九一年末にソ連は崩壊。新生ロシアとの間を行き来しながら、日本のプロレスへの参戦は六年間続いた。最後は一試合五万ドル(約五百万円)の提示をされるほど、評価を受けた。しかし、体の酷使に限界を感じ、レスラー生活に区切りをつけた。
その後、思わぬ形で脚光を浴びる。九〇年代に発売された日本の格闘ゲーム「ストリートファイターII」のキャラクターに、ソ連出身のレスラー「ザンギエフ」が登場。
ゲームは世界的な人気となり、「日本のプロレスに行ったおかげで、どの国でも俺の名前を知ってくれている。そういう意味じゃ良かったかな」と笑う。

 長州選手や藤波辰爾選手ら、三十年前、ザンギエフさんと同じリングに上がった中にも、まだ現役を続けている日本人選手がいる。
それを伝えると、「俺も毎日トレーニングしているし、体形は維持している。日本に呼んでくれれば、いつだって闘える準備はできてるよ」と力こぶをつくった。