っていうし、本人な訳……!!」

 強がりを述べる犬飼だが足は震えて止まらない。相手の威圧感で理解したのだ。紛れもなく本物のメルスティーンであると。

「どうするのよ!? 本隊との合流はまだよ! 戦うの!? 逃げるの!?」

 先ほど「奇襲すれば勝てるかも」といった円山が金切り声を上げているのは、逆をやられたからだ。奇襲されてしまった
からだ。それでは数の有利は活かされない。

「悪いね。ぼくはラスボスになりたくないんだ! レティクルの一番手として!! やがて来る君たちに破壊のチャレンジを申
し込む!」

 大刀を振りかざす盟主が戦部たちに、襲い掛かった。
0122ふら〜り垢版2016/08/21(日) 17:53:56.27ID:u3afUyvc
>>スターダストさん(10周年おめでとうございます!)
原作メンバーにブレミュ勢にと、懐かしい顔ぶれがようやく! 名だけでなく実物で登場! で、
ただでさえ人数が多い上、「グループ」の数も多く、それぞれの目的も違うから、誰のどれが
どう叶うか、どんな組み合わせのどんな戦いでどんな犠牲が出るか、予想のつかなさが凄い。
0123作者の都合により名無しです垢版2017/05/10(水) 20:00:35.72ID:9h4oCh60
まだあったのかこのスレ・・
ダストさん10年凄いなと思ったら去年のことかw
0124作者の都合により名無しです垢版2017/06/10(土) 16:14:18.41ID:idRZm2Jr
0125作者の都合により名無しです垢版2017/07/30(日) 15:58:50.77ID:VkD9UASc
超久しぶりのスターダストさんの投稿に反応したあたり、ふら〜りさんは往年のSS書きが戻ってくればまた感想書きそうだなぁw
0126作者の都合により名無しです垢版2017/09/12(火) 09:03:59.85ID:M8vQqvVl
サマサさんがもし現役だったら、Arc-Vと鉄血はクソミソにネタにされまくっただろうかw
もしツィッターとかブログとか利用してた場合も同じことしてたかな?
0127永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:47:42.56ID:6JFt3+FR
第101話 「その名は──…」

 沼津からそう遠くない新月村の温泉といえば火傷などの皮膚疾患によく効くとマニアの間で大評判だ。

 しかし錬金戦団の面々がこぞって集結しつつあるのは慰安旅行のためではない。亜細亜方面の戦闘部門最高責任者で
もある大戦士長・坂口照星が新月村郊外に監禁されている為だ。

 新月村。沼津にほど近い山間に存在するこの村には温泉以外にも更に1つ、有名な呼び名がある。

『地図から消えた村』

 現在でこそ東海圏から気軽に日帰りできるアクセスを有している新月村だが、ネット界隈では一時期、地図から消えた村
としてややオカルティックな扱いを受けていた。

 普通、地図から消えた村といえば眉唾物で伝奇的な物が多い。大量殺人があったとか、双子を生贄にする奇祭にしくじり
壊滅したとか、トラウマ的な幻影が住む者を衰弱死させるとか、とにかく寓話的な理由で消え去ったとされる物が多いのだが、
新月村の場合はやや違う。

 一時期だが、本当に、「地図から消えた」のだ。消えていた、というべきだろうか。何にでもマニアはいるもので、明治政府
発行の地図を精査した者がいる。彼または彼女は最初純粋に、明治期初頭各年の地図をタネに廃藩置県やそれに準ずる
統廃合の様子を眺めて楽しんでいたのだが、あるときちょっとした調べ物の為に明治9年から12年までの地図の、沼津付近
のコピーを縦に並べて学術研究に勤しんでいたところふと気付いた。「明治11年の地図にだけ……温泉で有名な新月村が
……ない?」と。
 ただないだけなら当時日本を再構成していた動きの1つに巻き込まれたのだろうと納得できたが、しかし翌年、つまり明治
12年に地図には新月村、ちゃんと載っていたのである。書き漏らしだろうと思いつつもそこはマニア、地図から消えた地名に
纏わるドラマがあるなら知りたいと、徹底解明の構えであちこち巡り資料を集めた結果、真実に、そう、様々な意味での……

『真実』

に行き当たる。

「反政府勢力が、占領……? 2年も……?」

 当時の新月村に向かった者が悉く行方不明に……といった瓦版だけならよくある怪奇話と一笑にも伏せるが、三島某という
新月村出身の人物が兄や両親を殺された憎しみも露に当時の状況を綴った文章を見つけては流石にちょっと信じざるを得ない。

 極めつけは月岡津南なる人物である。津南。美術史を学ぶ者にとっては馴染み深い名前である。明治初頭、伊庭八郎な
どの錦絵で大人気を博した男である。彼に纏わる逸話は多いが、歴史学者に言わせると眉唾ものであるらしい。

 曰く、あの赤報隊の生き残り。
 曰く、絵師をやめる直前、政府機関の襲撃を目論んだものの、伝説の人斬りに阻まれた。
 曰く、たった3発で甲鉄艦を大破轟沈せしめる炸裂弾を作った。
 曰く、その時の戦いで反政府勢力の首魁が、頭部が左右に断裂するほどの打撃を受け死亡した。

 などなど。

 いずれも学術的な観点からすると怪しいと言われており、特に3つ目などはファンの間でも「現在でもそんな爆薬ねえしww
明治で作れるとかないないありえないww」と一笑に付されるありさまだ。

 ともかくその津南、大久保利通暗殺の少し前、絵師からブン屋に転向している。
 それがなぜ新月村と関わってくるかというと、調査能力ゆえのジャーナリズムであろう。
 津南、新月村の住民達に対し、今で言う原告代表の弁護士めいた立場を引き受けていたという。
 この点が、彼が赤報隊の生き残りであったとする説の裏づけである。

 つまり、新月村を見捨てた挙句その事実への謝罪や保障を遅々として行わなかった政府が、赤報隊を利用するだけ利用
して斬り捨てた時の姿に……カブって見えたのではないか。そう推測する津南の研究家は、少なくない。
0128永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:48:43.35ID:6JFt3+FR
 地図マニアには赤報隊生き残りの深い機微までは分からない。
 とにかく津南は新月村代表として裁判に勝つ為さまざまな情報を集めた。
 三島某の手記もまたその1つであるという。そういった政府を弾劾するための証拠集めが、文献編纂が、巡り巡って地図
マニアが新月村の隠された『真実』に行き当たるから歴史というのは奇妙である。




「そして…………占領中、村人さんたちが心根の醜さを…………露呈しまくってたせいで……解放されてからも…………
人間関係が……荒れまくってた……そう、です。占領されたり……荒れたり…………今から私たちとレティクルが…………
ドンパチやったりで…………負の念が……すごい、とこ、です。ラマリス……生まれまくり、です……!」
「ラマリスがよく分からん! というか貴様、全然報告になっとらんわ!!」
「ここは、新月村付近の……山あい……で」
「うん場所は分かっているから! 状況を教えろ鐶頼むから!」
「……それは、無銘くんの、龕灯(がんどう)……。6つあるうち貸してくれた……1つ、からの、ヘリにも実は積み込んでいた
龕灯、からの、映像中継を見た方が…………早い、のでは…………?」
 背後から飛びかかってきた10数体の自動人形が、虚ろな目の少女の腕部によって胴どめに両断され……爆発した。
 彼女の手は鳥の翼だった。機械仕掛けの怪鳥のように、平たい合金で骨を組まれた銀色の翼になっていた。それで人形
たちが斬られ爆散する様を、少女の背後で浮遊する高さ30cmほどの龕灯(ロウソクを使った懐中電灯の一種)の前にうっ
すら浮かぶスクリーンは見つめ続けていた。
「ふう。忙しい、です」
 しゅっと手を人間のそれに戻した少女──鐶──は遅れて落ちてきた携帯電話をキャッチして通話に戻るが
「貴様の状況はだいたい把握した! 我が知りたいのは他の戦況! どうなっている!!」
 大声に、「声……おおきい、です。私がお姉ちゃんだったら、おこ、ですね」と耳をジンジンさせながら、何が嬉しいのかエ
ヘラと笑った。
「ええいなんで貴様は我と電話すると何でも喜ぶ!! どうなんだ戦況は!!
「どう……と言われても」
 直立のままシュっと一瞬その場で消えた鐶。地面が爆ぜた。巨大なマサカリが直撃したのだ。土砂が舞う中、シャっと縦線
を迸らせながら実像を結んだ鐶は、飛びまわし蹴りの姿勢になっており──…

 背後の自動人形の首が、消し飛んだ。

 藍色のミニスカートから伸びるなよなかな白い足は、ふくらはぎの辺りから、戦闘兵器の工学的な意匠を凝らした猛禽類
の鉤爪になっている。
 みずから起こした蹴りの風圧の中、インディゴブルーのミニスカートと、真赤な三つ編みを揺らしながら、どこまでもボーっ
とした少女は、告げる。
「他の部隊と……合流する前に……奇襲されたので…………ここ以外の戦局とか……分からないの……ですが」
「だから! そういった状況だからこその緊急通電とかないのか!!?」
「え……。私、戦士さんたちに…………電話番号……教えてません、よ……?」
「ちーがーう!! 同行してる火渡赤馬に、救出作戦の総指揮官に! 何か連絡はと!! ああもうこやつ鈍い!!!
戦えばめちゃくちゃ強いのに、鈍い!!!」

「……光ちゃんマイペースね」
「この冥王星の幹部の自動人形、自動養護施設でやりあった時より何故かけっこう強くなってんだけどなあ……。ダース単
位でも敵になってねえとか、どんだけ」
 無限増援とかの。矢と戦輪でそれぞれ応戦中の背中合わせな男女が呟いた。少女は桜花、少年は剛太。


「魔術を見せてやるぅ!! ……です」


 身長3mほどの筋骨隆々な自動人形が、背後からの鉄砲水にドンと押された。バランスを崩したところで、傘のごとくに
羽根を丸め旋転する鐶の体当たりを浴び……しばらく火花を散らし削られていたが、胴体を貫通され、爆発した。

「時間も私も、止められはしない! です……!」

 しゅるしゅると翼をほどきながら着地した鐶は、爆光を背負って何やら、決めポーズを。二度目の決定的な爆発が人形を
木っ端微塵に吹き飛ばした。
0129永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:49:11.87ID:6JFt3+FR
「わー。さっきまで桜花とゴーチンがめっちゃ苦戦してた巨漢の自動人形、電話片手で一蹴したぞ……」

 ヒキガエルのような声で囁くピンク色のキューピーもどきはエンゼル御前。
 桜花の自動人形で、今は背後をぷわぷわしてる。

「ここらへん大きな川だったんだなあ昔。年齢操作で激流を復活させて」
「隙を作ったところを鳥への変形能力でトドメ。きっとカサゴね。本来は翼で日陰を作る水鳥……だったかしら」
「てかひかるんのセリフ、絶対脈絡ないだろ……

 炎上するヘリを龕灯は映す。創造者たる無銘は電話で、言う。

「その前で今震えているヘリパイロットが、飛行型の自動人形……冥王星の幹部の手勢の急襲であやうく殺されかけた所
までは聞いている。コックピットを潰されながら軽傷で助かったのは幸運だが、とにかく合流地点へ降りるつもりだったヘリ
は墜落! 慌てて飛び出した貴様らは」
「はい……。更に追撃され……ました」
「だから自由落下中、トリ型たる貴様に乗って合流地点へ急行といった最善手は潰された訳だ! で! 合流地点からはや
や離れた場所で冥王星の幹部の武装錬金の波状攻撃を受けているのが今!」

 その通り……です。さすが無銘くん、鋭い、ですと嬉しそうに笑う鐶。
 だが向こうの声は急に曇る。

「……。と、いうかだ、貴様。さっきから栴檀どもの姿ちっとも見えんが、どうなってる」
「え……? はぐれちゃって……ます……が」
「はぐれ……って! お前なーー! なんでそういう大事なこと後回しにする!! あやつらけっこうお前の面倒見てるんだぞ!
姉のことだって気にかけてるし! ちょっとぐらい心配しなきゃ可哀想だろうが!!」
「……あ、いえ……心配してます……けど……。無銘くん賢いから……てっきり、龕灯の映像で気付いてるかなあ……と」

 ああもうこやつホント緊張感ないなあという忍び少年の泣き声が、携帯電話のスピーカーでくぐもった。

 剛太と桜花は嘆息する。

(あいつら……大丈夫かな)
(ヘリから飛び出したの、咄嗟だったものね……)

 脱出途中、銃撃型の人形から、とっさに剛太をかばった香美。攻撃自体は貴信の鎖で弾いたが、その拍子に下を見て
しまったのが悪かった。

「ぎゃ! ぎゃー!! 高いし! 怖い怖い怖いご主人怖いここめっちゃ怖いし!!」
『落ち着け香美!! ちょっと踏ん張れば鐶副長が乗せて』」

 くれるといいかけた所で、彼らは飛行型自動人形の猛然たる体当たりを食らい、弾き飛ばされた。咄嗟に伸ばした鎖があ
と一歩のところで剛太の手には届かないほど遠くへと、二心同体のネコと飼い主は飛ばされた。

(野郎。俺の名前ぜんっぜん覚えられねえ癖に余計なことしやがって……)
「あら。単独行動になったから狙い撃たれそうで不安? 香美ちゃん、ホムンクルスなのに……」
「べ! 別にあんな奴のことなんざ心配してねえし! 俺が一番心配なのは先輩!」
「でしょうね」。ふふっと笑う桜花は何か見透かしているようで、だから剛太はバツが悪い。
「……。ただまあアレがきっかけでくたばられても夢見が悪いつうか。いや! そんなんより核鉄だろ問題は!! あいつら
の核鉄取られたらただでさえ強いマレフィックどもがダブル武装錬金とかしかねないぞ! 俺が心配してんのはそこだ!」
「はいはい」
 ただ微笑する桜花に「笑ってねえで次! 来たぞ!」と叫ぶ剛太。視線の先には地面を隆起させ現れる自動人形。


 人形。人形。自動人形。

 山あいの、緩やかな勾配に両側を挟まれたその道は蛇のようにくねっている。そこめがけ地下から木々の間から、ぬろ
ぬろと自動人形が出てきては一団を攻撃するのである。
0130永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:49:29.93ID:6JFt3+FR
「確かクライマックス=アーマード……だったな。この自動人形どもの元締めは」

 呟く青髪のセーラー服少女の360度の全周囲から長短さまざまな自動人形が十数体、飛びかかった。

「敵の狙いは疑うまでもなく各個撃破。大戦士長奪還のためやってきた私たち戦団の各支隊が合流する前に叩く……。最
善手だな」

 空を舞う人形の群れは、明らかに少女めがけ落ちていく。手にした剣や銃は小柄で細身の女子高生を引き裂くに
十分だ。

「人数の多い私たちに無限増援を差し向けてきた所を見ると、他の部隊にも相性で勝る幹部が差し向けられていると見る
べき」

 黒々とした敵意の、無数の影が頬を覆う中、斗貴子という名の少女は事もなげに進む。
 青銀色の曲線が空間を駆け抜けた、幾つも、幾つも。それに薙がれた自動人形たちはヘラを入れられた粘土細工のよ
うに手を、足を、首を、さまざまな部位を切り飛ばされ、力なく落ちていく。ギィヤィン、ギィヤィン。胴田貫で兜を割るような、
気魄の籠もった、しかし恐ろしく早い流線が斗貴子の周囲で迸るたび迫りくる自動人形たちは戦闘能力を失い散っていく。

「際限なく湧いてくる人形どもは厄介だが……」

 光は、大腿部に着装した金具から起こっていた。自律飛翔する無数の円月刀を暴走させたような有様だった。メタリック
ブルーとプラチナホワイトで構成された薙ぎ払い曲線の乱舞がザクザクザクザクと金属の兵卒を屠っていく。

「もっとも私と火渡戦士長と分断までは目論んでいない以上、どうせ向こうも本腰ではない。こちらも練習と行かせて貰う」

 物言わぬ機械仕掛けですらたじろぐ絶対の威圧感を漂わせながら、少女は静かに呟く。

「試してみるか。剛太に教わった、生体電流のエネルギー放出転換を」

 停止し、首をもたげた処刑鎌の表面のあちこちで、僅かだがスパークが、弾けていく。


「おおー。斗貴子の介、バルスカでサンライトハート操作の練習するらしいね。音楽隊リーダーが複製予定の突撃槍は確か
に最終決戦の決め手候補だからねー、序盤からやっとくに越したことないよ」
「のん気に解説してる場合か!!」
 人形の攻撃をぎゃーっと避けた眼鏡の青年が、狂ったような形相で何度も何度もチェーンソーを振り下ろし、反撃を試み
る。が、刃はチュイイインと細かな破片を飛ばすばかりでいっこう完全破壊に至らない。
「くっそ! 逆向(さかむかい)サンの武装錬金は攻撃した者を165分割する筈なのに! 全ッ然切れないし!」
「もともと震洋の介の武装錬金じゃないからねー。てかそのうち、真なる武装錬金も目覚めるよ」
「……。それなあ。音楽隊の副長のキドニーダガー見てると、なんかなあ、取られてるって気がするんだけど……」
「前世の記憶的なあれかも知れないねー」
「じゃなくて! 見てないで助けろよ!!」
 あいよー。怒鳴られたアーミールックの女性は、震洋が苦戦していた人形を巨大な盾で殴り飛ばした。何本もの木の倒れ
る音の後、彼らからはかすんで見えるほど遠くの巨岩の上の方で人形らしき物体が砕け飛んだ。
「……特性抜きでその攻撃力かよ」
「まあね。鍛えてるから♪ その点、震洋の介とは逆かなあ」
「うるさい殺陣師盥(たてし・たらい)! 僕は搦め手でこそ輝くタイプなんだぞ! 訳も分からず連れてこられた戦いでいき
なりこんな沢山相手に戦えとか……! だいたい僕は桜花秋水みたいに綺麗事言って戦士に属した覚えもないんだよ!」
「まあ別に抜けたきゃ殺陣師サンそれでもいいけどさあ」
 大地を揺るがす轟音と、肉を焼き尽くしそうな熱風と共に震洋の目に映ったのは、勾配の上で膨れ上がる直径100mほ
どの紅蓮の火球。
「あのヒト相手にするよりは、楽でしょ、人形」
「…………」
 眼鏡の少年は、黙りこくった。
0131永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:49:49.72ID:6JFt3+FR
「へっ。無限増援だか何だか知らねェが、相手が悪かったな」

 火球が止んだ森の中。炭化した木々のふもとに自動人形の残骸が転がる中、めらめらと燃える煙草を一服しながら凶笑
したのは火渡赤馬。

「五千百度で蒸発させるまでもねえ。幾らでもやれるぜ!」
「ですが幹部本人が現れていない以上、向こうも足止め程度のつもり……。戦力の逐次投入は愚といいますが、無限増援
を持つ冥王星の幹部が、広域殲滅力に秀でた火渡様に挑む場合は違います。戦士・斗貴子たちだけではやや手に余る程
度の手勢を繰り返し繰り返し小出しにするのは寧ろ正しい。総ての戦力を一気に差し向けるとたった一発のブレイズオブ
グローリーで全滅、させられますから。だから決戦は挑まず逐次投入で足止めする方が戦略上、正しいかと」

 ガスマスクの少女から二酸化炭素の風が吹く。延焼と山火事を防いでいるのだ。

(だろうな)。反論された格好の火渡だが、凶悪な面相とは裏腹に怒らない。

(足止め程度でも戦略的にゃ冥王星の幹部の方が癪だが勝ってる。何故なら──…)


