<続き>
堀江 鶴田さんの場合、70年代、80年代のアメリカマットにいてもデカかったわけですもんね。
武藤 だから究極のエリートだよな。俺なんかも皆からエリート、エリートって言われるけど、俺はそんなエリートじゃない。
    俺は打たれたりいろいろしている。スペース・ローンウルフで帰ってきたときも散々だったしな。
    でも、鶴田さんはきっとぜんぜん打たれていないよ。たぶん打ちようがなかった。
    あそこまで打たれないで、ずっとエースでトップだった人はいないよ。長州さんだって誰だって、みんな打たれているんだよ。

堀江 だから鶴田さんはゴリゴリの保守本流で、鶴田さんなくして、全日本はなかったかもしれないですね。
武藤 そうだね。そして「プロレスラーとは何ぞや」という定義があるとしたら、その理想像に一番近いのがジャンボ鶴田なんじゃねえかな。
堀江 デカくて動けて、誰とでも試合ができて。
武藤 世界のどこに行っても引けをとらないレスラーだからな。
堀江 84年にAWAの世界チャンピオンになったとき、ちゃんと王者として何ヶ月かアメリカをサーキットしていますからね。
    そういう人もなかなかいないですよね。
武藤 人気があるかないかは別として、試合もきっとうまかったと思うよ。そういうサイコロジーが、アメリカでも通用するものがあったんだろうし。
堀江 日本デビュー前にテキサスのアマリロで修行して、デビュー2ヵ月で、ドリー・ファンク・ジュニアとNWAのタイトルマッチをやってるくらいですからね。
武藤 ほんと究極のエリートだよ。きっと敷かれたレールっていうのがあるんだけど、そのレールから本当にはみ出さず乗り切った人だよな。
堀江 その敷かれたレールは、ずっとメインイベントなわけですしね。
武藤 辞め方だってズルズルしてねえじゃん。病気になってからは別として、最後まで強い鶴田で終わったと思うよ。
    晩年とかそういのがない気がするな。〜
***** 引用おわり *****