中堅以下選手、一瞬の輝き!確かにあの時のあなたは…
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マニアックかもしれないけど、俺はカッコ良いと思ったよ、というエピソードをまったり懐かしみましょう。
批判はあくまで柔らか目に。
基本的に甘甘なハードル設定で、よろしくお願い致します。 A浜口vsJ鶴田の浜口は試合も、マイクも、全てにおいてカッコ良かった。 89年2月の後楽園、百田がマイティの世界ジュニア王座に挑戦
プロレス会場であの試合ほど一体感を感じたことはない
マイティがちょっとヒールぽいムーブもみせたりして
ただの前座試合のはずなのにお膳立て次第でレスラーはここまで輝くものなのか、と痛感した 全日本ブライアン・ダイエット推し
田上との武道館シングルやったりしたけど結局ハネなかった >>4
どうなんでしょう。
保永選手は伏兵ではありましたが、トップクラスだったのでは? ヨシタツがレッスルマニアのバトルロイヤルで優勝したとき 飯塚は正月のドームだけでなく、4月のドームでも村上にシングルで勝ったし
年末のタッグリーグでも優勝して川田とタッグで対戦したり
2000年全体で活躍していた印象が強い。
カッコいいTシャツも作られたのに
長井の顔面キックで長期欠場になったのが痛かった。
オックスベイカーみたいになったのには驚いたよ。 あ!
オールドファンは小鉄vsゴリラ・モンスーンを想い出すのかな。 栗栖は85年の勝田大会メインの鶴田、天龍、石川対長州、谷津、栗栖を思い出す マシンから平田に戻った時の「こんなしょっぱい試合ですみません!」 バッドラックファレがオカダのIWGPに挑戦した去年のどんたくシリーズが好きだ
大物食いは得意でも試合内容は微妙だったファレが、NJCで好試合を続けて見事準優勝、両国で柴田オカダ激闘後の襲撃、前哨戦では掟破りのツームストン連発、そしてどんたくでファレとしてはベスト級の好試合を展開し、城ホールのケニー戦へと物語をつないだ
スピード、返し技、スタミナ。現代レスラーに求められる全てを顧みず、業界最大級の肉体と必殺のバッドラックフォールのみを磨き抜いた男。結果として不遇をかこち、今年もドーム出場選手に選ばれなかった怪物バッドラックファレ
だけどNJCからどんたくまでの二ヶ月あまりはあの巨体が不思議と軽やかに映ったよ 井上 雅央
2006年4月、武道館のメインで
秋山のGHCに挑戦。 プライドに抜かれる前のパンクラス美濃輪vs84年頃の小杉俊二 >>7
保永は中堅ではないね。
ジュニアだし、ジュニア内では間違いなくトップクラスだったからな。
ライガーが欠場してた時期なんて大谷達の壁になってたしさ。 勝ちおじ政権くらいのノア全盛期に王座挑戦した中堅レスラーたちだな 高木功が橋本真也の三冠に挑むまでの流れ。
チャンカンで武藤を倒したりして勢いがあった。
なお本番の三冠戦は 飯塚と豊田が…
と聞いたとき。
やるじゃん、みたいな。 仲野信市
WARでの天龍とのシングルと試合後のマイク 泉田さんは宝島が凄かったな。
久しぶりのインパクトだった。 真っ先に浮かんだのが大森さんがGTのメインで棚橋に勝った時。 >>20
本田多聞と回転地獄五輪には夢があったよ
この技があればいくらでも強設定できるし
どこからでも3つとれる強いクイックレスラーという新しいタイプが産まれそうだったのに G馬場一周忌後楽園ホールで泉田対川田のシングル
ついてけなかったけど泉田頑張った >>32
ドームで藤波久々のドラゴンロケット解禁の餌食になってたなw 荒谷が体を絞って、
ハイバレー(みのるの逆落としみたいなやつ)を必殺技にしだした時は、
なんか自分のことのように嬉しかったんだが、
ホントに一瞬だったな。 菊地と渕の世界戦は菊地が切なく輝いていた。
何で勝てないんだ?