「大駒3人! 私のスーパーエクスプレスでこの上なく釘付けにしているからです!」

 どこかの暗い空間で冴えない眼鏡のロング黒髪アラサー女子が元気よく片手を上げた。

「そう! 私まだこの上なく誰にもダメージ与えられてはいませんが、大戦士長代行として坂口照星さん救出作戦の最高責
任者になっている火渡さんと、名にしおう斗貴子さんと、音楽隊の副長たる鐶さんを戦団本体から切り離せているアドバン
テージは大きいのですこの上なく!! 指揮官の現着を少しでも遅らせれば戦士さんたちは混乱! 斗貴子さんと鐶さん
さえフリーならそんな混乱などこの上ない実力で建て直せるかもでしょうけど、だからこそ! ここでの私の足止めっ! こ
の上なく! 活きるのです!」

 頭を失い惑乱する戦士たちが来援を受けられなければ、実力で勝るレティクルの幹部たちはますます戦力を削りやすく
なる。

「ひいては照星さん救出という戦団の戦略目標も挫けます! ぬぇーぬぇっぬぇっ、私は冴えないアラサーですが、年齢ゆ
えに戦略的な攻め方ぐらい知っているのです! ここで火渡さんと鐶さん、指揮官と実力者を足止めしておくのは戦略的に
有効! 殺せなくても仲間が目減りする時間が稼げればレティクルの戦略目的に対しこの上なく! 有効!」

(……対してレティクルが足止めに使っている戦力は、末席もいいところの冥王星の……幾らでも増産できる雑兵ときて
やがる! 気にいらねェな)

 飛車と角のみならず金や桂馬さえ歩に抑えられている現状に目を剥き歯噛みした火渡。咆哮、した。
「おいテメぇら! いつまでもやりあってんじゃねえ! さっさと合流地点行くぞ!」
「い、行くったって、この自動人形どもけっこう強いんスよ! 斃しながらじゃとても!」
「るせえ新米! クソ弱えテメエと元L・X・Eの野郎ども、あとそこでガタガタ震えてやがる役立たずなヘリのパイロットはト
リ型にでも乗って先へ行け!」
「今の頭数でも波状攻撃に悩んでいるのに人数を減らす……? あ、いや、逆か」
 文句を言いかけた震洋は口を噤む。
「そーなのだよ少年! 火渡の介の火力なら、むしろ味方は少ない方がやりやすい! 君たち攻撃力ひっくい組が去れば
炎はより加速度的に人形どもを消滅するヨー。そしたら今より効率的に捌けるのだぜ! 膠着なぞ終わるのだぜ!」
 ふふんと解説する黒タンクトップ少女。
「つーワケだトリ型。とっとといま使命した連中乗せて飛びやがれ
「……さっき、離脱を試みた時、は…………数の暴力で……邪魔された……のですが……」
「あん時は全員がチンタラ搭乗しようとしてたからだ! だが今度は津村と殺陣師が離陸まで直掩! 俺と毒島は中遠距
離の敵どもがテメエらにちょっかい出せねえよう掃討! それだけしてやって離陸できねえつうなら殺す!」
 それなら戦艦被弾させるな的なSRポイント、取れます……と虚ろな目のトリ少女、無意味に拳を固めたが
(……あれ? なにかとても大事なこと……忘れているような…………)
 小首をかしげる。

「トリ型どもがこの場を離れたら直掩2人はそのままツーマンセルで人形どもを制圧しつつ前進! 殿(しんがり)は俺と毒
島! 今回はケツ持ってやる以上、ちゃんと働けよ津村! ヘマしたらブチ殺す!!」
「……了解」
0132永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:51:30.25ID:6JFt3+FR
 ヴィクターIII再殺に際し行った裏切りをいまだに根に持たれているのを直感した斗貴子だが、強張りは薄い物ですむ。
 桜花は侖(つい)ずる、火渡の指揮を。
(粗暴なようでいて理に叶った采配ね。戦力で劣る私と剛太クンとあと2人をただ先行させるだけなら無謀だけど、輸送する
のがメチャクチャ強い光ちゃんなら……警護も可能、と。しかも方向音痴って欠点を、私たちのナビで補えもする)
 桜花は殺陣師なる新顔の戦士の実力は知らないが、斗貴子が相方になる以上、心配はないと分析する。何より斗貴子に
「ま、お互い頑張るかね?」と先輩風を吹かせている以上、

(……かなりの実力者、でしょうね)

 と推察する。

 巨鳥の形態になる鐶の背中に他の2人ともども乗りながら、桜花はしかし、思う。

(光ちゃんの速度なら合流地点までは1分もかからないでしょうね。けど……問題はこの瞬間的な分断を敵が狙っているか
どうか……ね。私なら他の戦士と同行している火渡戦士長がこういう判断を降すところまでは読める。凄まじい火力ゆえに
射程内から弱い味方を放逐したがるってところまでは……読める。だから孤立した弱い戦力から削るっていう基本的なこと
ぐらい……ちょっと頭のいい幹部なら考える)
(だな)。剛太も桜花の顔色に頷く。
(鐶は確かに強ぇけど、敵幹部は、マレフィックは鐶が2人がかりでも勝てるかどうかだ。残念だけど俺と早坂と、あと鈴木
とかいう元信奉者じゃ、3人合わせても鐶にゃ勝てない。つうか鈴木以外の2人に先輩とブラボーと、根来と千歳さんを足し
てやっと引き分けギリギリの勝利ができたのが鐶……だし。ヘリパイロットはまあ、戦力外だし)
 つまりマレフィック本人が、奇襲のおこぼれを奇襲してくれば……
(私がいる以上、即死はないです……が、持ちこたえられるのは3分ぐらい……でしょうか。特に…………お姉ちゃんが
……出てきたら…………私は…………絶対に動揺……します……)
 鐶の義姉、リバースは敵の幹部である。
(……錬金の戦士に、おとうさんと、おかあさんを殺されたって……そうレティクルに吹き込まれて…………騙されている、
ことを……伝えれば…………仲直りできるかも…………知れませんが…………。でもお姉ちゃんは……私と…………
戦いたがっているようで……)
 説得は難しいと、鐶はそう認識している。

 では先行は死兵なのか?

 違うであろうと思案したのは、斗貴子。
(……むしろ火渡戦士長は奇襲を奇襲しようとしているのかもな)
 いかにも打ちごろな囮に食いつく幹部の柔らかい脇腹を狙っているのではないか……とする彼女の思案は……正解。
(毒島の噴出する超高圧水素ガスに乗って火炎同化すりゃあトリ型だろうが一気に追いつけるんだよこっちは。新米ども
はエサさ。狙い撃ちに出張ってきた幹部どもを叩くためのエサ)

 何処までも凶(わる)い顔つきで、微笑する火渡。

(ま、いけ好かねェが音楽隊の副長が同行している以上、俺が追いつくまでの数秒で全滅ってこたぁねえだろ)
(ちなみに高速で遠ざかる鐶さんたちへの水素ガスの照準セットは、ガスマスクの、伸縮可能な望遠レンズで行います)

 毒島のそれは再殺騒ぎのころ披露したエアリアルオペレーターの一機能である。

 ああそういうコンボね、剛太が納得し、桜花も腑に落ちたところでしかし異議は唱えられた。

「……ベスト・アンサーではないな……です……!」

 鐶の反論に火渡の形相が引きつったのは、一見おとなしげな三つ編み少女にまたも反撃をされたからでもあるが、むし
ろそれより、彼の戦略構想の主幹を占める航空戦力が不随に陥りかけている実務的な不快感もこそ、大きい。

「貴信さんたち…………。はぐれちゃった2人を回収しないまま……合流地点へ飛ぶのは……どう、なのでしょうか……?
貴信さんと、香美さんを…………置き去りにするのは…………私……、したくない、です……!」
 ギリっと歯軋りした火渡に、斗貴子が(いや鐶、それは既に解決しているから、言い募ると火渡戦士長の機嫌がだな)と
仲裁に入ろうと考えた瞬間である。鈴木震洋が発言したのは。
0133永遠の扉垢版2018/02/17(土) 23:51:51.34ID:6JFt3+FR
                                                  めじるし
「あのネコ型なら探さなくても近づいてくるだろ。火渡……戦士長があれだけデカい火球を何発も何発も吹き上げたんだぞ、
木星の幹部との戦いの終わりしなブレイズオブグローリーを見たネコ型の主人なら、何もせずとも向こうから寄ってくる」

 一座は、固まった。

(……なんだこいつ。いかにも勉強以外なにもできなさそうな癖に鋭ッ! てかコイツなんなんだ? メイドカフェでの騒動ん
ときチラっと顔見た気するけど……どういう奴だ?)
(意外だな。イオイソゴとの戦いを判断材料にしているとは。ついさっきの、自分は参戦していなかった戦いを……)
(そりゃあ負けたとはいえ、学校での大決戦のとき、一度は武藤クンと津村さんを弁舌1つで追い込んでたもの)

 頭いいのよ鈴木震洋はと元同輩の桜花に言われては、剛太も斗貴子も納得せざるをえない。

「でも……貴信さんたち……ここへ来る途中も…………ここに来て…………火球を追っていく間も…………単独、で……
幹部に狙われやすいのは……確か……なのでは……」
「他の戦士なら確かにそうだけど」、鐶を背後から肩越しに抱いた桜花は言う。「貴信クンたちは火星の幹部が執心している
んでしょ? だったら他の幹部は言い含められている筈よ。『俺の獲物だ、手を出したら殺す』って」
「まあそれでもディプレスだっけかの火星の幹部と、決闘する羽目にゃなるかも知れねェけど、どーせそれはいつかやる
ことだろ? ネコ型も飼い主も、それは覚悟っつうか、そのためにお前ら音楽隊に入ったって話なんだから……」
「……なるほど…………。『無事に合流できるかの是非じたいは怪しい』、ですが……『貴信さんたちが望まぬ戦いで斃され
る』ことは……回避…………できるの……ですね……」
 剛太の中継ぎで、鐶は整理がついたようだ。
「ディプレスさんと……戦うなら…………加勢したいのが…………本音…………ですが……、貴信さんたちの持つ因縁を
…………考える……と、易々とは……割り込めない……ですし……。私……だって、お姉ちゃんとの決着は……なるべく
一対一が……いい、ですし」
「そーいうの思えるの、お前らが強いからだって。俺ぜってえ嫌」
「剛太クンの言うとおりね。私なんかが単独行動したら他の幹部、きっと放っておかないでしょうね。

(だからこそ火渡様はあなたたちを囮にしようとしてますし。鐶さん以外の、特にレティクルの幹部と因縁のない桜花さんたちを)

 毒島が思う中、斗貴子は、ごちる。

「ともかく、当面の目的は錬金戦団各部隊との合流、だな」

 てめえが仕切るな。火渡は荒み切った眼差しで斗貴子を睨み、檄を飛ばす。

「いいかてめぇら! あくまで最終目的はロートルの奪還だ!! 合流程度でつまずいて足引くんじゃねえぞ!!」



 鐶・剛太・桜花・震洋・ヘリパイロット組……急行開始。


「というか、我の龕灯はどうすればいいのだ? 鐶らについていくべきか、地上進撃組に同行するべきか……」
「私の方にしろ。ただ浮いているだけの龕灯だ、ヘリのような密閉空間ならともかく、生身で高速飛翔する鐶にはどの道つい
ていけない」

 無銘がここまで黙っていたのは銀成残留組ゆえだ。龕灯で決戦場の様子を見る、従軍記者程度の立場だから、方針を
決める話し合いに口を出す権限がないと弁え黙っていた。そんな彼に斗貴子が対処する中、総髪の戦士長は、炎を燃や
す。

(来い幹部。奇襲しな。削りごろの雑魚戦力が別行動だぜ、仕掛けて来い)

 高速で合流地点めがけ飛んでいく鐶。

 梢の中でそれを見つめる双眸は、双子星の満月のごとく爛々と輝いており──…
0134永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:09:44.63ID:Qt+BacCS
 別の場所にて。



『アジトを少数で奇襲しよって考えは見事やけど、あいにくやったな! 最短ルートはウチが守っとんのやで!』

 無数の渦から吐き出される赤い筒(ミサイル)が幾つも幾つも地面で爆ぜる。爆光と土煙のステージを慌しく踊っているの
は……3つの影。
0135永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:10:57.94ID:Qt+BacCS
『はっはー! 運がなかったなお前らー! 迎撃でこそ真価を発揮するムーンライトインセクトの恐ろしさ! たっぷり見とき!』

(やられましたね。最初の数発は余裕で避けられましたが)
(段々数が、多く……!! 爆破のたび射出口である渦が増えてる……!)
(しかも幾ら探しても本体が見あたらねえッ……! 根来のような亜空間に潜むタイプか、或いは渦がワームホールになって
んのか、とにかく俺たちの武装錬金じゃとどかねえ場所に本体が潜んでいるのは確か! 敵が狙撃型なのは確か!)

 スラっとした燕尾服の端正な男。愛らしいが顔にケロイドのある少女。そして。

「がっ!」
0136永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:11:58.04ID:Qt+BacCS
 そばかすの目立つ青年は肩を押さえ……裂眥(れっし)の形相でわずかのあいだ渦を睨んだが、すぐさま皮肉な笑いを
取る。
「さっきテメェ名乗ってたよな〜。デッド=クラスターだったかァ? 月の幹部の割りにゃ大したことねえな? 爆竹程度の火
力しかねえじぇねえか。飛翔速度もロケット花火程度だしよ。いますぐ泣いて詫びて、アジトそのものを創ってやがるアルビ
ノのガキの身柄差し出すつうならよぉ、浅く犯してやるだけで済ますが?」
『なんやお前ウィル狙いか?』
 渦に瑕(きず)のある瞳が浮かんだ。『なるほど、だから少数で奇襲しにかかったちゅー訳か、坂口照星の安否ガン無視
なのおかしいとは思とったけど』と面白げに囁き、続ける。
『まーウチ的にはアイツはモノの奪い合いの末こっちの裸みよった腹立つ奴やけど、呉れてやる謂れはあらへんで。幹部
は10人でワンセット、やからなあ。欠けたら腹立つよって』
 何より! 筒が1つ、地面で爆ぜた。「犯す、つわれてビビって逸れたかァ?」、明後日の方向での爆発に下を向くそばか
すの青年の名はシズQ。未来から来た水星の幹部、ウィルの義兄であり、烈しい逆恨みを寄せている小者である。
 だから「明後日の方向への筒着弾」が致命的な布石であるとは気付けない。筒は、爆発と共にシズQへ致命的な打撃を
与える物品を、内部にギッシリ詰めていた。ちょうど手榴弾と鉄片の関係である。筒もまた、内部に、球体の細かな物体
を抱えていた。それが殺傷力の源であると書けば、いかなる球体が満載されていたか察しがつこう。
0137永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:12:31.41ID:Qt+BacCS
 そう。

 BB弾……

 である。

 プラスチック製の細かなそれは、ただ爆発物に詰めるだけでは『どこに当たっても人体を損壊せしめる』威力までは獲得
しない。だがデッドの扱う筒は武装錬金、錬金術の超常の力である。
 特性が、塗り替える。BB弾の凶器としての価値を創出する。

筒の爆発で飛び散って、一部はシズQの鼻先や衣服をピッピッと掠め飛び去ったBB弾が100発近くあった。重要なのは、
掠めたという点だ。傷を与えられなかったが、掠めてしまえば、それでよかった。大事なのは正中線の国境を越えること
だった。挟撃には、包囲には、どうしても抜けるべきラインがある。シズQを掠め飛び去った100発近くのBB弾とはつまり
ハムとレタスを垂直に立てられたサンドイッチの、右側のパンだった。左側のパンは筒が爆ぜるだけで完成するが、右の
パンは正中線を越えねば、だった。
0138永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:12:55.71ID:Qt+BacCS
 ぴゅうぴゅうぴゅうと機械的な、チェスの駒を置くような音がした。並の戦士なら聞くだけで死ぬマンドラゴラの喊声だった。

「シズQ!」
「逃げてーー!」

 連れ立っていた仲間達の叫びにシズQはただ顔色を失い立ち尽くすほかなかった。


 渦が彼を、取り巻いていた。300近くのシアン色の渦が、梅雨どきの陰鬱な空模様を攪拌しているようなトルネイドを渦
巻かせながら……それぞれ1個、合計300近くの筒を吐き出すのを見た青年は、(……やべえ)と汗をかいた。

『ははっ! 爆竹程度の威力でも300ありゃあ人は死ぬ! 覚えとき、ウチは薄利多売の主義なん「真・鶉隠れ」

 逆転は一瞬の出来事だった。空間を乱れ走る金色の忍者刀の剣風乱刃が、300ある渦の傍を浮遊している全てのBB
弾を破壊した瞬間、ぎらぎらと輝いていたワームホールが光をなくし、やがて消えた。射出途中だった赤い筒もまた渦と
共に……。

『……ち。やられた』

 シズQとその仲間の姿まで消えているのに気付いた筒の主──デッド──は悔しげに呻く。

『忍者刀。人間3人を現空間から別んとこ飛ばせる能力。つまり来とる。『アイツ』もまたこの決戦場に……!!』
0139永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:13:54.95ID:Qt+BacCS
「ぐ……、が…………!」

 飢えたるものに施しを与え右上がへこんだアンパンのヒーローを、人間で再現した戦士が血しぶきの中へぐしゃりと倒れた。
周りには7〜8名の死骸が散乱している。正確な人数が分からないのは、パーツごとに『分解』されているからだ。

「ホムンクルス撃破数5位だったか6位だったかのチームwだwけwれwどwwww 幼体にしか効かねえウィルスでもって
寄生と同時に癌化してくたばらせるようなww『ハメ』やってチマチマ撃破数稼いでるような奴らwwだからw ああ憂鬱ww
オイラの超絶火力にゃ手も足も出なかったwwww」
「ゆゆゆゆるして下さい! わた、わたしはチームじゃなくて、ただっ、この人たちとたまたま合流していただけで……!」
 桜餅色のショートボブの、13〜14ぐらいの少女がガタガタと歯の根を打ち鳴らしながら哀願する。
 その相手は……ハシビロコウ。ぬっとした、身長2mほどのネズミ色の怪鳥だ。名はディプレス、火星の幹部。
 彼は無表情なまんまる瞳で少女を覗き込むと、金属製の羽先で、ちょん、ちょんと、彼女の額を小突き、
「だーめwww だってお前……核鉄持ちだろwww」
0140永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:15:16.00ID:Qt+BacCS
 図星らしく、少女はひいっと目を大きくした。大戦士長の救出部隊に選抜されるほどだ、持っていない訳がない。
「戦士どもが合流する前によぉww弱いとこから削ってけってイソゴばーさんに言われてるしww 何よりオイラさっさと兄弟
(貴信のこと)探しに行きたいからwwwポッと出の核鉄持ちなんぞww殺すしかwwwなーいwww」
 ここはシズQたちとは別の戦場。ハシビロコウはくろぐろとした影で酷薄な粧(めか)しをし、楽しげに、凄んだ。同時にボー
ルペンほどの長さの細い鳥が幾つも幾つも彼の傍で顕現した。
「分解能力スピリットレスww お前も見たwwろうがwwこれ当たるとww人間の頭とかww簡単に、爆wぜwるwww」
「い、いやあ! いやああああああああああああ!!!」
 泣き叫ぶ少女に死の鳥たちが迫り──…

「なっ」

 息を呑んだのはディプレスである。あと僅かで少女に着弾し、血味噌を作るはずだった神火飛鴉(しんかひあ)の武装錬金
スピリットレスがどういう訳か中空でカキリと停止している。術者たる火星の幹部がどれほど念じようが微動だにしないのだ
 何が起こったか点検していた彼は気付く。何が神火飛鴉を封じているのかを。

「氷……だと!? 馬鹿な! まだ9月だぞ!」

 だが氷は確かにあった。東南アジアの寸胴なる木の根の如き氷脈が神火飛鴉の一面に張り付いて、それが操作を妨げ
いる。

(なんで固定されてんだ!? 『人間以外の物体なら』、無条件で分解できるスピリットレスだぞ!? ただの凍結能力なら
氷ごと分解して自由になれる筈なのに……なんで動かねえ!? 7年前は軍靴野郎の『影を凍結』すら呆気なく凌いだのに!!)

