姉貴の車に布団と着替えを積んで、道場に行ったんです。
合宿所の扉を開けて「あのー、すみません」って言うと、最初に応対してくれたのは確か新倉さんでした。
「あのー、今日から御世話になる山崎一夫という者ですが・・・」
「おう、聞いてる、聞いてる。上がれ」
「はい。失礼します」
靴を脱いで中に入って、まず最初に合宿所にいた選手たち一人一人に挨拶して回ったんです。
「本日から御世話になることになりました山崎一夫です。よろしくお願いします」
それで、一緒に来てくれていた姉貴が「あんた、この荷物どうすんの?」って感じで合宿所の玄関先に佇んでた時に、寮長だった前田さんが二階から降りてきたんです。
姉貴の姿を見て前田さん、どうしたと思います? 僕が最初、挨拶しに行った時は憮然とした態度だったのに、一変して、
「おっ、お姉さん。お茶飲みに行きましょう!」
そう言って、降りてきた階段をダダダダッて駆け上がって自分の部屋に財布を取りに行ったんです。
僕は、それを見て目が点になってました。「なんなんだ、この人は」と思って。そうしたら木村健吾さんが出てきて、
「お姉さん、早く逃げなさい!」
それで、姉貴はわけのわからないまんま「はい」って車に乗り込んで、逃げるように帰っていったんですけど。
そのあとで階段から凄い勢いで前田さんが駆け下りてきて「あれ? お姉さんは?」って言うわけですよ。で、健吾さんが「もうとっくに帰ったよ、バカ」って。
漫画のような話ですけど、これは実話です。あの時、健吾さんがいなかったら、いったいどうなってたんですかね。ちょっと恐ろしいです(笑)