渕が強いとも言えるんだけど、それだけじゃない何かが切なかった。
でもそれが強い印象になっているんだから、悪くないのか。 菊地は鶴田とか渕にボコボコにされていた時が一番輝いていたね…旬を過ぎてからチャンピオンになったけど話題にならず…せつないなぁ… 馬場が負けたときのラッシャーは輝いてたぞ
龍艦砲相手によくやったよな 力道山のなんかの興業で丸藤KENTA組に挑戦した百田菊地組 ボーンソルジャー直前のキャプテン
「さあ、もうヒーローごっこは終わりだよ。ヨシ、君に30秒、いや、1分あげよう。私からテイクダウンを取れるか? そしてTwitterで私にいろいろメッセージをくれた人たち、もう最弱とは言わせないぞ」
これ程までにかっこよく期待させるコメントを未だかつて聞いたことがない >>40
「ベテラン奮起」とかだな
馬場が三沢川田小橋相手に大奮闘したときとかの方が近い
カブキが殺人魚雷コンビから世界タッグとったときとかも 中堅以下が輝いたというなら、実は噛ませ犬発言も、と思ったが
全然一瞬の輝きではなかった 札幌のテロリストとか、本当に上手く行っちゃったやつはダメなんだな
かといって完全にズンドコでもダメ
「一瞬だけ」「輝いて」いなくちゃいけないとか、結構むずかしいお題だなこれ >>44
小林邦の噛ませ犬発言ならあり、かも(笑)
邦はジュニアではトップだったんだけどね。
>>45
藤原はテロリストとしては、一瞬じゃない?
間接技の鬼としてのブレイクは、別だったわけで。 第5回IWAワールドシリーズ予選
寺西勇(逆さ押さえ込み)ストロング小林
IWA世界王者のエース小林が予選落ちでラッシー木村が優勝 近年のWWEだとヒーススレーターのドラフト外からタッグ王座獲得は中堅の狂い咲きと呼べるのだろうか
凋落したとは言えその前にもNEXUS等でタッグ王座取ってたしユニット色々やってたし…… いつかの全日後楽園ホール大会の6人タッグで、
浅子が川田にケンカ売ったけど、ボコボコにされたのとかは?
それまであまり自己主張のなかった浅子が珍しく感じた。 ススムさんが信悟からドリーム取った時
「初防衛戦だし相手はススムだし無難に…とか思ってた人多いでしょ
横須賀ススムを舐めんじゃねえ」
いい意味でファンを裏切った棚橋vs中西パターン 今年のBOSJでヒロムと試合したときのデスペラード >>52
別にそんなに強烈なインパクトだったわけでもなく
なおかつあの時の流れを地味に持続させてると思うんだが >>43
俺の中でカブキは中堅なのでOK。
勝たなくても未来は明るいという意味なら、タイガー&仲野はよさげだったな。 武藤vsバズ・ソイヤーを視た時、ソイヤーは来る、と思ったんだが… 馳が当時もう少し太かったらバズとバックの取り合いごっこやらせたかった。
普通にやればバズの足元にも及ばないがバックが高見の穴だったらもしもがあったかも。
つか、馳はバズが来た1年後くらいのデビューだったかの 新山千春の旦那だな。チャンコ屋修行で相撲でシメられてたけど
店は繁盛してるのかな。 将軍KY若松
レスラーとして両国国技館のメイン出場 >>62
体が硬すぎるせいでレスラーとしての評価は国際プロレス関係者からも
散々だけど、超真面目だから裏方としての評価は高いんだよね 1984年8月、新日後楽園ホール
若松と乱入したストロングマシンのタックルでぶっ飛ばされた小杉と新倉。
その後、マシンvs小杉、新倉は組まれたか? 天龍対イワンコロフ戦、入場時に乱入した高木功、こいつは絶対くる、はずだった >>59
馳は、スタイナー兄弟とスポーツライクに交わったし、ベルコビッチともマジなエキジビション、したのでは?
それとも狂気・喧嘩テイストとの化学反応が見たかった? 北原光騎の輝いた瞬間って?