「正確には、霰(あられ)なの」

 今しがた命が消えかけていた魔界のような雰囲気がウソのような爽やかな声に、ディプレスのみならず少女までもがギョっ
とする。

 少女から20mは離れている茂みがガサガサと揺れ……人影がぬっと出た。

 と少女が見た瞬間──…
0141永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:15:40.00ID:Qt+BacCS
 視認できる一帯総てが『炸(はじ)けた』。真空製の波紋がそこかしこで鼓(こ)し、暴風が吹き荒れ、冷水に熱した鉄を突っ
込んだような音と、小さめの立方体した曇った氷を5行×2列で満載する製氷皿を捻ったようなやや不快な「ぎゅぎぃ」という
擦れが、何百セットも重なり合って彼方の山々へ轟き去った。

 わずかな硬直のあと、周囲に立ち込めていた不穏なうねりが一気に爆発し、爆発は氷の砕片となって、垂直に、緩やかに、
落ち始める。ほぼ菱形に鋭く尖っている氷たちの表面と来たら、磨き抜かれたガラス工芸のような深みのある濃いシアンで
つるつるとテカっており、で、あるがゆえに光の反射もまたひどく壮麗だった。先ほどまで命の瀬戸際にいた少女ですら思わず
「キレイ……」と見蕩れかけるほどだった。

「……野郎」

 カラスを模した分解能力の尖兵が氷に突き刺さったまま落ちていくのを見たディプレスの顔つきが瞋恚(しんい)に歪む。
1つや2つではないのだ。少女がパっと見ただけでも30近くの神火飛鴉が瓶(ドック)をブチ破った衝角船(ボトルシップ)の
ような有様で氷と共に落ちていく。丸ごと氷漬けにされたものすらあった。

 少女は、驚く。

(か、火星の幹部の武装錬金を悉く封じた……!? ホムンクルス撃破数5位だったか6位だったかのチーム相手には
メチャクチャ動きまくってた神火飛鴉なのに!? 厚さ50mmのラウンドシールドの武装錬金すら濡れたトイレットペーパー
のように呆気なく貫いた分解能力の権化なのに…………なんでこの氷たちソレ受けて無事で済んでるの!?)

「……分解自体はできている。だが分解する傍から空気中の水分凍らせてやがるな……!! それも一箇所だけじゃねえ!
集中力欠乏の俺の分かる限りでも最低40箇所近くの氷を、同時に! 操作してやがる……ッ!」
(そんな! 斗貴子先輩ですら同時に操作できる処刑鎌(デスサイズ)は4本までなのに、その10倍を一歩読み誤れば即死
必須の分解能力相手に平然と…………? しかも幹部の様子からすると何度も遭遇している相手でもない! 初見! 不意
の遭遇にあって幹部相手に互角以上なのは相当の練度! 誰!? どんな戦士が来たの!?)

 いつの間にか茂みを抜けて全身を露にしている謎の戦士は、少女、だった。
 純白の雲のようにモコモコしたロングヘアーに、台風の目のような、瞳孔に到るまで螺旋を描いている碧眼を持つ彼女は、
他にもイヤリングなどが『天気』に繋がる意匠であった。
0142永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:15:58.31ID:Qt+BacCS
 極めつけは右手に持っている指棒である。気象予報士が朝夕のニュースでよく日本を指差すとき使っているそれだった。

「見事なの」

 少女が軽く失禁しかけるほどの怒気を放っているディプレスに、天気の化身めいた救援の戦士は、静かに、だがどこか
楽しさで舌を転がしているような調子で声を漏らした。

「見事なの。私、ディプレスちゃんを絶対零度で凍らせたあと粉々に砕こうと思って全力で吹雪仕掛けたの。でも塞がれた
のはビックリなの。たいていの共同体は一発で全滅できた私の吹雪凌げる幹部にむっむくむーの激おこなの、不快ー」
「茂みから声かけるとかつまらねえ囮カマしやがって! おかげでそっちに気ぃ取られてた俺は出し抜けに全方位からカマ
されたブリザードにあわや凍結しかけたぜ!! カウンターだとブチかました神火飛鴉すら雪中行軍で次から次に力尽き
やがる始末!」
 舐めやがってとさすった彼の脇腹は、ごく薄くだが凍っている。
「分解能力の神火飛鴉を俺の周囲に侍らせることで常時発動している自動防御すら僅かとはいえ突破しやがって……!」
 青筋が怪鳥の丸い頭部にミチミチと浮かんだ。
「ここまで頭に来る野郎は津村斗貴子以来だ!! 殺してやる! いまこの場でブチ殺してやる!!」
(なるほど。氷が舞い散る前あっちこっちでバジュバジュなってたのは無数の猛吹雪と分解能力の衝突による対消滅の音
だったと。……。全ッ然、見えなかったなー。一瞬でもの凄い攻防してたんだなあ2人とも)
 考える少女にふと意識をやったハシビロコウの目が一瞬で紅く染まった。
「そ、そうじゃねえか! てめー天気の野郎! トチ狂ってやがんのか?! 俺の傍にゃ戦士が、てめえの仲間だって居た
ろうが! なのにホムンクルス調整体の俺すらおっ死ぬ設定温度で攻撃かますとか、馬鹿なのか!?」
「問題ないの。こうするつもりだったの」
「へ!? あええ!?」
 少女の視界が一気に流れていく。20mほど離れている天気の戦士めがけ自分はいま、飛んでいる……そう認識した彼女
は(磁力!? 木星の幹部みたいな……?)と思ったが、(あ! いや、違う!!)、気付く。

 少女の肩に、手が、乗っていた。手というが、厳密にいうと、手首を曲げたときに浮かぶ管のような筋から先の部位しか
肩には乗っていなかった。(え、なんで、まさかディプレスの分解能力に……じゃない、あああ私さっきからちゃんと観察せ
ずに推測しすぎだよ!!)と現状を正しく把握する。
0143永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:16:16.20ID:Qt+BacCS
 要するに、ロケットパンチだった。いよいよ10m以内の圏内に迫りつつある天気の戦士の右肘から先が雷に変化して
おり、雷はそのまま少女の肩に乗っている手に接続していた。

(火渡戦士長の火炎同化の……いわば天候版!? なるほど確かに雷の速度で拳を繰り出してたら、私が猛吹雪で凍る
より早くディプレスの傍から救い出せてた!! しなかったのはアイツの迎撃が凍結を相殺したから! てか相殺するだろ
うってあの一瞬で見極めて私の救出後回しにできる判断力も……スゴい!)

(だが馬鹿め! ひっかかりやがったな!!)

 天気の戦士と手首を接続する雷に10近くの神火飛鴉が直撃した。(やばい! これって!) 爆ぜる激しい光に少女は
愕然と目を見開く。
 果たして天気の戦士の腕は雷光の色彩を失い、どろどろと溶けていく。確認したディプレスは、喚く。

「いくら雷と同化していようがテメーの腕にゃかわりねえ!! これで片手はお陀仏! 俺のすぐ傍にいる戦士に注目させりゃ
あよぉ! そーいう救出のための手早い動きっての引き出せて、隙つけるって、思ってたんだよこっちは!」
「それ含め、問題ないの」

 今度こそ、火星の幹部は硬直した。背中でおぞましい陽の匂いが自動防御によって眩しい虹色のしぶきとなって散り行く
のを感じたのと、同時だった。

 背後から、緩やかな声がかかったのは。

「最初から、そっちに居た私は、蜃気楼、なの。このコ助けるため雷の腕のばしたら、神火飛鴉来るだろうって踏んでたから、
最初から、光の屈折で、蜃気楼を、見せてたの」
「鏡写しだったって訳か! 腕だけじゃなく……向こうへ飛んでくガキ女の姿まで! ありえねえ! どんな複雑怪奇な蜃気
楼だっつんだよフザけやがって!!」

 でも声は本物だったの、口と声帯を結ぶラインだけは蜃気楼に合わせて浮かべていたの……淡々と呟く天気の戦士に少女は

(ただ能力が強力なだけじゃない。読みもすげえなこの人……! いまディプレスの背後で散ったのは太陽光線を収束させ
た極太のビームだったし。種明かしして得意ぶるアイツの隙を突いたんだ。隙が突けるってことまで最初から読んでたんだ)

 と敬服することしきりである。

「だが蜃気楼側にやった神火飛鴉をそちらにやりさえすれば……!」
「無駄なの」

 幻の雷の腕を貫いたばかりの鳥たちが俄かに黒雲に包まれた。筋斗雲を墨染めしたような小さなそれらはピシャピシャと
稲光を迸らせている。包まれた神火飛鴉たちは、落ちた。バチバチと青白いスパークを迸らせながら死に掛けの魚のごとく
震えている。

「動かせ……ねえッ!」
「雷雲の中は電磁波が乱れ狂っているから電波の遠隔操作は届かない、なの。私の武装錬金の雷雲は私の精神感応波の
雷が乱舞してるから、他の人の念波で動く他の人の武装錬金は動かせない、の」

(どんだけ強いのこの人!? 反則もいいとこだよ!?)

「あと、ディプレスちゃんに殺された戦士たちの核鉄、回収したの」
(いつの間に!? あああ、私が絶望していた魔人のような奴相手に、さらっとそういう気まで回るとか、すげえっす)
「あの野郎は詰めが甘いの。私と遭遇した時点でさっさと核鉄、根城に持って帰ってれば、まずまずの勝利で緒戦を飾れた
のに、私の強さも見抜けずケンカ売ったばかりに大損かましてるの。ぷーくすくす、これだから男は馬鹿、なの」
 拳を顎に当てて無表情気味に嘲笑する天気の人に、少女は(見た目ファンシーだからちょっと不思議ちゃんだなあ)と
思った。
0144永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:16:36.95ID:Qt+BacCS
「てめえ!!」

 コケにつぐコケに激昂したディプレスは振り返り──…

「悪いけど、合流が先なの。合流するまで静かにしてて欲しいの」

 立ち尽くすほか、なかった。

 なぜならば山の斜面でもなんでもない平地で、上空から、高さ30mほどの雪崩が死の冷灰を撒き散らしながら迫ってきて
いたからだ。

「元は大気中の水分でも武装錬金特性で無理やり結合した以上、錬金術の産物と変わりないの。ホムンクルスが直撃受けた
ら死んじゃうの。生きたかったら、よけるなり防ぐなり、すべきなの」
(ざけやがって! だが……!)
 地面に落ちていた氷が幾つか、割れた。割れて、封じられていた神火飛鴉が浮き上がる。
 ピクっ。同時に少女戦士の耳が動く。
「気をつけて下さい! いま神火飛鴉が幾つか氷を砕きアイツの手元へ……! あの幹部粘着質だから、きっと来ます、飛
んできます! 錐のごとく前方に集中した自動防御で雪崩を突破し追ってきます! それだと多少被弾もしますが、追ってこ
ないと油断してた私たちを恐怖に突き落とし惨殺できるならそれでいいって割り切る薄暗い執念深さをあの幹部、持ってま
すから!」
(ん・の・や・ろォォォ!! さっきまで俺にさんざビビってた女の分際で言いたい放題しやがってぇえええ!!)
 図星だからこそディプレスの顔面は、ビキビキと、歪む。歪むからこそ、言われたような手で雪崩へ突っ込む。
「ほー。思わぬ助言、いただきました、なの」
 天気の人はポンと手を打ち、
「じゃあとりまF3×6で足止め、なの」
 と指差し棒を一振りした瞬間、火星の幹部の周囲に現れたのは──…
0145永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:17:24.23ID:Qt+BacCS
 天を衝かんばかりの竜巻が、6つ。瞬く間に羽撃(はばた)きを暴風に巻き込まれた火星の幹部は

(クソったれめ! これじゃ雪崩を突っ切るどころじゃねえ! つうかまず竜巻を分解しねえと全身の骨が……ヤワな翼が
ゴキボキにヘシ折られちまう!!)
(鳥系の敵の追撃を防ぐのに竜巻って……ほんと的確だなあ天気の人)

「さらば、なの」

 再び雷と同化した天気の戦士は、ジグザグの軌道で少女を胸に抱えて飛び去った。

「わああ!! わたっ、私は雷になれないんですか! 生身でこの速度はちょっとー!」
「ガマンするの。頭分解されて脳みそあぼーんするの考えたら、マシなの」
0146永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:17:46.18ID:Qt+BacCS
 ややあって。空で。


「あ、あのー。助けていただいたので、お名前だけでも……。お礼いいたいし……」
「ドラちゃんなの。ドラちゃんの名は、気象(きあがた)サップドーラー、なの」
「え! ホムンクルス撃破数3位の! めっちゃ有名人じゃないですか! あー、カッコからしてもしかしてと思ってたけど
やっぱり気象兵器(HAARP)の使い手……! 強いのも納得ですよ、戦部さんと師範さんに次ぐ3位なんだから!」

 というか火星の幹部相手に余裕一方だったし、ドラちゃんさん1人で他の幹部もどうにかなったりするんじゃ……と調子
よく笑いかける少女に、ドラちゃんは顔をしかめた。

「それは、ムリ、なの。激甚災害級の気象すら操れるドラちゃんが十文字槍1本の戦部さんよりランク2つ下なコトには、そ
れなりの理由が、弱点が、あるの」

「火星の幹部との戦い、長引いていたら、殺されていたのはドラちゃんだったの。だからこそ一気に強力な攻撃つぎつぎに
叩き込んで……退散する隙、作ったの」
0147永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:18:19.19ID:Qt+BacCS
(ひょっとしてこの人……短期決戦型…………?)



 元の戦場で。

 薙ぎ倒された木々が生々しい雪原の一角が、弾け飛んだ。そこから飛び出したディプレスは、手近な倒木の上に飛び移り
足を休める。

「ww いきなり火渡級の相手とかち当たるとかww でもww あの天気の戦士だってきっと万能無敵じゃねえ筈wwww
だってそうだろww アイツが無敵だっつーなら戦団はヴィクター1人にあれほどの疲弊は強いられなかったwwwwwww
言い換えりゃ、だww 天気野郎の実力がタイマンでヴィクターを倒せるレベルであったなら、奴の動員だけで夏の再殺騒
ぎは決着がつきww 戦団は他の戦士を温存できたwww」

 つまり奴にも──酸素の薄い場所では命が危うい火渡のような──致命的な弱点があり、で、あるがゆえにヴィクターに
迫る実力の持ち主には楽勝といかない……。
0148永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:18:39.83ID:Qt+BacCS
 といったディプレスの分析は、結局のところ負け惜しみであろう。
 さきほどの一戦で勝てなかった憤りを、相手の、人間ならば誰でも持っている欠点を指摘することで晴らそうとしている
のだ。


 空。

「うわあああん、うわあああん、男、男と遭遇して戦ったの、怖かったの、ドラちゃんは怖かったのぉ!!」
(だ、男性恐怖症……? 弱点ってソレ!?)
「別に弱点じゃないの。ガチ勝利して、ぷーくすくすしたら、晴れるの。ドラちゃんの欠陥は、能力に、あるの」

 ところで合流地点の様子わかるの? ドラちゃんの問いに少女戦士は首を振る。

「誰か着いたって連絡はないですね。みんな幹部に襲われていて連絡どころじゃないのかも」
「斗貴子さんも? 斗貴子さんも来てるか分からないの?」
「はい。……。アレ? 斗貴子先輩とお知り合いだったんですか?」
 んーん。ドラちゃんは雲のようにふわふわした髪を振る。
「知り合いだったのはお姉ちゃん、なの。斗貴子さんは『あの島』でお姉ちゃんが死んだとき一番近くに居たから、一度会っ
てお話したいの。お姉ちゃんが死んじゃうまで、どんな生き方をしていたか、聞きたいの。記録を読むんじゃなく、お姉ちゃん
と生きていた人の話で、聞きたいの」
0149永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:18:57.41ID:Qt+BacCS
「……ドラちゃんさんのお姉さんも戦士…………だったんですか?」
「戦士じゃないの。一般人なの。お父さんとお母さんの離婚のあと、都会から島に行って、学校でホムンクルスに襲われた
の。噴火に見せかけた土石流で埋められちゃったの。それが7年前なの」
「『7年前』? ……まさか」
 風切り音が、強くなった。ドラちゃんはマイペースに告げる。
「でもお姉ちゃんはお母さん方の姓だから、きっと斗貴子さん、お父さんの名字名乗ってる私がお姉ちゃんの妹だって気付
かないかもなの。でもお姉ちゃんの話は聞きたいの。両親が離婚してからお姉ちゃんが死ぬまでの2年間、結局一度も
会えなかったから、せめて最後の時期の話は…………聞きたいの」
「あの、踏み込んだ話になっちゃうかもですけど」。少女戦士は手を上げた。
「もしかして……ドラちゃんさんのお姉さんが亡くなられた島って……

『赤銅島』

ですか……?」
 うん。天気の少女は頷いた。

「お姉ちゃんの名前は、東里アヤカなの」
0150永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:19:14.75ID:Qt+BacCS
 再び、元の戦場。


「しつこく追撃してやりゃあ奴の弱点も暴けるかもだがww どうせ向こうも予測してるだろうからなあソレwwww さっきから
遠くにチラチラ火渡の火球も見えてるしwww 最悪天気野郎は火渡んとこに逃げ込む恐れがあるwww タッグ組まれたら
www最悪www オイラが真価を発揮する『デッドとの連携』を動員しても勝率はwww50%ってとこになるwww」

 遠ざかっていくサップドーラーをディプレスは、追わない。

(そww こちとら小者だからよぉwww ああいう攻撃力の高い野郎を無理して斃す必要はねえのよww ああいうのはイソゴ
ばーさんの搦め手か、クライマックスの『切り札』に任すに限るwww 俺は補助だの支援だのに特化している戦士どもが
合流地点にたどり着く前に、ジワジワとwww 各個撃破していきゃいいww 他の部隊と協力してこそ本領を発揮できる
連中がwww恋焦がれる他の部隊と合流する前にwwwツブして回んのがオイラ本来の役目だってww イソゴばーさんも
言ってたしww)

 敵組織に緊密なる連携を獲得させぬのは戦闘の前準備としては、正しい。但しその正しさが後世の好感を得られる類の
ものであるかどうかは、また別の問題であろう。

「オイラの本命はあくまで兄弟(貴信のこと)ww クライマックスはオイラんとこ飛ばそうとしたがしくじってあらぬ方向にやっ
ちまったらしい、からなwww 子猫ちゃんともども、今どこで何してんのかねえww」
0151永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:19:58.13ID:Qt+BacCS
 またまた別の場所。



「どどどどこまで逃げればいいのさご主人!!」
『とにかく火球の上がってる場所! そこなら火渡戦士長と合流できる!!』

 つったって! 怯え気味な表情で後ろを振り返ったネコ耳少女は「ひいいえええ」と大口の輪郭を波打たせ、大きく手を
振り速度を上げる。とっくにトップギアだった速度はいよいよ音速の壁に抵触し始めている。タンクトップに浮く形のいい
膨らみがたぷたぷ揺れるがそういう色香を自認できぬネコは、怯えた表情で振り返り振り返り鋭く叫ぶ。

「ここっ、これ! あのおっかない奴にどーにかできんの!? たおしちゃダメつったのご主人じゃん! でもあのおっかない
奴んとこ”これ”連れてったら、絶対みんな「ぎゃー」されるんじゃ……!?」
『大丈夫! 頼るのは毒島氏だ!』

 茂みを抜けると谷があった。アニメなどでよくある、底が黒々と見えるほどに深いものではなく、せいぜい深さ6mほどの
小規模なものである。「うぅ、ビミョーに高くて怖い……」。崖っぷちで足をブレーキし立ち止まったネコ少女──香美──は
ぶるぶると顔をしかめたが、『一気に飛ぶしかない! 捕まったら仲間入りだぞ……!』と震える飼い主──貴信──の声
と、それに遅れて響き渡った背後からの巨大な呻き声に「ああもう!」と右掌の四角い穴からビャっとせり出させた鎖分銅を
対岸の大振りな枝に絡ませ地面を蹴る。飛びあがった瞬間、寸前まで背中のあった空間を、暗い赤紫色した長い爪が切り
裂いた。
0152永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:20:17.65ID:Qt+BacCS
(ひいいえええ、怖い怖い怖い怖い)

 ターザン状態でなんとか対岸につま先を乗せる香美はもうガチガチと歯を鳴らしている。
 後方でガケの崩れる音がした。重たいものが落ちる音も……。

『とにかく走るんだ香美!! 火球に向かってけば合流できる!!』
「う、うん!!」

 再び走り出した香美。ひときわ音圧を増した背後からの呻き声に、軽くちらりと横目を這わす。

 崖を上ってきたのは…………、人々、だった。
 それぞれ、これといって特徴のない風貌を、これまた量販店で売っていそうな衣服で包んでいる彼らは年齢も性別もバラ
バラだ。4歳ぐらいの男のコも入れば、妙にがっしりした禿頭の老人もいる。逆手に握った包丁を頭より高い地点で苛立た
しげにぶん回しながら金切り声を上げているのは40代前半ぐらいのエプロン姿の主婦。
 いよいよ四つん這いで涎まきちらしつつ疾駆し始めているのは清純そうな顔立ちの女子高生。
 そのほか、サラリーマン風の男性や野良着姿のおばあさんといった面々が、口々に恐ろしげな呻きを上げながら香美め
がけ走り出している。

 みな、全身の皮膚が灰色だった。双眸も白濁し、二の腕や脛といったあちこちの部位が生々しく赤剥けている。
 貴信は叫ぶ。
0153永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:20:36.77ID:Qt+BacCS
『な、なんど見てもゾンビ……にしか!!』
「……。なんかさっき、似たようなことなかったっけご主人」
『さっきというか7年前だ! ミッドナイトの屍部下! 死んだ筈の『もりもりさんの昔の同輩』たちが蘇って僕たちを襲撃し
たことは確かにあったが……』
「ミッちゃんのこと……あたしさ、今でも悲しいじゃん」
『……僕もだ。だが二度と会えない人のコトを考えられる余裕はない! このゾンビめいた人たちはなんなんだ! 屍部下
でもなければ冥王星の幹部の自動人形とも明らかに別種というか──…

見た目一般人ってことは……近くの村の、新月村の人たち……だよな!!? 幹部の誰かの武装錬金で……操られてい
るのか!!?』


                          P M S C S
「『社員』だ。乃公(だいこう)が武装錬金、民間軍人会社『リルカズフューネラル』と契約した生体兵器の厄介な点は!」

『差し向けられているのが『人間』ってところだ!』

 どこかでごちる土星の幹部に呼応するよう、貴信は『敵兵そのものが人質なんだ、反撃、できない!』と声を張り上げる。
0154永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:20:54.30ID:Qt+BacCS
「ににっ、にんげんだったら、どーしてやり返せないのさご主人!!」
 僕たちがホムンクルスだからだ! 飼い主は答える。
『いまゾンビじみて送られて来ている村の人たちの肉体強度は人間のそれなんだ! 高出力(ハイパワー)な僕たちが迂闊
に攻撃したら……命を奪うことになる!!」
「かげんできないのご主人! ご主人”てく”持ってんだから、おっかけられなくなる程度にてかげんして攻撃とかは」
『3体ぐらいまでならそれも出来た! だがああも多いと、1人を攻撃している間に、他の村人たちから攻撃される恐れがある!』
「むこうニンゲンなんだから、ホムンクルスのあたしたちにダメージ与えられないんじゃないの!?」
『確かにそうだが、『特定の1体に手加減しようとしている時』に攻撃食らうのはヤバイ! 単純に言うと手元が狂う! 他の
村人の横槍のせいで手元が狂って、”操られているだけの人”を殺めてしまうのは……したくない!』

 ゾンビ村人たちとの遭遇直後、一度は反撃しかけた貴信であったが、木の枝で出血し、木の枝の傷さえすぐには癒えない
村人らの様子から”人間が操られているだけ”と判断、火渡たちとの合流を優先した。

『思い出してきた! そーいえばここに来る直前やった演劇! あのとき、何らかの手段で生徒達に武装錬金を発動させた
幹部が居た! 核鉄を持っていない生徒達に武装錬金を発動させた彼は肉体を変質させる『ウィルス』のような能力を
持っているって話だった』
「てかご主人、よーわからんけどソイツってほら、あの蝶のおばけと戦った奴なんじゃないの!?」
『……っ! 確かにな! パピヨン氏から話を聞いたヴィクトリア嬢の報告によれば確か……『細菌型』の土星の幹部! リ
ヴォルハインだったか! つまりそいつだ! いま僕たちに手勢を差し向けている幹部は!』



「栴檀2人を攻撃するのはディプレスからの言いつけに背くよう思えるが、たかが末端の社員たち相手に力尽きるというな
らそれだけの連中、救いをもたらす糧にはならんだろう。そも『社員』は、クライマックスの自動人形と同じ群体型の能力。
不意の遭遇戦ならば10体前後ならば、攻撃しても構わない……というより、混沌とした戦場で群体型の能力を、1体の
敵だけ避けて使うのは不可能という実戦上の制約をして……ディプレスから引き出しているのである! 攻撃の、許可を!)
0155永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:21:16.05ID:Qt+BacCS
 貴信は考える。


(ウィルス感染者が相手なら、毒島氏の抗菌ガスで対処できる! 敵をぞろぞろ引き連れていくのは迷惑だって分かって
いるけど、ただ撒くだけじゃ村人たち、他の戦士に殺されかねない! 人間だって気付かれなかったら、ホムンクルスだっ
て勘違いされたら……。だから毒島氏のところに連れて行くしか……!)


 駆け出す。だが追っ手は目に見えて増えていく。

「あたしらで何とかできないの!?」
「……試してはみる!」

 後ろに突き出された掌の四角い穴──ホムンクルスの捕食孔──に光が収束し……

「星の光よ! 瑕疵に抗え!!」

 エクトプラズムのように不定形な、ライトグリーンの靄が射出された。それは討手たちの間をぬらぁっとすり抜け、最後尾の
大学生風の若い男に着弾した。

(!! おー、体なおすあったかい奴! 相手とっちめる攻撃じゃないのよコレ!)

 種々様々なエネルギーを捕食孔から撃ち出せる貴信は回復魔法めいたことも出来るのだ。

(僕はかつてこれで早坂秋水氏を癒したコトがある! 彼は当時、L・X・Eの幹部、逆向凱の切り札のせいで肺腑全体に微
細な金属の粒子が突き刺さり……呼吸を要諦とする剣士として、本調子ではなかったが……僕の星の光はそれを癒した!!)

 であればウィルスも排出できるのではないか……という推測のもと治療を施された大学生風の若い男は。

 みるみると肌に本来の人間めいた色を戻していく。
0156永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:22:13.11ID:Qt+BacCS
「治せる!?」
(だとしても、これだけ居る村人たち全員を治すとなると莫大なエネルギーが要る……!! 効くとしても、どう調達する!? 
そもそも相手がウィルスである以上、懸念すべき事項が……!)

 え、なんだこの状況と周囲を見渡していた若い男だが、俄かに首に手を当て……苦鳴と共にゾンビ状態へ戻っていく。

「こらー!! なんで戻るのさーー!!」

 振り返りながら両目を不等号にしてプンスカ手を上げる香美。

(やっぱり増殖、か! 排出される傍から体内に残留したウィルスが爆発的に増えているんだ。厳密にいえば空気中から感染
し直している可能性もあるけど……僕たちがゾンビ化していない以上、残留の増殖……だろうな!!)

 と考えた貴信はふと気付く。

(待て。なんで空気感染じゃない? ウィルス兵器なんだぞ? だったらそれで作ったゾンビ村人で僕たちを追っかけるの、
まどろっこしくないか? だってそうだろ? 人をゾンビにして操れるウィルスを持っているなら、新月村といわずここら一帯
に撒けばいい。そしたら僕たち音楽隊も戦士たちも、一網打尽で手下に出来る。いやそもそも、病死で全滅させて……
勝つってことさえできるのに……)

 なんでゾンビ村人たちによる追跡という隔靴掻痒を演じている……? 貴信は訝しんだ。

(もしかして感染と使役は別立て……なのか? 土星の幹部の体は細菌の群体という。つまり感染で何らかの病気を発症
させることは、パピヨン氏を降した能力は、例えばネコ型の香美の『素早さ』とか『耳のよさ』といったホムンクルス固有の
能力で、だから武装錬金特性は別な部分にある……? ゾンビ化したとしか見えない村人たちの使役は、武装錬金によっ
て行われている……?)

 だとすれば。貴信は気付く。

(僕たちをゾンビ化して手下にしてない理由だけは説明がつく。武装錬金特性で使役するというなら、特性を振るうために
何らかの条件を満たす必要がある。似たような特性を持つノイズィハーメルンが、音波の届く範囲の人たちしか操れない
ように、土星の幹部の謎めいた武装錬金もまた、一定条件下でしか人を操れない……?)

 光明に繋がるような思惑だが、人見知りで気弱な貴信はむしろ危惧する。

(マズイな。土星の幹部の体じたいは、細菌じたいは、既にこの辺り一帯に浮遊しているとかなった場合、僕も香美も、ヤ
バいんじゃないか……? 気付かずに条件を満たしたら、ゾンビ化して、レティクルに寝返るってことも……。僕たちだけ
じゃない。他の戦士たちも……)
0157永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:22:35.19ID:Qt+BacCS
「それは成さん」

 貴族服を纏った2m超のすらりとした男はどこかで囁く。

「乃公が求める救済はただ戦士どもを殺せば成せる類のものではないのだ! 連綿と続く錬金術の、根源的な災禍を!
構造的な欠陥を! 病巣を! 取り除くためには激しい争闘こそ必要なのだ! 戦団も音楽隊もレティクルもその気にな
ればバンデミックで掃滅できるが、乃公1人が勝者になるだけでは不足なのだ! これより先の果て無き無窮の未来、永
劫に! もうこれ以上錬金術によって誰も泣かずに済むように、果たすべき『大義』が乃公にはある! それが果たせるな
ら戦士が何人死のうと構わないが、死なせる以上は必ず叶える、叶えなくては、ならないのだ!」

 彼は10年前戦士だったが、戦団上層部の意図的な不手際によって妻を失ったのを契機に戦団を出奔している。


 が、そういった背景を知らぬ貴信にとって土星の幹部・リヴォルハインは広域殲滅型の恐るべき細菌兵器でしかない。

(毒島氏の抗菌ガスでも対処できるかどうか怪しくなってきたな……! 根来氏の『彼または彼のDNAを含有する物以外は
亜空間からはじき出される』シークレットトレイルにも助力を願いたいが……彼はイオイソゴを斃すため敢えて抜け忍となり
姿を消している…………! 演劇の時とまったく同じ対処はできない……!)

 火球との、火渡との、間隔は、ひた走ったせいかだいぶ狭くなっている。

(っ! 空! いま香美の正面の枝々の大きな切れ目から飛んでいく大きな鳥が見えたが……あれは鐶副長か? だと
すれば……彼女の性格上、独断で動くコトはないから…………火渡戦士長の命令か!)

 あちらで有った、あちらの戦略構想を貴信はだいたい把握した。

(つまりここからは火球が移動し始める! だったらいま火渡戦士長がいる地点Aに向かうのは得策じゃない! 向こうが
動き出すんだからな……! 向かうべきは……地点Aと、戦士達の合流地点Bを結ぶ線分ABを縦断できるルート! それ
なら逆に火渡戦士長たちを先回りできるかも知れない。運がよければ、合流地点から彼らの掩護に向かう途中の戦士達
と合流も……なんだけど)

「ご主人……!!」
『っっ!!!』

 悲痛きわまる香美の叫びに、貴信の思考も真白になる。

 行く手にも、ひしめいていた。村人のゾンビが、ひしめいていた。

(どうする!? 強行突破するか!? だがどの村人も歯や爪が異様に鋭くなっている。迂闊に接触すれば、噛み付かれ
たり、引っかかれたりしたら、僕や香美までなるんじゃないのか、ゾンビに……!?)
0158永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:22:56.28ID:Qt+BacCS
 何より、マズいのは。

(村人たちの数が増えすぎた……! 後ろの人たちだけなら毒島氏の抗菌ガスか、それが効かなかったとしても睡眠ガス
で無力化できろうけど、前の方と合わせたらほぼ40人でだいたい倍。建物内での決戦ならともかく、山あいの開けた場所
で40人を一気に無力化せしめるんだろうか、エアリアルオペレーターは……)

 考える間にも前方の敵たちは一斉に踊りかかってくる。


「きたじゃん!!」

 とりあえず最小出力の流星群で彼らの足元を威嚇射撃しつつ離脱の目を探る……と動きかけた貴信の眼前で。
0159永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:23:15.52ID:Qt+BacCS
 だだだっと言う軽快な音と共に村人たちが次々に倒れていく。

(なっ!)

 崩れ去った人の壁の向こうには武装した兵たちが居た。7〜8人という所であろうか。うち1人は硝煙たなびく銃を構えて
いた。

『ま! 待ってくれ! 彼らは──…』
「人間だろ?」

 銃の男が引き金を引く。銃口と視線があった香美はビクっと体を強張らせたが

「わ…………が……」

 と傍で倒れ行くゾンビ村人を見ると「あ、なんだ、助けてくれたんだ」と安堵した。

「って! 撃っちゃダメでしょーがあんた! ニンゲンだってわかってんならぎゃーすんの、だめでしょーが!!」
「象も眠る麻酔弾さ」

 灰色のコンバットスーツに身を包んだ若い男だった。ブラウンの髪を短く切りそろえた、いかにも精悍そうな顔つきでスコー
プを覗き込みつつ、アサルトライフルを右に、左にと機械的に動かすと、貴信の背後で村人たちがバタバタと倒れた。

(ア、アサルトライフルって麻酔弾撃てたっけ……? いやむしろそれが特性? 弾丸を切り替えられる、的な)

 唖然とする貴信に黄色い声がかかる。

「ほら奏定(かなさだ)! 迷ってたからこそ救える命があったでしょチョーチョーあったでしょ!!」
「隊長、それ結果論だよね。迷ったからこそ合流し損ねて救えなかった命だってあるかもだよね……」

 金髪をサイドポニーにしたコンバットスーツの少女の傍で、同じ格好に、ドラマの若手刑事が着る様なコートを羽織った20代
後半ぐらいの男性が、げんなりとした顔つきで応諾した。

(全員お揃いのコンバットスーツ……。1つの部隊か。戦士だよね、雰囲気的に)

 少女とコートの男の掛け合いを宥めたりニヤニヤと眺めたりする他の面々を見渡した貴信はそう結論付ける。
 視線に気付いた1人が、口を開いた。
0160永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:23:37.84ID:Qt+BacCS
「ああすまない。紹介が遅れてしまったね。私は星超(ほしごえ)奏定。天辺星(てっぺんぼし)部隊の副隊長。所属は戦団、
味方だよ」
「あー! 隊長のワタシ差し置いて自己紹介とかチョーチョー信じられないし!! ワタシは天辺星ふくら! 隊長でエラい
んだから天辺星さまってチョーチョー呼ぶこと! いいわね!!」
 ビシィって指さしてから薄い胸を張る天辺星さまに貴信は(まーた濃い人がきたなあ。戦団ってこういう人ばっかかなあ)と
たじろいだ。
「むー! ちょーちょー分かってない感じぃ! だったらワタシの剣の恐るべき特性で思い知らせてやるんだから!!」
 奏定が「いや、そんなことより合流。火渡戦士長の火球目指してた感じだよこの子たち、邪魔したらダメだよ」と止めるのも
聞かずに天辺星さまは鞘から剣を抜きつれた。

(え……!?)

 貴信が硬直する中、「なに! あんたやるっての!!」と香美は牙を剥いた。

『待て! 落ち着け! 戦うなっていうか、お前、見覚えないのか……!?』
「何にさ! あの片しっぽと逢ったの今が初めてでしょ!!」
『じゃなくて剣の方!! あれ……『リウシン』なんじゃ……!!?』
「りうしんってなにさ!?」
「アレ? なんでアイツ、ワタシの剣の名前知ってるの……?」
 天辺星さまも不思議に思い、動きを止めたとき、それは来た

【このあたくしの陰陽双剣の名前を忘れるとは、ほんっと相変わらずロクでもない貍奴不来(いえねこ)ですわね貴方】

 涼やかな、高貴さと傲慢に満ちた声は……剣から、発されていた。

「ちょ、え、この声、え!! なんでさ!!? なんでミッちゃんが!!?」
「というか私の方がビックリなんだけど……。なんで君たち、勢号君の末っ子と知り合いなの……?」
 奏定が目を軽く見開く中、てか隊長の剣喋れたの!? 隊員たちもどよめいた。

【久しぶりですわね。栴檀貴信。栴檀香美。ふふっ、あれから随分強くなったようで何よりですわ】

『生きてる!? そんな! 貴方は7年前のあのとき、確かに……!』

                                            リウシン
【ええまあ、身罷ったのですけど……ちょっと事情がありましてね、魂だけ中国剣に乗って……今は、今は……】

「ちょっとあなた! なんでご主人であるワタシ以外と話してるのよ!! チョーチョー失礼!! 信じられない!」

 天辺星さまにブンブンと振られる剣は、ぴちゃりと雫を滲ませた。

【寄りにもよってこんな、こ・ん・な・か・た・の! 武装錬金になってしまってるのですわー!】

 た、大変そうだね貴方も……。貴信の顔が引き攣った。


「というか、マグロが止まるほどに関係性が分からない」

 アサルトライフルの青年が呟くと、貴信、「実は、僕たちと、彼女は……」
0161永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:24:08.13ID:Qt+BacCS
 事情説明は、走りながら行われた。


「なるほど。つまり7年前、当時まだ土星の幹部だったミッドナイト君は恋人の仇を討つため君たちの前に現れたと」
『そう! で、僕たちのリーダーとの勝負がついたあと、当時かなりヤバい企みをしてたとある人物を止めるため一時的に
共闘したんだけど……その結果、色々な事情で』
【あたくしは肉体を失いましたの】
「そのあたりのことワタシ前からチョーチョー言ってるでしょ! 土星の幹部だったこいつにその3年前から取り込まれてて、
ワタシ本来の武装錬金、死体袋(アサルトシュラウド)の再誕能力が、屍部下だっけ? それ産むのに使われてたって、何度
も!」
「で、ミッドナイト君が死んだ時、取り込まれていた天辺星さまが死体袋の能力で復活して再誕。けどそのとき、2人の武装
錬金が入れ替わってしまったと」
【恐らく混線したのでしょうね。天辺星の『再誕』っていう能力はあたくしの言霊……頤使者(ゴーレム)の核とも一致する能
力でしたから、そこまでの3年にも及ぶ同居ですっかり癒着していて】
『消滅時の混乱、緊急避難的な再誕のごたごたで、自分を再誕させようとしていた死体袋が、自分と癒着していたミッドナイ
トの言霊を、自分そのものだと誤認識し、そちらの再誕を優先した結果……』
「ワタシの武装錬金が中国剣にチョーチョーなった!」
【ですから正確には陰陽双剣だと言っているでしょ! ああもう嫌ですわなんべん言ってもこの方覚えて下さらないの!!】
 ミッちゃん相変わらず苦労してんじゃん。にへにへ笑う香美が剣にジャレつく。
【だあもうおやめなさい栴檀香美! ミッちゃんとも呼ばない!! あたくし音楽隊用の名前だって用意したでしょ!】
『ごめん。香美こんなんだから忘れてるんだ!! でも貴方が居ると心強い!! 鳩尾も喜ぶ!!』
 あなたとああいう別離をしてしまったこと、ずっとずっと気に病んでいたからな! と叫ぶ貴信に、剣の映す桃色ツインテー
ルの少女は複雑な表情を浮かべた。
【……断っておきますけどあたくしが全力の総角と互角以上だったのは、500年近く鍛えぬいた肉体があったからでしてよ?
リウシンの重力角操作じたいは健在ですけど、それを使うのが……この方、ですし】
 ぽやーと口を開けて走っている天辺星さまに『あ、ああ……』と貴信は呻いた。
『貴方の強さって、武術と武装錬金特性と、経験からくる勝負勘の、複合的なもの、だったな!!』
【そうですのよ! だから鍛えてもないアホな天辺星さまの使う重力角ときたら、あたくしのリウシンときたら】
 部隊中、最弱クラスの戦果しか出せてませんの……。剣はまた、泣いた。正確にいうと剣に映るミッドナイトの幻影が、泣
いた。
「天辺星さま……。いまからでも遅くないから、彼女のためにも鍛えた方がいいんじゃないかな…………」
「うー! なんで奏定、剣の方の肩持つの! ワタっ、ワタシだって、戦士のサバイバル訓練を突破してるし! フルマラソン
だって完走できるぐらい鍛えてるし! 空手も剣道も柔道も合気道も三段でしょいま! チョーチョー頑張ってるんだから、
ちょ、ちょっと、ぐらい褒めてくれたっていいじゃない……。なのに、なのに……なんで剣なんか……褒めるのよーー!?
「だから、義弟の恋人の……血縁者だからね、ミッドナイト君」
(むーっ! ワタシはコイビトじゃないのー!! でも告白とかチョーチョー恥ずかしいもん! 結婚してからじゃないと告白
とかチョーチョー耐えられないもん!)
 あー、そういう感情が……と表情を固める貴信に「片想いだよ隊長の。副隊長奥手だからなあ」「満更でもないんだが手ぇ
出せないだぜ副隊長、ヘタレめ」と隊員たちが囁いた。
0162永遠の扉垢版2018/02/18(日) 02:24:25.56ID:Qt+BacCS
「っと。ミーアキャットの如く並んで待ってるぜ敵さんたち」

 行く手にまたゾロゾロとゾンビ兵士が現れたのを見た天辺星さまは威勢よく彼らを指差し、命ずる。

「さっきみたくまた撃ちまくりなさいよ『コードネーム:アサルト!!』」
「おいおいマンボウのタマゴの如く無限じゃないんですぜ弾丸は」
(武装錬金といえどパピヨン氏のニアデスハピネスのような有限性がある、か)
「むー! 隊長に逆らって! だったらなんでさっきチョーチョーばかすか撃ちまくったの意味わかんない!!」
 奏定は、残業帰りのサラリーマンのような疲れきった表情で嘆息した。
「天辺星さま……。あれで割り出した敵軍全体の平均的なスペックが拘束可能なものであれば『棺』で進軍するっていうの
が……この部隊伝統の手法なんだけどね……。私なんども説明してるんだけどね……」
「ってことで、コードネーム:白田いくちゃんの出番っ!!」

 ゆっけー! 貴信の傍を踊り抜けた10代前半ぐらいのピッグテールの小柄な少女が右手を振ると、左手に抱えられてい
た緑色のぬいぐるみの黒い口からサイコロ大のブロックが無数に吐き出された。

(なんだ? 銃撃……じゃないよな?)

 貴信が不思議がる間にサイコロたちはゾンビ村人の足元にそれぞれ突き刺さり──…

 一辺20cmほどの土色した立方体を地面から巻き上げた。(!?)。香美が驚く間にもブロックたちは地面から次から次
に涌いて宙を舞う。宙を舞いながらも、1人1人の村人を取り囲むよう、地面や、他のブロックの上に、レンガ塀づくりの早回
しのような要領で規則正しく詰みあがり……。

 1分も立たぬ間にあたりは高さ2mほどの土の棺の林と化した。

「かんっりょー♪ パッとみ土っぽいけど超圧縮してるからね、ちょっとやそっとじゃ出れないよー」

 横ピースして笑う和風魔法少女風の少女に、貴信は

(白田いく。城大工の武装錬金って訳か……。他5人の隊員の能力もコレぐらい強力……なのか?)

 思いながら、走る。定期的に膨れ上がる火球まで直線距離であと400m。




 そして、レティクルエレメンツの盟主:メルスティーン=ブレイドの急襲を受けた戦部と、円山と、犬飼は。
0164作者の都合により名無しです垢版2018/02/23(金) 20:20:38.90ID:QkidUq7x
0165作者の都合により名無しです垢版2018/03/04(日) 19:39:50.40ID:uqlxPOiQ
>>スターダストさん
いずれ劣らぬメイン格がこれだけ揃ってると壮観ですねえ。今回はやはり、性格的にも実力的にも
屈指の恐ろしさであるディプ相手に飄々とほぼ勝ち切った、ドラちゃんさんが印象的。武装錬金
そのものの性能も高い上、使い手の応用力次第でいろんなことができそうで。今後の活躍に期待。
0166永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:23:38.80ID:7MFCqHCA
第102話 「最善手」

 最善手。考えられうるなか最高の一手。

 大戦士長救出作戦開始直前、突如として敵対組織首魁の襲撃を受けた円山円が驚愕に口角泡を吹きながらも咄嗟に描
いた最善手は

『犬飼倫太郎のみを離脱、自分は戦部と共に足止め』

 であった。
 必ずしも、誤りではない。錬金術史研究家はこれよりさき数百人と現れ、坂口照星救出に端を発す一連の大決戦の各戦況
にさまざまな正誤を下していくが、少なくてもこの時の円山の判断については『戦士長クラスだった』と見解を一にする。つま
りはそれほどの、戦術・戦略双方に対する『最善手』だった。

(犬飼は)

 戦闘において決定打に成り得ない……とする円山の判断力は残酷だが正鵠を射たものだ。今夏犬飼が、まだ怪物になり
きってすら居ないヴィクターV武藤カズキとその同行者に敗れたことは記憶に新しい。対していま現れ急襲の途上にある
メルスティーン=ブレイドは、カズキが結局単身では降せなかったヴィクターの発するエナジードレインの中、12時間連続
で戦っては離脱を繰り返した身長57mの機械人形と、10年前、巨大化なしの刀一本で互角に渡り合った挙句、中層ビル
一棟分の質量有する片腕を平然と斬り飛ばしたいわば魔人。犬飼が加勢してどうにかなる相手でないことは明白すぎるほ
ど明白だ。

 士気の問題も、ある。犬飼に課せられた使命はもともと

『坂口照星の捕まっている場所の捕捉ならびに本隊到着までの監視』

 に過ぎず、戦闘に関しては戦団は求めず、犬飼も──口先でこそ虚勢を張っては居たが──期するところは薄かった。
 しかもかれは戦団の本隊が到着しだい、安全な後方へと下げられ、あとは監禁場所特定の叙勲を座して待てばいいだ
けの立場にあった。

 さまざまな安堵を確約された兵は、弱い。

 川をもう半ばまで渉(わた)ってしまった兵はもう、追撃に対し振り返る気力さえないのだ。渉りきれば逃げられるという心
理が働きあとはもう逃げの一手である。そんな者と連携合従して戦ってみよ、いざというとき恐慌で以て足を引かれる可能
性こそ高いではないか。

 だからこそ、犬飼の卑屈な精神をもよく知る円山は、決めた。

『犬飼倫太郎を離脱させる』。

 戦略的にも申し分ない割り振りである。『先遣隊の一員・円山』という極めてミクロな戦術の一単位からすれば敵組織首
魁に急襲されたのは圧倒的不利だが、戦団というマクロな戦略単位からすれば絶好のチャンスでもあった。

(火渡戦士長と彼に匹敵する戦力をここに呼び集中させればメルスティーンを斃せる……!)

(緒戦からレティクルに大打撃を……!!)

 本隊への伝令に犬飼は全く最適だ。安全圏に逃げたがる心境にあった彼を安全圏めがけ放てば、命惜しさで凄まじい
速度を発揮するであろう。走って逃げるのではない。疾駆する軍用犬(ミリタリードッグ)の武装錬金、キラーレイビーズに
しがみついて離脱するのだ。競輪選手は自転車で自動車を抜き去るというが、犬飼、生死の鉄火場でまさか劣りもしない
だろう。
 円山は冗談抜きでその速さに命を賭けた。犬飼が本隊へ駆ける間も、報告する間も、来援が急行する間も、円山はメル
スティーンと戦わなくてはならないのだ。戦部と言う、現役戦士中最多のホムンクルス撃破数を誇る記録保持者(レコード
ホルダー)を相方に据える豪勢を得てもなお、不安は、色濃い。

(何しろレティクルの盟主の大刀の特性は『特性破壊』!! 10年前一度は戦団に破れ収監されたお蔭で私なんかでも
知り得ているこの事実……あのコ(斗貴子)に破られた胃を再び痛ませるには充分……!)
0167永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:24:01.45ID:7MFCqHCA
 戦部の十文字槍・激戦の特性は『高速自動修復』! 例えば創造主が黒色火薬の蝶の群れに跡形もなく吹き飛ばされた
としてもたちどころに完全再生させる反則スレスレの武装錬金!
 だが対するメルスティーンの『ワダチ』は斬りつけた武装錬金の特性を破壊する魔の大刀! もしそれが激戦に接触した
場合……どうなる!!?

 円山円は、考える。

1.槍本体のダメージをも修復する激戦だから破壊された特性もを直し原状復帰。

2.再生しない。『高速自動修復』の特性が壊される以上、修復活動が行われる道理なし。

3.精神がより勝る創造主の武装錬金特性が優先。

(1なら来援までの時間は余裕で稼げる。3でかつ序盤こっちが不利だとしても、10年前の駆け出しのころ既に火星の幹部
相手に段々と食らいつけるようなっていた尻上がりな戦部の闘争本能なら盛り返せる。……。けど、問題は……!)

 2。

(激戦の特性が完全に破壊されるなら私と戦部の時間稼ぎはかなり辛いものになる……!)

 かといって円山に『逃げる』という選択肢はない。勇猛さや使命感ゆえではない。単に『足が遅い』からだ。

(私の武装錬金は風任せの風船爆弾……軍用犬ほどの速度は見込めない。走って離脱? 生身でバスターバロンと渡り
合った剣士相手に? 少なくても初手からそれをやれば絶対、背後から……!)

 キラーレイビーズは2頭1対の武装錬金だから、片方に分乗するという選択肢も円山は一瞬描いたが(犬飼ちゃんの護衛
用に片方は残しておくべき! 他の幹部と遭遇した場合のために!)と考え直す。

(てな訳で私は足止めで残らざるを得ないのだけれど……)

 緩やかに迫ってくる大刀の剣士の纏う、禍々しい陽炎に見た目女性の麗人は一筋の汗を頬に垂らす。

(相当危険ていうか死んじゃうかも……。い、いえ! それでも戦部の、現役戦士中もっとも多くのホムンクルスを斃してき
た記録保持者(レコードホルダー)のサポートが得られるんだから生存のメは上がる筈……! 戦部は酔狂だけど根来ほ
ど非情でもないから、私と犬飼ちゃんの護衛を仰せつかっている以上、こっちを見捨てたりはしない……! むしろそうい
うハンデすら楽しむタイプ!)

「アヒ アヒ」

 円山の腰板の辺りから緩やかに浮き上がっていく無数の風船は総て白黒左右のツートンカラー。両目が縁取られている
せいでゾンビ化したアヒル口のパンダにも見える。それが「アヒアヒ」と奇声を上げながら膨れていく。

(このバブルケイジも牽制程度にはなる筈!)

 長い思考であるが実時間では刹那の瞬間すら過ぎていない。突如として現れたメルスティーンにただならぬ衝撃を受けた
円山が、ネガが反転したようなスローモーな世界を見つめながら考えた、走馬灯のような圧縮思案である。

(そして)

 メルスティーンは踏み込んでくる。円山は、身構えた。

(犬飼ちゃんの離脱が戦団全体の最善手である以上、彼は盟主に狙われる! 武装錬金が犬で、私たちの中で一番足が
速いから! まず伝令を潰し! 孤立した私と戦部を各個撃破するというのが……最善手、でしょうね! メルスティーンの)

 果たして隻腕の剣士の巨大な刀は……振り下ろされた。

 円山に、向かって。

(え…………!?)
0168永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:24:30.36ID:7MFCqHCA
 雪崩れ込んでくる鈍色の剛刃を、秀麗なる男性はただただ唖然と眺めた。

(な、なんで私を…………!? 初手で潰すメリットなんて──…)

「ふ」

 メルスティーン=ブレイドは嗤う。軟らかな長い金髪を持つ、優しげな30代前後の男性は、細めた眼差しを甜睡が如く
彩って、しかし限りない悪意を纏い嗤笑(ししょう)する。

「ふ。あるのさ」

 言葉を発するまえ短く笑うのがこいつの癖なのだろうかと、冷たく凍る円山の意識が考えたのは一種の現実逃避であろう。

 死をもたらしつつある隻腕の剣士は、目で笑う。

(ふ。なにしろ君らの中で唯一ぼくを完全抹殺しうるのは円山円、君、だからねえ。バブルケイジ……だったかな? 触れ
るだけで身長を15cmも吹き飛ばす武装錬金……。なかなか脅威じゃないか。平均的な一般男性なら12〜3発当たるだ
けで必ず……死ぬ。ぼくはリヴォみたく2mも身長ないからねえ、危険視して当然さ)

 その、2mはあろうかという刀に、肉厚い刀身に、危慄すべき紫雲の闘気がもやもやと収束していく。だけなら、円山も看過
できた。だが重大なのは、刀が紫雲を帯びつつも既に、円山の頭上50cmほどの間合いで、薪でも割るような気軽さで彼の
正中線を狙っている点であった。

(どこかしこにある風船の射出装置! ぼくならそれを敵に密着させ13連射して殺(こわ)す! ふ、思わぬタイミングでそれ
をやられたら少しばかりヤバいんでね、だからまずは円山さ! 初手で円山さえ壊せば後はどうとでもなる!!)
(あ、有り得ない! 私を斃す間に犬飼ちゃんが逃げ出したら……メルスティーンの索敵範囲の外へと脱出したら…………
来るのよ次から次に! 戦団の最高戦力の数々が! 貴方を押し包んで殲滅しに……!!)

 盟主である以上、そういう戦略的な絶対不利が見抜けぬ訳がないと混乱する円山に、メルスティーンは頬を歪める。

(ぼくはね、別に構わないんだよ。犬飼など逃げればいい。増援もまた来ればいい幾らでも。ふ、10年前戦団に負けたぼく
だから? ま、物量で責められたらいずれは壊されるだろうが……

『だからなに』?

ぼくはただ破壊(こわ)したり破壊(こわ)されたりを演じたいだけ、なのさ…………!!)

 円山の描く犬飼離脱は確かに最善手だった。正道に沿ったものだった。

 誤算があるとすれば……2つ。

 1つ。円山が即死能力に特化しうるバブルケイジを婉曲な拷問器具程度の認識で修めていたこと。

 2つ。メルスティーンがむしろ嬉々として戦団の増援を望んでいたこと。

 結果円山は、彼自身の潜在的な危険性を彼以上に評価したメルスティーンの『最善手』に晒される。

 すなわち。

「『飛天無限斬』!!

 声と共に放たれた電瞬を避ける術など円山は……持ち得なかった。耳奥から背筋に走る精髄がただ赤々と硬直し、
心臓が縮んだ。迫る刃。身じろぎ1つできない円山のした、両断された肉塊が大地に遺される未来視は──…

 大量の出血を添え、現実の物と、なった。

 全身を通り抜ける凄まじい衝撃に一拍遅れてやってきた、視界の、テレビカメラを蹴転がしたような動顛(どうてん)ぶり
の中、円山は確かに両断された体を……見た。
0169永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:24:50.99ID:7MFCqHCA
 左右に分かれた、戦部厳至を。

(────────────────────────────!!?)

 この少し前からの彼の動きこそ正に奮迅というべきであった。酔狂ゆえにメルスティーンの歪な最善手を察知するやすぐ
呼応していた彼はまず──…

 すぐ傍らで棒立ちになっていた円山を肩の側面で弾き飛ばしワダチの射程距離外へ追放! 
 同時にメルスティーン必殺の銀閃が正中線を濡れ光らす中、犬飼の方を見やり視線で何事かを指図! 
 これだけでも既に常人には真似できぬ行動だが、真に恐るべき行動は巨躯が股の付け根までバッサリと割られた直後にきた。

「えっ!」

 円山の胸倉が戦部の左腕に掴まれた。真っ二つに斬られたばかりの半身が、断面から、トマトとチーズの和合液のような
不気味なねばっこい線をとろォりと残る半身と引き合っているさなかにおいて、頸を切られたてのニワトリの痙攣走りのような
おぞましさで円山の胸倉に左手を伸ばし、そして掴んだのだ。

「ななっなにを……!!」

 むんずと無造作に円山を投げ飛ばす間にも、投げ飛ばされた方が余りの勢いに地面と水平に落ち葉巻き上げつつ推進し
始める間にも、戦部の独立した右半身は動いている。十文字槍の中央の穂先をメルスティーンのみぞおちに突き立て──…

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 飛んだ。片足の力みだけで戦部はメルスティーンごと……高さ30cmほどの空間をX軸方向に20mほど…………滑翔した。

(えええええ!!!? かかッ片足で、えええ!!?)

 半分だけの体が隻腕の剣士を槍で縫い止め跳躍するさまは妖怪絵巻のような地獄変、蒼褪めた犬飼があわあわと口を
動かしたのもむべなるかな。

 やや遅れて同じ方角に飛ぶ円山が見た、落ち葉を巻き上げながら戦部(右)に向かっていく戦部(左)は高速自動修復のため
引かれたものであるらしい。十文字槍のある方へ合流するのは特性上、自然だろう。

 戦部(右)とメルスティーンの背後で大木の幹がどんどんと大きくなり──…

 激しい激突音に輪唱するよう無数の梢がさらさら揺れた。

「ほう」

 腹部にふかぶかと槍を刺され、女物の服に赤黒いシミを滲ませるメルスティーンの静かな表情は、背骨を砕いて貫通した
切先が古い巨木の幹に楔となって打ち込まれた後でもなお、変わらない。

(戦部がメルスティーンを縫い付けた以上! 私にしろって言ってることは!!)

 中空で円山はベルトに手をかける。戦部(左)に投げ飛ばされた勢いは凄まじく、いまだ収まらない。

(…………)

 犬飼の判断力は、やっと現実に追いつき始めた。

 そして完全に両断が治癒した戦部は…………両手で朱色の鞘を持ち……力を込める。
 メルスティーンの切先はようやく落ちきったばかりである。長大な刀ゆえ大技の後は隙ができる。

(そこを……狙う!!)
0170永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:25:08.39ID:7MFCqHCA
 風船爆弾(フローティングマイン)の武装錬金・バブルケイジの主だったパーツは白黒半々の顔持つ風船! だがそれは
本体ではない! 本体というべき風船の産生装置はベルト状! 風船の生まれいずるバックルは普段! 臀部やや上、
腰骨のあたりにつけている!

 だが!!

(私がターゲットにされた以上、ここで決めないと……殺される!!! 犬飼ちゃんが救援呼ぼうが、呼ぶまいが、必ず!!)

 バックルはいま円山の右手にあった!! 投げ飛ばされた余勢は終盤だがメルスティーンは既に間近!

(これを彼に密着させ……連射!! やったコトない使い方だけどそうでもしなきゃ斃せない相手よ!!)

 狙うはメルスティーンの右腕側。

(彼は隻腕、右腕が……ない! さっきの一撃見る限りスゴイ剣士のようだけど、剣が握れない方向からなら少しはバブル
ケイジも当てやすくなる筈!! もっともそれも戦部に縫いとめられている間だけ、だけど……!!)
「ふ。最善手だが……忘れてもらっちゃ困るねえ」
 ふっと戦部の頬が緩んだのは、メルスティーンの体が十文字槍を押し返し始めたからだ。木と密着していた筈の体がみる
みると隙間を広げていく。盟主が動けるようになったが最後、戦部のスローイングによって有無もなく懐に飛び込みすぎて
いる円山など、切り紙の如く裂かれるだろう。
(っ! しまった! そういえば彼はホムンクルス調整体! それもDrバタフライの作ったような劣化コピーじゃなく…………
100年前ヴィクターの離反のころ猛威を振るった高出力(ハイパワー)を超える高出力(ハイパワー)の持ち主……!)
「ふ。『ぼくの体がどうあれ』、マッシブな戦部に競り勝つ理由は破壊への執念ただh「キラーレイビーズ!!!」
 2頭の軍用犬が十文字槍の左右それぞれに特攻した。
「ほう」
 押し返され再び縫いとめられたのを意外そうに、だが楽しそうに目を丸め認識する盟主は見る。戦部の肩越しに来た影を。
「さっきのアイコンタクト。要するに押さえ込めばいい訳だ。バブルケイジが当たるまで」
「そういうコトさ」
 野太い笑みを浮かべる戦部に、やや卑屈な笑みで犬飼が応じたのも一瞬、彼は犬笛を吹き直す。両目に青い閃光を一瞬
灯したレイビーズたちは唸りながらメルスティーンを再び大木へ縫い止めていく。
 猛烈な、そう、嗅覚探知専門に過ぎないキラーレイビーズが発する、純然調整体をも凌駕する不可思議な力は……しかし
おかしい。円山もまた訝しみかけたが……気付く!!
(……っ! この力、安全装置なしの基本状態(デフォルト)……!? 細かい操作など一切不能で犬笛の所持者以外かみ
殺す筈なのに……どうして指示通……まさか戦闘前の戦部とのやり取りの影響……?)
 戸惑うのはしかし誰よりも……犬飼。
(……おかしい。リミッター解除しているとはいえ、高出力を超える高出力の調整体が、盟主が……僕なんかの武装錬金に
……押される? こいつの力はなんていうか……ホムンクルスじゃなく……人間の…………ような)
 だが彼は100年前すでに存在していた。見た目も20代後半……、しかも十文字槍が胸部を貫通してなお平然だ。人外と
定義づけるほか犬飼に術はない。
(そこも気になるけど! 今は!!!)

 円山のバックルがメルスティーンの右肩に、当たった。

「膨らます傍から! 当てる!!!」

 射出装置から出た風船がすぐ、メルスティーンに当たって弾けた。およそ180cm前後の長身は……確かに縮む!」

「見事! だが!!」

 やっと先の飛天無限斬の硬直を脱した大刀がほとんど土塊を爆発させるような勢いで地面を擦り……摺り上がる。
 攻撃対象に変更は、ない。
 裂膚の激甚たる鋭い刃先とまたも狙われた円山が催すのは『長い階段の一番上で前に向かって転びかける』身の毛の弥
立(よだ)ち、滑稽なほど状況に不釣合いな凡々とした感興を走馬灯が映して仕方ない。
 刀は、迫る。僚友の加勢はもう見込めない。犬も槍も盟主の押さえに回っているのだ。
0171永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:25:54.47ID:7MFCqHCA
(避ける!? それとも風船で防御!? いえ刀より盟主の方が私に近い!! だったら…………だったら!!)

「膨らます傍からあああああああああ! 当・て・続・け・るゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ!!!」

 ほとんど狂ったような表情で舌さえまろびだし絶叫する円山が選択したのは回避ではなく……連射。風船爆弾の、連射。
 決定的な破裂音の輪唱が轟く。みるみる小さくなる盟主に確実なヒットを確認し確信し撃ち続ける円山だが

(ばっ! それで怯んで斬撃をやめる盟主じゃないんだぞ!!)

 犬飼の唖然を肯定するようにメルスティーンは笑う。
 振りぬかれた大刀の奏でる死の颶風は確かに円山の正中線を……捉えた。

 決定的な静寂が、訪れた。あらゆる生気を失った中性的な麗人の短髪が風のはためきを失いダラリと垂れた。



 後世の歴史家は、いう。この緒戦最初で行われた自己犠牲的な連射こそ最善手、だったと。

『津村斗貴子に当たったバブルケイジはバルキリースカートをも縮ませた』

『ならば盟主が縮めば縮んだ分だけ縮む』

『彼が手にしている、武器形状ゆえに手にせざるを得ないワダチが、大刀が』

『縮むのさ』

 戦部の放擲に起始する円山の滑空は盟主にバックルをブチ当てた時点で緩衝され停止(とま)っている。
 緩やかに沈降を始める円山円のしなかやな体のほんの5mmほど先を白刃が通り過ぎ……破裂音と共に消滅した。

 生暖かい剣風1つ浴びるだけで済んだ無傷の円山が、なのにほとんど死人のような土気色になったのは無理なき話。

(ギ、ギリギリだった……! もっと縮むと思っていたのに、元が長いから、長いから……! ワダチがもう7mm長ければ)

 かすっただけの箇所がボコっと膨らみ、下から上めがけ赤黒く腫れていく。メルスティーンの斬撃、並みの衝撃では、ない。

(もう7mm長ければ……ほんのわずか掠め斬っていただけでも…………破壊衝撃がダムダム弾で…………死んでいた
…………!!)

 気象(きあがた)サップドーラーと合流する少し前の少女戦士が聞いた、風船爆弾の破裂を示す紙鉄砲のような音は、30
を超えていたという。1発あたり15cmを吹き飛ばすバブルケイジだから、身長およそ180cmの盟主に総て当たっていたと
すれば消滅は免れない。

 そう、普通ならば。

 当たってさえいたのであれば──…

 絶対に。


 大木に縫いとめられていた盟主の姿は、確かに、忽然と、消えていた。
 先ほどまで彼を縫いとめていた戦部の十文字槍は今、女物の服だけを古びた巨木のひび割れた表皮に磔刑している。
 根元にわだかまっているのはいかにも手触りがなめらかそうなスカート。


 遠方の虚空。

(まさか勝ち逃げをやらかしたのか…………?)
0172永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:26:21.57ID:7MFCqHCA
 漆黒の空間に浮かぶスクリーンで戦況を見た水星の幹部・ウィル=フォートレスは水銀色のうなじをビッシリ濡らしていた。
 アルビノの、少年だった。雪のような肌を持ち、やや神経質だが少女めいてもいる愛らしい顔立ちの中で燃えるような緋色
の唇を震わせている。

(マズい。メルスティーンはただ死ぬだけじゃ滅ばない。魂が閾識下のエネルギーの海に隠れ潜むだけだ……! 正体は
いま以って不明だが『そういう能力』を秘めている!! ぼくはそれを何度も見たし、苦しめられた!)

 この時系列は幾度となく繰り返された歴史の1つである。ウィルにとっては関与改変しうる最後の周(チャンス)。

(『インフィニティホープ』で数え切れないほど過去に飛びやり直し続けた目的はただ1つ! メルスティーンの完全消滅!
ただ死なせるだけでは奴の魂は武装錬金の根源たる閾識下の闘争本能(うなばら)に潜伏し……ボクが恋人を、勢号を、
蘇らせんとするたび妨害する……! マレフィックアース……総ての武装錬金を超常の攻撃力で底上げできる最強の魔人
と引き裂かれたボクに、復活させるための歴史改竄で新たな戦いを、破壊を、起こさせようと……する!!)

 愛しき少女と再会したいが一心で、通算2万年に届くループを続けてきたウィルであるが、小札零をホムンクルスにした
瞬間、改竄能力は失われた。『とある幼体』に隠されていた能力が小札のホムンクルス化と共に発動し、ウィルの要塞を
……破壊。過去への時間跳躍を不能とした。

(メルスティーンを完全消滅しうるのは覚醒した早坂秋水の『エネルギー吸収と放出』……なんだけど、マズい……。彼と
ブツかる前に、円山相手で死なれるのは……マズい! だがメルスティーンにすればそれこそが最善手……! ボクの
企みに乗らず緒戦で華々しく散りさえすれば、『勝ち逃げ』、今からの決戦など知らぬ存ぜぬでやり過ごし…………ボクの
最後の希望である早坂秋水が死んだ200年以上先の遥かな未来で勢号を再び殺すのを……待てばいいだけ……だから!)

 彼の力量であれば円山相手の即死も回避できると知り抜いているウィルであるが、破綻者が時に自滅的な打ち筋を選ぶ
のも知っているから顔色は桜づかない。

(どっちだ……!? 奴はまだ生きている……? それとも本当に、死んだ…………!?)


 戦場。

「アヒ アヒ」

 弾け損ねた幾つかの風船が漂って、鳴いている。衝突の勢い余って尻餅をついた麗人が、1人。

(ウ…………ソ…………)

 バブルケイジの炸裂の果て盟主が消滅したという事実に、円山は、一瞬だが……混乱。

(斃した?            本当に?                            私が功労賞
             私が盟主を……? やった            ジャイアントキリング
                               ありえない               勝ったわね戦団
   確認       意外に無敵ねバブルケイジ           消滅して服だけ   確定
       勝ったと思った瞬間が           呆気ないけど10年前とっくに負けてる奴 当然
   この戦いもうすぐ終わるからエステの予約        安心したときこそマズい  ギリギリを制したから 勝ち
                           確認
 私なんかが斃せる訳……                  特性さえハマれば勝つのが武装錬金……

                       確認                                              ) 


 歓喜と疑念が席巻する脳髄に真当な思考力を取り戻させたのは胃痛であった。
 神経性のものにも近いが古傷の色合いも濃い。先日、故あっての裂傷がようやく癒合したばかりの胃が警鐘を打ち鳴らす。
0173永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:28:21.83ID:7MFCqHCA
(あの子みたく……津村斗貴子みたく半端に身長が残っていたということだけは絶対ない! あの時があるからこそ今回は
端数分の身長で飛んでこられるのを警戒して監視した! 一発一発確実に当たるのを、しっかりと! 目視した!! 盟主
は槍に縫いとめられたまま縮んだ! 私は監視を怠らなかった! 彼が小さくなったせいで拘束から逃れていたならすぐに
気付いたし、最後2〜3cmになった盟主にさえバブルケイジは確かに当たった! 仕留めた……ようにしか、見えなかった
…………!)

 並みの幹部が斯様な顛末を迎えたのなら円山は油断できた。だがメルスティーン=ブレイドは盟主。

(共同体における最強はほとんどの場合……盟主! それともL・X・Eでいうヴィクターのような存在を隠しているとでもいう
のレティクルエレメンツは……? 今のが盟主のクローンだって可能性も…………!)
0174永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:28:39.29ID:7MFCqHCA
 戦闘開始前犬飼が「クローンが得意だっていうし、本物な訳が」と叫んだのを思い出す円山であったが、複製にしては
圧倒的すぎた威圧感がイエスをなかなか告げさせない。

(或いは他の幹部が密かに……助けた…………?)

「アヒ アヒ」

 風船はなおも鳴く。バックルで製造途中の者でさえ早めの産声を……あげている。

 遅疑に硬直する円山だが(固まってても仕方ないでしょ他の幹部が来ているかも知れないなら尚更)と己を鼓舞し立ち上がる。
どのみち盟主の生死などは戦団とレティクルが完全決着した後でなければ分からぬものなのだ。

(いま私が取るべき最善手は……死角への風船配置! メルスティーンがさっきまで居た位置は戦部が監視しているから……
私が注意すべきは死角!)
0175永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:28:57.17ID:7MFCqHCA
 盟主生存や幹部来訪が現実のものである場合、彼らの最尤は普通なにであろう。死角からの急襲ではないか。根来を
朋輩に持つ円山ならではの、亜空間をも織り込んだ四次元的発想の防備の始点はバックル、風船の製造装置である。

「アヒ アヒ」

 バックルに視線を移しゆく円山を聞きなれた声が撫でる。垂れた白目の風船が催促しているのを想像しながら方針を、
まとめる。

(ここから大量の風船を放出!! さすがにシルバースキンみたいな防御壁にはならないけど、機雷のごとく敵の接近を
知らせるぐらい──…)

「ふ」

 円山の視線はバックルの中の黒目と絡まった。
0176永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:29:13.45ID:7MFCqHCA
(え…………?)

(バブルケイジに、黒目…………?)

 鼻梁と眼窩の浮いた一個の風船が捩れながら円山の顔面めがけ極限まで伸びきったのと、その顔面が十文字槍に貫か
れ血しぶきを上げたのはほぼ同時であった。

「は……はい?」

 遅参する恐怖に血色を失くす円山の眼前で、戦部の野太い腕がしゅっと唸るや風船は射出装置から切除され吹き飛んだ。
巨人のコンドーム・サイズにまで伸びきった元は一個の風船爆弾が槍の傷口から空気を噴射したのだ。大気と踊る残骸を
喜悦の戦部、鋭く見据える。

「やはり斃れてはいなかったようだな……メルスティーン」
「ふ、ご名答」
0177永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:29:34.27ID:7MFCqHCA
 ぐるぐると螺旋軌道で同じ場所を巡りつつ小さくなっていく風船爆弾の声は確かにメルスティーンのそれであった。だが果たせる
かな、長身隻腕の肉体は少しも見えぬ。

「ど……どういうコトだよ戦部! まさか盟主の奴……身長を吹き飛ばされる直前咄嗟に、根来のような特性で風船の中へ
……逃げ込んだ!!?」
「根来? ふ、違うね。我が『特性合一』真の恐怖は…………ここからさ!!」
(解除!! 盟主がどう潜んでいるか分からないけど私さえ武装解除すれば炙りだせ「遅いよ」

 風船が弾け飛んだ瞬間、万物の循環が氷結した! 槍を突き出し踏み込みかけた戦部も、軍用犬を風船から離すべく
犬笛に口をつけた犬飼も、手元のバックルを幾何学的なパーツへ解体し始めていた円山も……そしてこの当時そろそろ
各幹部の襲撃を受け始めていた無数の戦士たちも……その総ての動きを静虚の時空に委ねた。

「ふ。究極の破壊、それは」
0178永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:29:54.77ID:7MFCqHCA
 破裂した風船の風圧が円山たちの居る一帯を駆け抜けた。風で髪がそよぐ中、手元で像を結んだ核鉄と、先ほどまで
コンドーム様の風船があった場所に佇むメルスティーンを見比べた円山は己が最善手に間違いがなかったと確信し、安堵
の息を深くつく。

「何かするつもりだったようだけど、解除のお蔭で阻止できたようね」

 胸板から弾けた血が頬にこびりつき、ネトっとした筋を垂らした。円山円は悲鳴すら上げることなく、安堵の笑みのまま
凄まじい音を立てて前方へ転がった。

 風船が弾け、万理の循環が渋滞した瞬間、飛び交う颶風は変貌した。白く輝く風の円弧が銀光りする肉厚の大刀となって
円山円を切り刻んだのを目撃出来た者はメルスティーン=ブレイド以外だれもいなかった。

「円山……?」
0179永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:30:19.55ID:7MFCqHCA
 犬飼は訳もわからぬといった様子で僚友を見ていたが、ほぼ死微笑の面頬の下に真紅の瀦(みずたまり)が絶望的な
速度で広がっていくのを認めた瞬間、森全体へ木霊する同口同音の電撃的な迸りは彼を円山に駆け寄らせる原動力と
相成った。

「メ! メルスティーンお前!! いったい何を……!!!」

 座り込んで円山を抱え、彼の核鉄を傷に当てる犬飼の咆哮に答えたのは戦部であった。

「今しがた奴が言った通りだろうさ。『特性合一』。バブルケイジに身長を吹き飛ばされた瞬間、その特性そのものと化した
のさコイツは」
「特性そのもの!? どういうコトだよそれ!!?」
「ふ。究極の破壊、それは合一。ぼくは10年前の敗北で悟った。『並みの抵抗では壊される』。ならどうすればいいか? 
簡単さ。ぼくはぼくを壊す特性そのものになってしまえばいいと。陽明学の死地の脱し方さ。万物の観念が幻想と考え、
天地と人間に差がないと認識し、己が全身を総ての循環が抵抗なく通過していくと考えれば、たとえ形而上においてぼく
の五体が千切り裂かれたとしても……破壊者の五爪にこびりつく破片のぼくからぼくは再生できるのさ」
「なっ…………」
 犬飼という卑屈げな青年の顔が歪んだのも無理はない。常人には計り知れぬ観念だ。
「まあ深く考えるな。要するにこいつは……2m足らずのこいつは、4m分の身長を確かに吹き飛ばされたにも関わらず、
再生し、反撃したということだ」
「そ、それぐらいお前の激戦にだって」
「どうだろうな。俺はバブルケイジで消滅したコトがないから分からん。ダメージであれば高速自動修復する激戦だが、身長
の吹き飛ばしは果たしてダメージと認識されるか、どうか」
 つまりワダチの修復能力は激戦以上……? 唖然とする犬飼に荒武者めいた記録保持者は太く笑う。
「メルスティーンの面白いところは再生ではなく反撃にある。合一を解除する際コイツは、自分が受けたダメージを斬撃に換
算して……返した。だから円山が倒れたのさ」
「っ! それじゃまるで例の鳩尾の敵対特性──…」
「あれより始末が悪いさ」。陣羽織姿の大男は肩を揺すった。「敵の武装錬金特性を反転させ相手にぶつける鳩尾でも、
その最中負わされたダメージぐらい素直に受け入れる。だが……メルスティーンは」
「総てそのままそっくり相手へと……返す。ついでにいうと鳩尾の敵対特性は相手の武装錬金によって威力が上下し、もの
によってはまったく無害の場合もあるが…………ぼくの特性合一は刀にて確実にダメージを返す。蓄積で、壊す」
(ふ、ふざけるな!)
 犬飼は歯噛みした。
(だ、だったらどう斃せっていうんだよ! 戦団最強を誇る火渡戦士長の五千百度の炎に合一したら……どうなる!? 斬撃
は火炎同化さえお構いなしに切り裂いてダメージを通すのか!? もしそうなってしまったら……

いったい誰がこいつを倒せるっていうんだよ……!?)

 戦部の眼光は寧ろ彩度を増す。

      解除                                       バブルケイジ
「円山が最善手を打ったにも関わらず斬撃が返ってきたのは、メルスティーンが武装錬金それ自体ではなく既に発動した
『特性』そのものと一体化していたせいだろう。いわば究極の後攻。身長を吹き飛ばされるという、確定済みの事象と合一
しそれを斬撃に転嫁した以上」
「武装解除しても手遅れだったという訳だ。鳩尾の敵対特性を浴びた武装錬金は、伝え聞く銀成の限りでは創造主(津村
斗貴子)の気絶に伴う武装解除と同時に鎮静したというが、ふ、ぼくの特性合一に斯様な宋襄の仁はないと思って頂こう。
当方を攻撃したという事実が存在する限りは……相手が矛を収めようが、死のうが、合一の斬撃は必ず返る。相手の破
壊を糧に……循環的斬撃で以って壊し返す!」
『昔』一戦交えたカウンター使いから学んだ知恵さ……悪びれもせず盟主は嗤う。
0180永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:30:45.72ID:7MFCqHCA
「ちなみにもし仮に時間系統の武装錬金で、ぼくが攻撃されたという事実を因果律ごと消し去った場合……特性合一は一応
キャンセルされるが、しかしぼく自身への攻撃もまた無かったコトにされる……。かといって特性合一という事象のみの消去
でぼくの落命を目論んだとしても無駄なコト。改竄という事象そのものに、ぼくとワダチはオートで合一し、復活し、反撃する
……!! 実証済みさ、ウィルや法衣の女でね」
(時間系統の武装錬金なんて聞いたコトもないが、ほぼ無敵なその能力でさえ解除できない……だと!?)
(シークレットトレイルや激戦、無銘と被る点のある特性合一だが、こと改竄能力への耐性は他の追随を許さない、か
 犬飼は驚愕するほかなく、戦部は冷静にただ考える。
「ふ。究極の破壊とは合一……。全を一にするなれば一を除く全の殻みな悉く毀(こわ)される……。人はね、なだらかな世
界を求める物だが、だったら外めがけ放った敵意は一毫も減少させず己が身に引き戻すべきじゃないか。それこそが循環
じゃないか。因果が巡り悪行が己に跳ね返るというのであれば、それこそが循環であるべきじゃないか」
(とにかく円山を連れて離だt……待て!)
 犬飼は気付く。
(メルスティーンが、自分の受けたダメージ総て相手に返せるっていうなら、じゃあ何で円山は原型を留めてる!? 風船
爆弾の、合計身長4mを消し飛ばすダメージを押し付けられたっていうなら、円山の体なんてとっくに消滅してる筈じゃ……)
「その点はまあ、戦部がねえ。庇いさえしなければ円山など粉にできたのだけれど」
 声でやっと犬飼は気付く。激戦が、十文字槍が、穂先から修復の煙を上げていることに。
「盟主の奥の手を暴くために円山をぶつけたからな。見殺しにしないのはせめてもの礼さ」
「その対応の速さ……お前!! 最初からこうなるって感づいてたのか!?」
「何を怒る? 敵が円山に狙いを絞ってきた以上、身長を吹き飛ばされた時の用心を備えていると見るのは当然だろう」
「……! あーくそおかしいと思うべきだった! 円山にトドメのような役割譲ってる時点で戦部らしくないって! だよなお前なら
最後の一撃は自分でって思うよな!!」
「がなるながなるな。一度は足止めを選んだ以上、遅かれ速かれ円山はこうなっていたさ。なら敵の奥の手を暴きつつも
致命傷だけは俺によって防がれる今のような退場が……『最善』だろうさ」
 どうせ決戦は始まったばかり、くたばらねば騙し騙し他の戦線へ加勢できるだろうしな……。それなりに戦団全体の戦略を
踏まえている配慮だが、当て馬にされた円山にとってはいい迷惑だろう。
 実際、犬飼も悪びれ一つない戦部に心底ゲンナリしたが
(だが他人のコイツが防げたってことは、特性合一で跳ね返るダメージは論理能力じゃなく……物理攻撃って訳か。鳩尾の、
奴が解除しない限り創造主を攻撃し続ける敵対特性よりは……論理能力よりは…………防ぎやすい……? いや違うな、
斬撃は恐らくメルスティーン自身の剣腕に基づいているだろうから、防人戦士長クラスの身体能力か、或いはヴィクター再殺
のとき共闘した早坂秋水並みの剣腕がないと対処できない……! ん? …………。待て待て。と、いうか、さっきこいつ、
槍で、木に……!)
 ふ、気付いたようだね。盟主は軟らかく笑う。
「そ。ぼくが無効化し返せるダメージはあくまで武装錬金特性に基づく物オンリー。シルバースキンを例に取ると二重拘束
(ダブルストレイト)で反射されるぼく自身のエネルギーは更に返せるが、防護服の硬さで覆われているだけの拳なら……
ふ、実は普通にダメージ追ってしまうよ、ぼく」
 ふ。笑う戦部が激戦を見たのは特性が攻撃向きではないからだ。
(……ッ! そうか! だから十文字槍で大木に縫いとめられたのか! あれは戦部本人の膂力の仕業であって特性の
埒外! だからメルスティーンは)
(あの一撃に特性合一を……使えなかった。つまり俺は仕留められる。レティクルの、盟主を……!)
 膨れ上がる戦意に感応し甘美な予想に片頬を緩める盟主は、続ける。
「かの津村斗貴子の処刑鎌も然りだねえ。高速機動で動いている限りは何度章印を刻まれようが復活できるが、手に持っ
ただけの鎌なら……。ふ。ちょっと貫かれるだけで絶息は免れない」
(弱点をバラしている……? ブラフか? それとも特性抜きの勝負なら持ち前の身体能力で勝てるという……自信?)
 10年前こいつが敗れた原因もそこにあるのさ、戦部は言う。
0181永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:31:09.39ID:7MFCqHCA
「当時は『特性破壊』だったが、弱点は変わらない。とある剣士との純粋剣技に敗れ去り、捕縛されたと聞いている」
「そう。ぼくが一番恐れるのは、彼とか、防人衛のような、武技だけを極めるタイプさ。ふ。昔いたミッドナイトって幹部も実の
ところ愉(こわ)くて愉(こわ)くて仕方なかったよ。母の仇を討ちたいだけの健気な少女が挑んでくるたび徹底的に壊したの
は、そうでもしなきゃこっちがやられていたからだ。このぼくでさえ加減できないほど彼女は……強かった」
(どうする? 喋っている間に……逃げるか?)
 己の非力と円山の重傷を踏まえた犬飼の検討もまた最善手であろう。伝令を全力で務め、戦部への加勢を一刻も早く
連れて来るのが、足の速い犬型自動人形を持つ組織人としての……最適解答。

 犬飼は決して馬鹿ではない。大言壮語こそ時々吐くが、それは理知ゆえに己の限界をいやというほど知っているからで
もある。一種の、鼓舞なのだ。限界を弁えているからこそ、『それはできない』と口にしてしまうと、本当に心から、何もかも
諦めてしまいそうだから、大口を叩いて自分を鼓舞しようとしている。
 代々続くハンドラーの名家の中にあって唯一本物の犬が苦手で、伝統のカリキュラムをこなせず落ち零れた青年だから、
自分にできないコトなど分かっている。メルスティーンという怪物相手に殺すと啖呵を切って残ったところで戦部の足を引く
だけだというのは……分かっている。
(けど……)
 拳は震える。逃げるコトはいま誰もが認める最善手だと分かっているのに、割り切れない。
(逃げて伝令さえやり仰せば確かに僕は叙勲される。敵のアジトを見つけた功ともども評される。でも……それで僕を見下して
きた奴を……本当に見返せるのか……? 『ヴィクターVに見逃された奴が今度は盟主に背を向けた』って笑われるだけじゃ
……ないのか…………?)
 かといって残留して戦うのは匹夫の勇。負けるのは確定。円山も手当てが遅れ死ぬだろう。万が一戦部までもが殲滅され
れば……犬飼倫太郎は一族最大の恥として…………存在そのものを抹消されかねない。

(でも、ヴィクターVは……ヴィクターと戦って…………勝ったんだぞ。地球を守るって意味では…………勝ったんだぞ)

 かつて戦団に甚大な被害を与えた魔人相手に、真向からブツかり……意思を、貫いた。
 月に追放しただけと軽んじる気分など犬飼にはない。戦団を、地球を、人々を、エナジードレインの災禍から守りたいという
激しい意思を達成するためヴィクター共々月に消えた『ヴィクターV』。

 化物にすぎないと思っていた彼でさえ、己より強い存在相手に、矜持を振るい戦い抜いたのに──…

(僕は……盟主を相手に…………逃げる、のか?)

「逃げていいんだよ。君の判断は、ふ、正しい」

 盟主は哂(わら)う。犬飼の葛藤など見透かしたように。

「先も述べた通り、ぼくは君を追撃したりはしない。円山も然りだ。本当は特性合一で完全殺害したかったが、初手からの
見事な読みで致命傷だけは防いだ戦部に免じて見過ごしてやろう。ふ、手合わせして確信したが『見逃す方が』……きっと、
もっと……」
(……?)
 快美にゾクゾクと震える中世的な顔立ちの真意を犬飼が掴んだのは、坂口照星救出がひと段落した後である。
「なぁに」。戦部の大きな掌が犬飼の頭を覆う。
「離脱も任務の一環。恥ではないさ。なんなら証言してやってもいい」
「証言……?」
「ああ。戦後、お前を怯惰と誹る輩が出たのなら、俺はお前がここまで浮かべた苦渋の総てを伝えてやるさ。ようやく芽生えた
当たり前の、強い者を見て戦いたがる本能に疼きながらも現状の力量を正しく踏まえ、極めて身の丈に合った戦術・戦略双
方に対する最善手を見事選んだと……必ずそう証言してやる」
 舌なめずりしながら盟主に近づいていく戦部に(情けというかギブアンドテイク、か。要するにサシでやりたいと……)と、親切
な様でいて自分勝手な有り様に犬飼はつくづくと肩を落とす。
「というか残留を考えかけてたのは、お前みたいな単純な欲求じゃないんだけど」
「同じコトさ。勝敗や評価がどうあれ、戦った方が手応えがあると、ヴィクターVでさえ成しえたコトを成せない方が恥であると
特性合一を見てなお考えられる時点でお前は俺と変わらんさ」
0182永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:31:34.58ID:7MFCqHCA
(コイツ……。俺の考え読みやがって……!)
 結果から言えば命の恩人で、であるが故に複雑なカズキへの感情を指摘された犬飼の頬がビキビキと波打つ。
「と、言うか……そろそろ合流地点へ連れてって欲しいんだけど……」
 か細い声に犬飼は「円山、気付いたのか……!?」と眼下を見る。しゃがんだまま抱え続けている彼の体温は流血が
減るにつれ低下の度合いを薄めていた。
「ふ。とはいえ縫合が必要な傷であるのは変わりない。この場に留まったところで大したサポートはできないよねえ」
(……確かに。出血が止まっているのは核鉄あらばこそだ。傷はうっすらと癒合し始めているが、激しく動けばまた開く。
剣術主体のメルスティーン相手にまた風船爆弾を展開して戦うのは…………無理だ)
(またさっきの不可解な攻撃がきたら…………死ぬでしょうね、今度こそ)
 だから2人で逃げたまえとメルスティーンは気軽に掌を左右に振る。
「いまからぼくは特性破壊の方も戦部に試したいんだ。内向きの高速自動修復相手じゃ特性合一は決め手にならないけど、
ワダチのいま1つの特性であれば結構可能性がある……からねえ」
「……! 併用できるの!? 原則1人1つの特性なのに……2つ!? その『合一』っていうのは、アナタの精神の成長
に伴い特性破壊が進化し形を変えたものじゃなく……別個の物……なの!?」
「何を驚くんだい? 動植物型のホムンクルスに武装錬金を使わせる無茶をやると存外結構出てくるケースさ。人間と動植
物型のような異なる精神が共存していると……ふ、例えばさっき話に出た鳩尾無銘のように、『兵馬俑』と『龕灯』のように、
まったく異なる2つの武装錬金を1体のホムンクルスが発動できるというパターンは、ある」
「ならば大刀が2つの特性を有していても不思議ではない、と」
 戦部の問いは言外で穿っている。『もう1つあるという貴様の精神は、『何』なのか』と。
「未来のぼく自身……といっても信じてはもらえないだろうねえ」
(何を言っているんだコイツは……?)
「なに、与太として聞き流してくれたまえよ。ただ君たちの記憶……ヴィクター再殺の頃の物は、結構、混濁しているんじゃ
ないかな? それこそ犬飼、奥多摩でヴィクターVと交戦していた頃を思い出してみたまえよ。円山や、早坂秋水と共に
ヴィクターと戦っていたような気が……しないかい?」
「何を馬鹿……な」
 言われた青年はハっと息を呑む。灰色の岩の目立つ島で、千歳や毒島とすら共闘していた記憶が幻妖なる鈴の音と共
に脳髄を刺す。
(こ、これはいつの、だ……? 違う……! 惑わされるな……! ヴィクターV再殺が中断された後の……バスターバロン
との回復の時間稼ぎの戦いの、筈……!! でも……、僕が早坂秋水と対面したのはその頃だったのか……? 巨大ヴィ
クターにバスターバロンが敗れる直前じゃ……なかったか?)
 円山も同様の覚えがあるらしく、困惑を浮かべる。
「ふ。仲間が、ウィルが、時間に対し結構な無茶をやってくれたからねえ。あるんだよ、別の歴史の記憶が、君たちに。歴史
がリスタートするたび消え損ねた記憶が蓄積している。いわば別系統の歴史の君たちの精神が……宿っているのさ」
「何が……いいたいの?」
「円山。君なら分かると思うがね? ここまで言えば、君なれば、ワダチが2種類の特性を宿すことが、有り得るのか、そうで
ないのか……ふ、実感できると思うがねぇ」
「…………」
 黙りこんだ円山に犬飼の疑念が向く。(何か、あるのか……? 円山だけが分かる、『何か』が……?)
「ともかく、まあ、さっさと伝令に行きたまえよ犬飼。ふ、君の戦略的価値は認めるが……戦術的には大して壊し甲斐もない」
 挑発でも、なんでもない、からっとした言い草に、犬飼の心理の古傷が……刺激された。

 かつて、犬飼にとっては人に害を成す化物に過ぎなかった者が、武装錬金を指定し、言った。

『コレは化物を斃すための力で……人を守る力』

 そして彼は犬飼を見逃し、命をつなぎ……去っていった。

(また僕は……見逃されるのか…………!!)

 飛びかかりたくなる激情を制止したのは水平に遮る十文字槍。

「白状するぞ犬飼。先の特性合一。俺は円山を無傷で守るつもりだった」
「…………な、に……」
「守れる、つもりだったのさ。どれほどの連撃が来ても総て捌けるよう俺は十二分に備えていたが……」
「ふ。想定以上だったから、円山は戦線離脱級の傷を負う羽目になったのさ」
0183永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:32:05.82ID:7MFCqHCA
 だから犬飼、君ごときが激昂して飛びかかってきても、即死だよ? と当たり前のように目を細めて立たずむ盟主。

(ク…………ソ……!! どいつもこいつも舐めやがって…………!)

 歯噛みするが、結局はもう、離脱しかない。戦団一の記録保持者の想定すら上回る攻撃を放てる盟主相手に踏みとどまっ
ても犬死するしかないと悟ってしまった犬飼は、頭を振り、盟主とは逆の方向へ歩き出す軍用犬の背中に円山を乗せる。

「ああそうそう。言うまでもないが、生きて合流地点へ辿り着きたくば止血は続けておいた方がいい」
「何を当たり前のことを──…」
「ふ。屈辱を与えた分のサービスなのだがねえ。ぼくは、『君の生存』もコミで忠告してあげてるのだけれど…………」
 不可解な文言。もちろん犬飼は無傷である。どこも、出血していない。
(なのに円山の止血が、僕をも……? あ)
 ぺとぺとと歩を進めるレイビーズの傍に、赤い雫が、落ちていく。
「ふ。そうさ、その通り。そろそろ『開演にして開園』……だからね!」
 メルスティーンの言葉と共に彼方から轟音が響いた。ぎょっとそちらを見た犬飼の網膜に、膨れ上がる巨大な火球が映った。
 円山は別の方角で雪崩と竜巻が並存するのを見た。戦部の鼓膜を劈いたのは亡者としか思えぬ不気味な呻き……。

(戦いが始まった!? 合流前に!? 火渡戦士長はともかく……慎重なサップドーラーが)
(いきなり大技って……。どうやら戦団、初手から劣勢みたいね……)

「戦士諸君は合流地点を必ず目指す。行きたまえ。呼びたまえ。せっかく生かしてやるのだから、ぼくを壊す手伝いぐらい
務めてみたまえよ犬飼」
「……戦部、証言の約束、必ず守れよ」
 開戦前、真当な『言葉』らしい言葉を投げかけてくれた戦部に不安げな一言だけを残して。

 犬飼は円山とともに軍用犬で……駆け始めた。

.

「ふ。やっと邪魔者が消えたねえ」
 片手を広げる盟主をしばし無言で見つめた戦部はゆるゆると槍を構えつつ、問う。
「宋襄の仁がないと言った割に……随分と甘いな」
「ん? ああ、彼らを逃がしたコトかい? ふ、まあ普段なら戯れに……7年前のネコの飼い主の如く壊してあげたかもだけど
10年前一度戦団に負けたぼくだからねえ、盟主なりの事後の策って奴さ」
 話が見えんな。苦笑しながらも飛びかかるコトはしない陣羽織の大男。雑味にしか思えぬ戦闘前の会話すら妙味と楽しむ
風流が彼にはある。
「ふ。端的に述べようか? 懐柔ならぬ壊柔……勧誘相手の心証を害したくなかったのさ」
「……フム?」
「何しろこれから決戦だ」。大刀を一振り瞑目する盟主を遠方からの喚声が通り過ぎた。
「幹部は最悪……全滅する。勝ったとしても何人かは確実に死ぬだろう。ぼくは一応盟主らしいからねえ。『次』と出くわした
ならダメもとで誘っておく義務ぐらいあるだろう。だから犬飼と円山を逃がしてやった」
 寛容だろ? 爽快でさえある笑みを湛えるメルスティーンに軽く片目を見開いた戦部は、不敵に笑う。
「生憎だが俺は戦士の方が水に合っていてな。犬飼にも話したコトだが人ならざる連中は人の身で葬ってこそ……」
「ホムンクルスにはならぬまま幹部の座に就く……ふ、珍しいが前例がない訳でもないよ?」
 だとしても断るさ。戦部は片腕を伸ばし槍の穂先で盟主を指す。
「俺は大戦士長とも戦いたくてな。何より貴様達がバスターバロンを抑えているのが気に喰わん。組む相手なら既に先約
済みでな。それに横槍を入れるような無粋な連中とつるむつもりなど毛頭ない」
「……? ああ、ヴィクターV武藤カズキのコトかい? 確かに『この先の歴史で月まで彼を迎えにいく』破壊男爵を坂口
照星ごと拘禁しているぼくらは……武藤カズキの帰還を阻んでいるぼくらは……ふ、まあ、憎いだろうね」
「憎悪で俺は戦わんさ」。足を摺り、距離を詰め始める戦部。
「俺が戦う理由は昂ぶるがため。貴様達レティクルは組むに値せんが……強くはある。しからば答えは1つだろう」
「……素晴らしい! その信念! その希求! その酔狂! 是非とも倒し同輩にしたくなった!!」

 無造作にくくった長い総髪をくゆらせながら、戦部は踏み込み、十文字槍を繰り出した。

.