個人的にはシューティング時代の裏話の中、なんですけどね。 1982年、大仁田のNWAインターJr.挑戦が決まっていてたウルトラセブンだが、
ミスター林の高速カウントで、若手の越中詩郎>ウルトラセブン。
その後、越中は三沢とメキシコに行き、三沢は数ヶ月でタイガーマスクで帰国し、越中は島流しに遭う。 トミーリッチってハンセンと組んでタッグ王座に挑戦してなかった? 1981年6月24日の蔵前でのワープロで放映されたクロネコvs藤波
猪木&谷津vsハンセン&ブッチャー、キラーカーンvs戸口、長州vs健吾、タイガーマスクvsビジャノ3の前で
クロネコが戸口戦が流れた藤波とシングルやってブレーンバスター1発でピン負け。
メキシコからの留学のため、当時はクロネコ>前田だった。 クロネコが輝いた瞬間って高田をフライングボディーシザースで、圧殺した時かな? 中野龍雄のベイダー戦
あの時だけ何故週プロはプッシュしたんだ? Uインター参戦の初戦だからじゃないの
博多男って名付けたのも週プロだし 昔、青柳館長が佐竹とやったよね。オープン空手か何かで。
内容覚えてないけど全く何も出来ず完封負けだったかな。 中堅ではないけど中西が棚橋からタイトル奪取した試合は館内大盛り上がりとなり泣いているファンも見られた NWOやT-2000のジョバーだったマイケル・ウォールストリートが
元子全日でウィリアムスと最強タッグで優勝した時嬉しかった 小川良成の四の字ジャックナイフで秋山からピンフォール勝ちしてから三沢のパートナーになるまでの流れは良かった。
負けたけど秋山とのシングルマッチもよかった。
その後あまりにも長く三沢と組みすぎたかな。 格闘技系
中迫 vs マーク・ハント
三崎 vs ヌルヌル秋山
澤屋敷 vs ジェロム・レ・バンナ
高橋義生 vs ヴァリッジ・イズマイウ
グロム・ザザ vs ヒカルド・モラエス
マイケル・マクドナルド vs ミルコ
パトリック・スミス vs アンディ・フグ
ニコラス・ペタス vs 武蔵 アレクサンダー大塚がマルコ・ファスに勝った時。
直後の両国でウォリアーズに秒殺負け、石川雄規にシングルで負け。 97年の夏にスーパージュニア優勝とIWGPジュニアを取った時のエルサムライ 永源遙
健吾と組んでマイティ井上、アニマル浜口を押しまくり、健吾のプランチャーで浜口を失神KO.
その後、干された健吾の代替のストロング小林と組んでIWA世界タッグ奪取。 馬場さんが亡くなって一発目の興行(ファン感)での志賀。
6人タッグ1DAYトーナメント一回戦で場外喉輪でボロボロ→決勝で柿原を丸め込み激勝→場内爆発
赤パンを履いていた意味が最高値に達した日だった。
あと一瞬ではないけど、渕の新日初登場はプロレス史に燦然と輝く珠玉のアジテーションだった そういやジョージハインズが異常に人気あった頃もあったな 全日本は意外と中堅外国人人気、高くないか?
リチャード・スリンガーとか、カンナム・エキスプレスとか。 すぐにやられ役になっちゃったけど、T2000で出始めのAKIRAが超かっこよかった
この後プロレスみなくなっちゃったけど結構活躍してたのかな? AKIRA(野上)が仮面ライダークウガでゲスト出演した際に
特撮ヲタのライガーが突然グロンギ語(作中の架空言語)で話しかけて困惑していた >>95
レスラーとしてもジュニアだけど一応チャンピョンになってるし十分成功してるほうか >>97
JJジャックスも受け入れていた方だし、つくづく初期の橋本戦による怪我欠場が惜しい 全女時代の吉田はいい感じで応援したくなる中堅だったな。 ウルフ・ホークフィールドって、結局ブレイクしたの?
スミスの方が目立っていたような。 もう一人、鉄拳のキャラでリアルデビュー、いなかった? >>103
ブレイクしきれなかったのはセガだからというのもあるが、
ムシキング・テリー、ブリザード・yuki、タイガーマスクWとか
キャラクターの実写化は、いろいろ足枷があるから相性悪いんだろうね。
ライガーもアニメ無視して独自路線進んだし ジミー・ジャック・ファンクはいい線行くと思っていたんだが。
単に名前が気に入ってだけとは思いたくない。 百田の世界ジュニア挑戦一回目がやはりベストかな、会場の盛り上がりも半端
じゃなかったし、冷静に考えればただの前座試合なんだけどあれこそ正に一瞬の
イリュージョンだった イス大王でヒールしていた栗栖
新日で三シーズンくらいブレークした ジーン・ライディックがジャーマンで快進撃していた時。 マニー・ヘルナンデスが、船木を雪崩式DDTで破った瞬間。 マイティが維新軍団とのシングル対抗戦で勝った時、つえーって思った。 昨年大晦日の友井雄亮ほどの「一瞬の輝き」は全世界を見渡してもそうそうない ヤマハブラザーズって中堅?
彼らが輝いたのっていつ? ティム・ホーナーって、巧いと言われている選手だけど、輝いていた試合は誰と? >>18 あの時はまだ格は中堅だったよ。優勝してトップクラスに格上げされた感じ。 小原が最も輝いたのは橋本VS小川の試合後の乱闘で小川を挑発した時だろう
セメント最強と言われていたがその後のMMAでは… 今は行方不明だけど山田恵一って輝いたことあったっけ? >>132
凱旋した後は、どの試合も観客を沸かせていたと思うよ。
わかりやすく元気な試合だったし。 >>58
ソイヤーはビクトルザンギエフ戦が輝いていた! ハヤブサに大仁田引退試合の相手を譲った時の石川孝士
「いい弟子持ったな大仁田!」 石川のハイライトといえば、藤波・長州組に勝ったのが、一番かな。 >>140
週プロの表紙で川田に絡んだ試合で輝いたのかな。
ノア初の武道館の王座への挑戦アピールで噛み倒したのも、違う意味で輝いてた
リーダー以外の二人の役職は忘れたけど、
高山に絡んで悪口を言われていないのは、三沢と浅子くらいか? >>132
スープレックス山田くん
主役のモデルになるほど輝いていた カンナムの世界タッグ挑戦
どう考えても勝つわけがないと思ってたらやっぱり勝てなかった >>146
普通にエース&パトリオットにしとけば良かったのにと思ったなあの時は ビリーブラック、結構好きだったけどな。
ジョーディートンとは名コンビでしょう。
アジアタッグは燃えた。 ディートンはウィー奴なのに、ちょっぴり情けなウィー
ブラックの技は何にも効かない。痛そうな演技をするのも疲れるよ
過るわ ジョニー・スミスは典型的な中堅役者だったけど、
毎試合ミサイルキックやった後のガッツ・ポーズ+ドヤ顔で
観衆のハート掴んで輝いていたな 多聞・泉田のアジアタッグ初防衛
相手がハヤブサ・人生だっただけに尚更 >>152
ベイダーとのタッグ
ウルフとのタッグ
どっちも良かったな レイ・キャンデイはイメージとしては思い切り中堅だけど、見せ場はあった? >>155
4の字をラスベガスレッグロックとしたのはカッコいいと思った。 >>142
健吾はジュニア時代はかなり輝いていた。
80年9月の武道館での4大タイトル戦(猪木、バックランド、藤波、健吾が王者)
11月の蔵前は猪木と健吾の2大タイトル戦がメイン。
ワンマッチ興行とか色々ある。 ランドオブジャイアンツの片方は俳優業も含め、輝いた瞬間あったけどもう片方は? >>165
シニアならタッグだけど、vsマレンコ兄妹かな。 >>156
初来日でいきなりブッチャーとインタータッグ奪取
新日本ではレロイ・ブラウンとのコンビで維新軍団を圧倒 >>167
タッグの名手だったんだ、知らんかった。 ティト・サンタナは中堅だよね、輝いた試合というと?
SWS時代? 本間は人気者の中堅で、しかも名勝負がたくさんあるのでは?
皆さんの中で輝いたなって言う試合は? >>163
2014年 G1棚橋戦
2013年 中邑 戦 インターコンチ >>154
分裂後にハインズともアジアタッグを巻いてほしかった 木村健吾
外国人エース格のDマードックに30分ドロー ケンドーカシン が素顔でPRIDE参戦
何も出来ず負けたけど輝いてた。
翌年リベンジ。
決してトップではないカシンが新日本背負ったのに熱くなった。 >>159
Jr時代の藤波vs木村はかなり拮抗していた? >>178
丸藤とKENTAみたいなイメージ。
健吾が勝ってもおかしくないな。
60分ドローとかやってたと思う。 >>178
11月の蔵前は藤波、坂口、長州らを前座にして猪木と健吾の2大タイトル戦がメインだったから、僅かに健吾≧藤波だった。 藤原の代役で前田と組んだ木戸がキドクラッチで藤波 木村からIWGPタッグ奪取 >>179
>>180
今でいう、複数スター制の一角だったのか。
なぜそれが失墜した?