..
0184永遠の扉垢版2018/03/11(日) 23:33:03.49ID:7MFCqHCA
「左腕のみで訓練……ですか?」

 聖サンジェルマン病院の地下で早坂秋水は片眉を顰めた。

「ええ。念のためよ」

 呟くのは瞑目する妙齢の女性……楯山千歳。故あって視力を奪われている戦士である。

「もしレティクルが銀成市(このまち)に再び現れた場合、私たちは苦しい戦いを強いられる。音楽隊との抗争が比較にならな
ほどの苦闘を……」
「だから俺も、常に五体満足で戦えるとは限らない……ですか?」
 その通りよ。頷く千歳を秋水は否定できない。彼女は木星の幹部の策略によって両目に武装錬金を打ち込まれ、仮とはい
え失明状態にあるのだ。だからその現状で戦えるよう訓練を施していた秋水だったが、今度は千歳の方から具申が来た。

「あなたの得意技は逆胴。右手一本で握った日本刀で相手の左胴を狙う必殺の一撃だけど、もし何らかの理由で右手が
使えなくなった場合、戦闘力は激減する」
「だから左腕でも……ですか?」
「ええ。決戦の土壇場で、ここまで頼り続けた一撃を喪失する衝撃は大きいの。それでも残った腕で、左腕で、戦う術を会得
しておきさえすれば、きっとそれは支えになる筈よ。レティクルは……強い。何が起きるか分からないから…………今のうち
にやれるコトはしておいた方がいいと……思うの」
 考えたコトもなかったという顔を秋水はした。
(……油断していたのかもな。総角を倒し、木星の幹部さえ出し抜けたから、今の俺なら常に万全の状態で戦えると無意識
にそう、思っていた。けど……そうだな。戦いは、何が起きるか、分からない)
 桜花を守れると思っていた頃のカズキとの戦いの顛末は、彼を背後から刺し、守るべき桜花に残酷な飛び火を浴びせる
苦いものだった。
「訓練の相手……お願い、できますか?」
 左腕一本で竹刀を握った秋水に、千歳は笑って、頷いた。

「あなたにはこれ以上、私みたいな後悔を重ねて欲しくないから……」

 なんとなく、秋水とまひろの約束に気付いているようで、それを守って欲しがっているようで、

(優しい女性(ひと)だな……)

 と美剣士は双眸を潤ませる。



 駆け始めて、わずかな頃。

「円山。あと20秒したらバブルケイジを発動できるか?」

 軍用犬に揺られる犬飼は、並走する朋輩に呼びかけた。

「え? できなくはないけど……血しぶきが地面に落ちたら他の幹部に追跡されない?」
「……分かっている。さっき盟主が止血を促したのは”それ”を言外で伝えるためだってのも含めて」
「…………。なのに止血をやめさせようとする以上、何か……あるのね?」
 ある。森の地面に容赦なく刻まれる軍用犬の足跡を溜息混じりに見ながら犬飼は告げる。

「予言する。不意の遭遇戦さえなければ、僕たちが次に出会う幹部は……決まっている。追ってくるのは──…」
0186永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:32:36.46ID:k2q8zgoN
第103話 「先遣隊、その顛末」

 5分が、過ぎた。

「特性破壊発動より五百余合……ふ、戦部、君は実によく破壊(たたか)った」

 血みどろの、されども優艶を極める金髪の盟主の前で陣羽織の巨体が地響きを立てて転がった。

 その体には、四肢がなかった。血溜まりのなか丸ごと転がっている太い右脚はまだ無事な方で、左に至っては特大のロー
ストハムでも切り分けて振舞ったようにそこかしこに散らばっていた。戦部の左斜め500m後方の木の幹に張り付いてそろ
そろ8匹のハエにたかられ始めているひしゃげてグシャグシャの肉塊は左腕の成れの果て。
 そして右腕は持ち主から20mは離れた茂みへとひゅらひゅらと旋転しながら落着し……十文字槍を取り落とした。

「高速自動修復を封じられてなお、手足を失いながらも……ふ、武技で遥か勝るぼくにこれほどの手傷を負わせるとは……
さすが現役戦士で最も多くのホムンクルスを壊した男…………」

 メルスティーンの見つめる彼の左掌には、親指と、薬指と、小指が、なかった。どれも彼の足元に散らばっていた。

「ふ。剣士から握りの要たる指を三本も奪うとは……。特性破壊という明らかな反則を持っていなければ……危なかったね」
「世の中にはホムンクルスと約束する、俺以上に酔狂な戦士がいるが」
 臥していた戦部の顔がもぞりとあがりメルスティーンを見る。陣羽織が皮のごとく固まるほどの出血量であるが、いかなる
心気的転換があるのか、その顔色はあたかも勝者のごとく溌剌としている。
「どうも貴様には……奴ほどの感興は涌かん。生かさば挑むぞ、何度でも」
「ふ。願ったりだね。斯様な深夜(ぜんれい)など既にある……」
 部下への勧誘を蹴って捨てる太い笑みを浮かべた戦部の頬が地に着き……彼は意識を失った。

 さぁて殺さぬよう止血でも……と戦部に近づき始めた盟主が振り返ったのは、背後で足音がしたからだ。

「ほう」。意外そうに目を丸くした金髪の剣士は笑う、にこやかに。

「これはまた、珍客……」

.

..

 各部隊合流のち、戦部たちの地点へ。
 という戦団統合本部の立案した坂口照星救出作戦第一段階は、苦しい始まりを見せている。

「臓物をブチ撒けろ!!」

 切り刻まれた無数の自動人形が弾け飛ぶ中、汗みずくの斗貴子はカハっと咳き込みうな垂れた。薄手のセーラー服が
水色に透けて見える姿態はかの中村剛太が居れば眼福と鼻の下を伸ばすだろうが、斗貴子本人は恥らう余裕すら今は
ない。

「幾ら何でも数が多すぎるぞ……! 冥王星の幹部の武装錬金……!」
「あはは。やっぱ早いとこ本体を叩かないとヤバいねー」

 斗貴子の背後でからりと笑うのは黒いタンクトップに迷彩柄の上着をくくりつけたベリーショートの女性・殺陣師盥。並み居る
人形をライオットシールドで着き壊し突き壊し進んでいく。

 斗貴子は、思う。

(最低でも猿渡級……強いものでは鷲尾級の自動人形が次から次にウジャウジャと……! これだけの自動人形、1体造る
だけでも相当のエネルギーが必要なのに、同時に大量にだぞ……? 創造主はどうやってこれだけのエネルギーを調達して
いるんだ?)

 パっと浮かぶのは『戦部の弁当』。全身を何度でも高速自動修復する厖大な量のエネルギーを、精神的発奮で補う前例は
確かにある。
0187永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:32:57.08ID:k2q8zgoN
(作り手は末席とはいえ幹部……! しかも属しているレティクルは動植物型にさえ武装錬金を使わせる技術力を有している)

 恐らく相当特別な技法があるのだと斗貴子は推測し、

(ならば付け入るメはそこにある! 直接対決の暁にはその特別な技法とやらから真先にぶっ潰し……うざったい増援を断つ!)

.

..

「ぬぇーぬぇっぬぇっ!! やっぱ面白いアニメを見るとテンション上がりますねこの上なく! 漫画でもラノベでも可!!」

 どこかで。テレビの前でおおはしゃぎする冴えないアラサー女子のの全身からぎらぎらと立ち上る虹色の陽炎が、すぐ傍の、m
ひとめで錬金術の産物と分かる装甲列車へ流れ込んでいく。窓から人影見えぬその列車であるが、車内で閃光が迸ると
大量の自動人形で満員となる。

「むーん。まさかサブカル興奮で補っているとはね……。すごい補充法……。30分身する私もびっくりだよ……」

 呆れたように汗を掻くムーンフェイスだが、

(だが単純なだけに破り辛いだろうね。これだけのはしゃぎようだ、たとえテレビや本を壊したところで記憶がある。クライマッ
クス君は蓄積したサブカルの思い出だけで、脳内再生のみで、自動人形を産み続ける……。何千体でも、何万体でも…………!)

 いろいろこじらせている元声優のオタ女子の歪んだ嗜好と笑い飛ばすには、彼女の自動人形は余りに武力を得すぎている。

(そして……地下空洞にザっと見20両編成以上の装甲列車をわざわざ控えさせている以上、レティクルの次の手は、多分)

 まあ、彼らがどこに行こうと私はそのおこぼれを狙うだけさ。指を弾く月顔の怪人はひたすらに機を伺う。地上を美しい月面
世界のようにできる日のため。



「とにかく後衛の火渡の介たちの掩護もあってだいぶ近づいたよ廃村!」

 右手に曲がりくねった屏風のような山肌が続く崖道をひた走る殺陣師が指さす左手から、やっとぼろぼろの家々が一望で
きた斗貴子は自動人形を斬り飛ばしつつも安堵の吐息をついた。

(通称・旧村。明治時代、反政府勢力に占領されていた忌まわしさゆえに打ち捨てられて久しい廃墟。だからこそこの山の
多い地帯において、私たちや音楽隊を含む68人の戦士を収容できると見込まれ指定された『合流地点』)

 元が村だっただけに、いわゆる衢地(くち)である。四方八方から道が来ているというのも、各地から直接集う戦士たちの
寄り合い場に選ばれた理由である。

(だがあと少しで目的地という時が一番マズい!! 何しろ……『崖の棚』だからなココは)

 右手には高く聳える急勾配。左手には20m超の奈落。

(私が冥王星の幹部ならここで仕掛ける! 崖上から岩1つ落とすだけでも行軍を阻める絶好の地形! 利用しない筈がない!)

 斗貴子が警戒の度合いを高めたのと、頭上からの巨大な質量の気配を感じたのは同時である。

 細かな岩の破片がぱらからと落ちるのに引きずられるよう崖肌をバウンドして落ちてくる巨岩に迷いなく跳躍した斗貴子は──…

 雄渾なる斬撃の線(すじ)を無造作に4つ描き、膝立ちで着地。背後8mの中空で四等分された岩はピシピシと入った亀裂によって
自壊し、崩れながら崖下へ。

 ほーと殺陣師は感服するが(呆気なさすぎる……。囮、か?)と斗貴子は残心の構えで周囲を見渡す。

 激しい気配を伴う颶風が俄かに飛び込んできたのは、その時だ。足元の、崖の際に指がかかったと見た瞬間、
0188永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:33:45.13ID:k2q8zgoN
(……! この気配!! 今までの自動人形より…………強い!!)

 切歯した斗貴子は最高速の斬撃を全身に発令! 疲労など忘れ去っていた。それほどの気配だった。

「ちょちょちょ! あた、あたしだから!! 怖いのやめてよ頼むから!!!」

 第一撃を蹴った反動で距離を取り、崖道に着地した栴檀香美は「ふーっ! ふーっ!」と尾を逆立てながら「あ、あんた!!
あたしニガテな高いとこのぼりきったばっかじゃん! なな、なんでそんな怖いコトしようとすんのよ!!」と妖怪絵巻の化け猫
のような細い瞳孔でびしばし指さし抗議する。
0189永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:34:06.60ID:k2q8zgoN
「なんだお前たちか……。よく幹部に殺されずに済んだな……」
『ははっ! ぼ、僕らがホムンクルスだから、つれないなあ! これでも結構大変な目に遭ってたんだぞ!?』
「おー。山岳戦闘ではお馴染み白田の介の階段かー。ブロック積む城大工の武装錬金、相変わらずの応用性ですナー」
 崖下を覗いた殺陣師は目を細め喉を鳴らした。コンバットスーツ姿の男女が7人、空中階段を登ってくるところだった。
「チーム天辺星か」。無感動に呟いた斗貴子に「あんたこいつら知ってんの?」と香美は聞くが、名前を知っているだけで
親しくはと頭を振られる。
「うー! 奏定! 津村斗貴子がアタシ馬鹿にしてるチョーチョー馬鹿にしてる! 撃破数50位ぐらいが7位のアタシをチョー
チョー馬鹿にしてくるーー!!」
 崖道に乗った金髪サイドポニーの少女──天辺星さま──がきゃんきゃんと鳴いた瞬間である。斗貴子たちのもと来た
道で大爆発が起こったのは。
「ふぎゃにああああ!!? なにこれなにこれチョーチョー敵襲!! ふあああ! アタっ、アタシの可愛い部下たちに手出し
なんかさせないんだからあああ!!! 奏定だって守るんだからああ!!」
 剣を抜き、騒ぐ天辺星さま。
「落ち着いて天辺星さま。むしろ味方というか……ああでも、敵かなあ、やっぱ」
0190永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:34:24.71ID:k2q8zgoN
 歯切れ悪く答えるコートの青年の前に、サンドブラウンの土煙ぬって現れたのは──…

「ケッ。ようやく合流できたと思ったら、一番使えねえ記録保持者(レコードホルダー)ときてる」

 火渡赤馬である。

『え!? 7位だったらかなり強いんじゃないの!? 火渡戦士長ですら12位……なんだよな!?』
「トドメを部下から譲られているからだ」。斗貴子は盛大に溜息をついた。
「『集約型』。記録保持者に時々いるタイプで……ほとんど部隊のリーダー……だな。自分にホムンクルスの撃破数を集中
させてランクアップするんだ。まあそんな欲目は実戦においてまず命取りだから、代表者(じぶん)の人柄とかチームワーク
などの部隊全体の質が相当高くない限り、上位へ行く前かならず死ぬ、から……」
『そういう意味では天辺星さま率いる人たちは弱くない、と!!』
 その通りです。ガスマスクのチューブから推力吹く毒島が遅れて飛んできたのは、先ほどの爆発の鎮火をしていたせい
である。
「ただ戦士・戦部のような1人で戦うタイプが面白がらないのも事実ではありますね」
「だからあんた怒ってるじゃん? 片しっぽにぬかれて、怒ってんじゃん?」
 ふへへと笑いながら火渡にジャレつく香美。「きみ、怖いもの知らずだね」。コートの青年・奏定の顔が引き攣った
0191永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:34:47.50ID:k2q8zgoN
「え! 火渡怖がらないと奏定にチョーチョー感心されるんだ! だ、だったらアタシも逆らう!! あ、あんたなんか、12
位なんか、怖くないんだから!! ばーかばーか!!」
「あ?」
 凶残の皺が犬歯剥き出しの火渡をドス黒く彩った。
「こわくなんかーー!」
 墨を吸ったようなタンブルウィードを眼窩に嵌めこんだ天辺星さまはボロボロ涙を零しながらヒヨコ口で剣を振る。

【まったくこのあたくしを武器としておきながら斯様な侮りを受けるとは……信じられませんわ】

 剣に金髪ツインテールの少女が映った瞬間、「会話可能な武装錬金……だったのか?」と斗貴子はチーム天辺星の面々に
意外そうに問いかけたが「いや私たちもついさっき知ったばかりで」という気のない返事。

『えと、その、複雑なんだけど、このコはミッドナイトって言って、元レティクルの幹部だけど一時期僕たちの仲間でもあって』
「いい! そういうややこしそうな話は合流してからだ! というかいい加減キミたち喋ってないで走れ! 村へ!」

 マジメだなあ。チーム天辺星の雰囲気は、ユルい。

【まあでも津村斗貴子と火渡赤馬に合流できたなら憎きメルスティーンに辿り着くまえ死ぬというコトはもう──…】
0192永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:35:11.98ID:k2q8zgoN
 片目を閉じて一座を見回していた剣身の幻影少女が、突如として、凍りついた。

(えッ!! えええ!? ええええええーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!)

 しぃ。どういう訳か、殺陣師盥はウィンクしながら唇に指を当てた。

「どうしたのよリウシン。急に黙って」

【い、いえ! ありませんわ、ななっなんでもありませんわ……!!】

「というかいつまでハシャいでんでたテメぇら! さっさと合流地点へ行くぞ!!」

 火渡の一喝で走り始める戦士たち。だがミッドナイトの震えはリウシンという中国剣に伝わり続けた。

(ああ、ありえませんわ。ど、どうして『あの方が』ココに!? てかこれじゃ、これじゃ……

色んな戦いの前提が…………根底から覆されちゃいますわーーー!!)

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 犬飼倫太郎は武藤カズキを憎んでいる。再殺などもうとっくに終わった出来事なのに、いまだに旧称であるヴィクターVで
認識し、引き攣った感情の火の手の眼鏡で眺めている。

 妬みも、ある。

 再殺の流れの中、彼どころかその随伴の新米戦士の機転によって逆転され重傷を負った犬飼は、一度は潔く敗死を選ぼ
うとした。だが『ヴィクターV』の慈悲によって命をつなぐ手段を得てしまった。取り上げられていた犬飼の核鉄が、止血の手段
が、緊急手術が必要なほど夥しく出血する青年に……あろうことかターゲットである『ヴィクターV』の手によって返されたのだ。

 劣等感ゆえのプライドを鎧(よろ)わずには居られない人種は確かにいて、慈悲は罵詈より屈辱だ。優しさを哀れみとしか
解釈できなかった犬飼は、言った。

──「負け犬扱いされるくれいなら、死んだ方がマシだ!」

 だが『ヴィクターV』は言った。犬飼にとっては人に害を成す化物に過ぎなかった彼が、武装錬金を指定し、言った。

『コレは化物を斃すための力で……人を守る力』

だと。

 脆弱な誇負持つ者にとって『下』からの説教ほど憎態なものもない。激しい出血のなか犬飼が核鉄を手にしたのは、敗死を
やめたのは、ひとえに復讐のためだった。いつか『ヴィクターV』を斃し溜飲を下げるのだと……涙ながら今生に留まった。

 形式だけ見れば『ヴィクターV』は犬飼を心身から救った恩人だ。恩人が、自分には出来ない偉業を、ヴィクター追放を
成したのならば、常人は祝し、救われた命を恩義のため正しく使おうと決意する。

 奇兵の裡に眠る、ごく普通の劣等感に悩む青年の……『常人』の部位は『ヴィクターV』を思うたび疼く。犬飼本人は認め
たくないが、拾われた命をどう使うかという点を……悩ませる。
0193永遠の扉垢版2018/03/17(土) 21:35:35.99ID:k2q8zgoN
(仮にアイツが月から帰って来たとして、僕が今さらアイツを斃して、それで……どうなる? 白い核鉄のプロジェクトは戦団
でだって始まってるんだぞ。ヴィクターを月に追放し最早人類に対し害意なしと証明された『ヴィクターV』を僕が斃して……
周囲(まわり)は見事と……認める、か?)

 そこを考えると、復讐の気炎は弱まってしまう。火渡なら、7年前があるからこそ才能の証明に未練を持つ火渡であるなら
殺害そのものが実力の証明だとばかり邁進するだろう。が、犬飼は劣等感ゆえに承認を求めている。ヴィクターV殺害という
難事業を果たせたとしても、それが成せた自分という事実そのものには満足できず、人に、誰かに、認められて喝采されねば
自分を肯定できない弱さを……持っている。

 ではどうすれば、いい? ……などという葛藤から納得ゆく結論を導けた人間など結局のところ居はしない。そも葛藤とは
「どうすればやり抜けるか」ではなく「どうすればやらずに済むか」を考える作業ではないか。正答などとっくに見えているのに、
実現に欠かせぬ作業から湧き上がる、辛さや、面子へのダメージに、耐えられそうにないから、周囲に責められず嘲られず
で鮮やかにひける、それでいて正答以上の成果を一粒の汗も流さず得られる魔法のような手段を求めては、そんな馬鹿げた
うまい話が許される訳もないこの世の法理に頭を抱えるだけの、無為な作業ではないか。

 犬飼は結局、自分がどうすれば納得できるか分かっている。だがそれをやってしまうと、屈辱を与えてきたヴィクターVを
肯定するほかなくなってしまうから、だからあれこれと理屈をつけて……渋っている。

(アイツですら…………ヴィクターから地球を救えたのに。戦団総がかりでどうにもできなかったヴィクターを………………
追放、できたのに……)

 ヴィクターVを怪物と蔑んでいる自分が、その実なにも果たせていない割り切れなさを犬飼はヴィクターVが……武藤カ
ズキが月に消えてからずっとずっと……抱えている。

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..

 木星の幹部・イオイソゴ=キシャクはかねてより捜していたメルスティーンに追いついた後、それまで同伴していた金星
(グレイズィング)を彼のもとに残し、単身追撃に移っていた。
 追うべきはむろん犬飼倫太郎と円山円である。

(ひひっ。奴等は精強きわまる戦士どもを盟主様のもとへ呼び込む伝令……。ゆえに本隊との合流は絶対阻止! 集結の
地に駆け込ませるなどあってはならん!)

 主君はむしろ増援を望んでいるのは当然知っているイオイソゴだが、家臣の常、ゆるしてはならぬと考える。

(一見無敵な特性合一なれど一芸きわまる武辺者厖(いりま)じる乱戦となれば事故の可能性は、出る! そも盟主様ご
本人が自壊を求められておるのじゃ! 戦士どもにいま所在を掴まれてはならん。限局とはいえ死びとさえ黄泉がえらせ
るぐれいじんぐをつけたが故、姑(しば)らくは息災と思うが、一度あじとを出奔なされた身、連れ帰るまで相当の時間がか
かるじゃろう! よって所在を掴まれる訳にはいかん掴ませる訳にはいかん……!)

 イオイソゴとは、見た目7〜8歳の少女である。すみれ色のポニーテールの根元に、フェレットの飾りのついたかんざしを
差している愛らしい顔立ちの、黒ブレザーの少女である。人前ではとかくころころとよく笑う無垢な性分だが、そのじつ600
年近く生きている老獪な忍びであり、坂口照星救出に先駆けて行われた銀成市における戦士とレティクルの小競り合いで
は、津村斗貴子と早坂秋水にほぼ同格のホムンクルス2体(3人)を加えた一個小隊をたった1人で手玉に取り、一時は
あわや壊滅というところまで追い込んだ。

 そんな彼女だから、盟主どの合流直後すぐ、犬飼たちの存在と目論みと足取りに気付き、間髪居れず追跡に移った。

(きらーれいびーずに乗って逃げたようじゃが無駄なこと! 四足の武装錬金で森をば駆ければ──…)

 足跡は、残る。あとはそれを辿るだけだった。

 既に5分ずっと木々の間を茫洋たる鴉のような残影で飛びまわっているイオイソゴの速度は、速い。身体能力の結果では
ない。武装錬金の特性ゆえだ。

(加速)
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