長州vs藤波のようなドラマがなかったから? >>183
その試合はリングアウトでゲレロが勝って王座奪取。
その後、健吾、藤波も挑戦せずタイトルを放置し、
2年後にアメリカで大仁田がゲレロに勝って、新日のベルトが全日に行ってしまい、
世界ジュニア、インターナショナルJr.と名称が変った。
わざわざ新日が作ったベルトなのに管理が杜撰だった。
新日はゴッチベルト、NWA北米タッグ、アジアヘビーとタッグ、NWF北米ヘビー、WWF北米ヘビー、
WWFジュニア、NWA世界Jr.、WWFインターヘビー、WWFライトヘビー、WWFインタータッグ、
前田のヨーロッパヘビー、グレイテスト18と自然消滅したタイトルが多い。 健吾はどう考えても中堅以上
大量離脱の時猪藤波とのコンビで新日本を支えた功労者。ジョバーで若手の踏み台だった時期もあるが、天龍や長州相手にいざとなれば強いイメージもあった。 健吾、天龍戦でボコられている時、解説のマサさんに、
「天龍みたいなファイター相手には、グラウンドでねちっこくサブミッションで攻めるのがいいんですけどねえ。
あ、木村選手はそういうのも出来なかったっけ」
とか言われてたぞ 野上彰の輝きは?
ムタとのタッグ?
スティングとやった時? 保永
両国のメイン、シングルマッチで勝利など、
下手したら健吾、マサあたりも経験してない 天龍対健吾のシングルマッチ
対天龍北原の越中健吾
対天龍石川北原の越中健吾青柳 >>198
天龍のパワーボムで撃沈した健吾がリング上で尿漏れした。
マットが明らかに汗ではない水溜まりが。 中堅以下、て具体的にどんな選手?
新日本でいえば? ベテラン、トップ、若手、新人、中堅、前座、
中堅以下てのは? 飯塚高史がドームで村上を絞め殺した日
そのあとのシリーズ飯塚推しが凄かった。 「一番輝いていた頃の〜」とジャンパーとシューズに中途半端にピンクを使った飯塚がねえ。 ヒロ齋藤が木村健吾からジャーマンでピンフフォールしてIWGPタッグ防衛 >>190
両者とも相撲出身だからね
ベースが同じなら体格や地力で勝る天龍に敵うはずない
たとえプロレスでも、そういう格の差や気後れは多分出るんだろうね
例外は天龍革命の時の天龍と輪島
あとSWSのテンタと北尾ぐらいで。 >>1のスレタイがいいね。
中堅の >>1が一瞬だけ輝いたかも。 >>231
いっぱいある。
IWGPタッグ王者とか あくまで「その時点」だけど
2虎とのシングル戦におけるピラタモルガン
2虎用にメヒコからテキトーな連中が呼ばれ
虎は実にインチキくさく連勝し続け(※)
その負け役のたぶん4番手として来日したモルガン
バズソイヤーの代わりに最強タッグにエントリーされるも
ヘビー相手に何もできずすぐクビになってしまうという
このうえなき情けなさの中で、突如覚醒した?
あのTVマッチは俺の中でずっと伝説の好試合である
後に重鎮トップルード「海賊船長」としての来日なんて
だれが想像しえただろうか。。。
※じつはそれぞれ、そこそこの選手であったと後に知るも
キッドやスミスとのカードが組まれないのみて
「無理だから(笑)」と憶測せざるを得なかったなぁ 木村健吾
藤波の代役で当時外人エースで格上のDマードックに30分時間切れドロー
いつもなら10分〜15分でフォール負け
週プロにも健吾価値あるドローって表紙になってたような。 >>244
何かのリーグ戦だっけ?
一時だけど健吾も藤波にほぼ並んだ時期あったよね。
スヌーカやアドニスにも両リンで負けはしなかった。
ただスヌーカとコンビ組んでたブロディにはシングルで5分くらいで負けたりよく分からなかった。 2.10ドームで木戸が鶴田に脇固めを決めた瞬間
会場の歓声が半端無かった。特段好きでもないのに自然に木戸!って叫んでた自分 >>250
健吾は稲妻を最初に出しちゃったしな。
当時はパワーボムもトライアングルスコーピオンもやっていなかったし。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています