ボブ・バックランドとは何だったのか [無断転載禁止]©2ch.net
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ボブバは世界王者だから参加は無理だろ。
優勝はできないんだし。
WWF王者が優勝できなければ立場ない。
ゼンニプロレのチャンカーでハリレやニクボが参加しなかったのもそれだろ。 世界王者はそういうリーグ戦は参加しても優勝できないと厳しいな。
ウォリアーズが最強タッグ参加できなかったのもそれが理由だったらしい。
タッグ専門のウォリアーズが優勝できなければ株が落ちる。
かと言ってウォリアーズを優勝させるわけにもいかなかっただろうし。
昔は反則や両リンありきだったから幾らでも何とかなったとは思うけど。 ボブバもハリレも優勝できないだけで評価が下がってもうちゃるかんな。
特にチャンカやエムエシリーズみたいなシングルの大会は。
サイキョタグリやエムエタグリならまだしも。
ボブバはアノキと組んでエムエタグリ優勝したが。
まあこの頃はボブバやりアノキが優勝しなければならん時代。
ハリレはサイキョタグリ4回?参加して優勝はなし。 ホーガン編に登場したバックランドは傲慢な人物像で描かれていたな。 バックランドは傲慢ってよりかなりルーズだった。
プロレスを舐めてたという記事もあった。
プロレスが本当の強さを求める世界ではなかったのが理由らしい。 かと言って本当の強さを求める世界だと通用しそうもないよね
前田みたいなもんか ダイナマイトキッドやブロディからもアホみたいに練習する人って言われてたからどのぐらいしてたんだろうな バックランドとブロディ
バックランドとマードック
これらの試合は見た記憶ないな。
タッグ シングル含めて。 週プロの表紙に
ハッキリした、バッグランドはもはや高田の敵ではない
みたいなこと書かれていたような気がする 仕方ないよ、業界あげてUWFの価値観を作り上げてったんだからさ >>161
NWAがブリスコ、AWAがガニア、ニックとアマレス出身の本格派王者がいたので
パワーファイター王者主体だったWWWFがバックランドに目をつけた。
ただ人気がないので興行メインはアンドレ、世界王者はバックランドという形式にした。
歌で言えば、人気の藤波の「マッチョドラゴン」、実力の健吾の「らしくもないぜ」みたいな感じ。 WARで北原とシングルを見た
バックをとってグランドへ
次の瞬間、関節をとられた >>179
ニックはアメフト出身じゃなかった?
舐められないようにレスリングを猛特訓したって何かで読んだ記憶が 師匠はニックの父のウォーレンはルー・テーズの最初の師匠。
ニックは父とルー・テーズからレスリングを教わり、15歳でのデビュー戦の相手がルー・テーズだった。 訂正
ニックの父のウォーレンはルー・テーズの最初の師匠。
ニックは父とルー・テーズからレスリングを教わり、15歳でのデビュー戦の相手がルー・テーズだった。 ルー・テーズの師匠ってエド・ストラングラー・ルイスじゃないの? >>185
最初はウォーレンでその後エド・ルイスと出会う。 >>183-186
ジョージ・トラゴスとアド・サンテルはウォーレンの後にテーズを指導した事になるの? アド・サンテルはデビュー前の10代の頃に教わってる。
16歳でのプロデビュー時のコーチがウォーレン・ボックウインクル。
20歳頃に教わったジョージ・トラゴスは相手の肩を極めて腕を切断に追い込んだ過去があり、
レスリングをそういう残忍なことをする手段として使いたくないと思ったらしい。
1937年に21歳で世界王者になる前にエド・ルイスがコーチ兼マネージャーとなった。 新生UWFに来日した時、高田の全然当たってないソバットに派手なバンプとったの見て
「うわー、困ったな」と思った >>26
昭和53年に物心があって記憶してるのが凄いわw 美人でスタイルもいいがヌケないAV女優みたいな存在だった。 あの弱い船木にもやられまくってたから弱いんだろうなあ。歳はいってたけどさ。 >>192
アマレスのトップクラスも関節ありでやると極められちゃう。
アマレスだと馳>健介だが、関節ありだと健介>馳。
アマレス出身の長州、中西、みのる、川田、三沢、高橋、ライガー、中邑・・・みんな極められてる。 >>194
実際に見たんかおまえ?
ネットとか雑誌で読んだとか言うなよおまえ(笑) >>194
実際に見たんかおまえ?
ネットとか雑誌で読んだとか言うなよおまえ(笑) でも冷静に考えると、年下の先輩である健介を立ててわざと取らせたんじゃないかって気もする 馳と健介が大学のレスリング部に練習に行って健介を転がしてたが、
馳が関節ありでやろうと言い出して、やったら悲鳴を上げまくって赤っ恥かいた。 ボブバはシンニプロレ時代に試合前の練習でボブバ教室を開いていたんだよな。
シンニプロレの当時の若手達に色々と教えて。 バックランドはパフォーマンスがちょっと・・・あの腰を振りながらピョンピョン飛び跳ねたり両ヒザついて
リング内を動き回るのが世界王者の品格を下げてたと思う 上は注意しなかったのかな?
猪木が過去のインタビューでバックランドの四つんばいになるパフォーマンスが嫌いだったといってたが
やっぱり周囲も気にしてたんだろうな バックランドは試合そのものは良かった ジャパニーズレッグロール
やアトミックドロップ、投げっぱなしダブルアームやジャンプして決めるパイルドライバー、90年代に必殺技
にしたチキンウィングフェースロックとか アメリカでは受けがイマイチだったみたいだがキラーカン戦とか
で見せたジャーマンスープレックスは見事だった アメプロ最高の使い手だったと思う ボブバはベビフェでも中途半端だったな。
テリファみたいなスーパーベビフェにはなれず。
むしろダスロがスーパーベビフェだった。
ダスロはシンニプロレのテリファ的な存在で。
でもダスロもテリファ程にはなれず。
タジェシ、スタハ、アブチャ相手にはダスロもスーパーベビフェになれた。
でも相手がヒールでないとダスロの魅力も発揮されず。 ボブバの時代にはいい子ちゃんキャラは通用しなくなってしまった バックランドとフレアーて試合したことあったかな?90年代WWFでいっしょになったよな
あとバックランドとサベージも見たことないなあ? >>202
チキンウィングフェイスロック1981年の暮れ辺りから使い始めたんだっけ?
この手のスタンディングスリーパー系の技は相手が苦しむ様が分かり易いからむしろ日本よりウケるらしいね
逆にジャンピングドライバーはアメリカではパイルドライバー自体がヒールの技というイメージが強いのと怪我のリスクの大きさを指摘されて80年後半ぐらいから使用頻度が減っていたような
>>202-203
その辺りの長所と短所はファンク道場同門の鶴田と被るんだよ
一つ一つの技はキレイだけど試合全体の組み立てや流れの構築は下手
客へのアピールやパフォーマンスも中途半端に大袈裟で何処かセンスがズれているのも一緒
>>205
有名なのは82年7月4日のNWAーWWFダブルタイトルマッチかな バックランドは90年代にWWFに復帰して、最初ベビーだったがヒールのミスターバックランドに
なった そのころWWFはオールアメリカン・レックスルガーの売り出しに躍起になってたが、バック
ランドがルガーと戦って、ルガーの二―リフトに大きくぶっ飛ばされてる姿を見て泣きそうになった
まぁ星条旗コスチュームに筋肉モリモリ金髪のルガーは見るからに派手で強そうで、なんとなく
貧弱になってしまったこのころのバックランドと比べても仕方ないかもしれんが、バックランドだって
ニューヨークの若き帝王とか言われてたころからまだ10年くらいしかたってなかったんだよこのころ
たった10年ほどでハツラツさが全然なくなってルガーふぜいの噛ませ犬やるなんて!試合は誰だったか
が乱入してきてそれに気をとられたルガーの隙を突いたバックランドがチキンウィング決めて勝ったんだけど
天下のバックランドがそんなセコイ勝ち方するようになったんか、と唖然としたわ ビンスシニアとジュニア、両方の時代でWWF世界王者なったのてバックランドだけじゃない? ボブバが王者時代に先代が亡くなったかあらね。
息子の政権になってすぐに王者から引き摺り下ろされた。
そして長い長いハルホの時代へと突入。 >>211
バックランドが王座陥落時にはシニアはまだ生きてたわ。
シニアは翌年のIWGPに来日後の次の訪問先で亡くなった。 あ、そうだったか。
呪われたIWGP
第一回はフラタ死去
第二回に先代ビンマ死去
第三回はヨシワ死去
毎年開催前にシンニプロレ関係者が亡くなってたという
しかもリングでも第一回はアノキがハルホにまさかの失神敗北
第二回はアノキとハルホの決着戦にチョリキが乱入でクラマ大暴動。 ちなみに第三回にはボブバも参加してんだよね。
ワカマと仲間割れしたスパマと好試合をしたり。
アンジャ、ディクマ、アドア、キンバ粒揃いだった。
ボブバはリーグ戦には入らず特別参加だったが。
ディクマとボブバの対決なんて見たかったが。
あとアノキ、ボブバ×ブルブ、ジミスも見たかった。
ブルブとボブバも対戦は記憶にないな。 ボブバとか言ってるニワカに語ってほしくないなぁ
絶対にその言い方は流行らないし聞いたことも無い
バックランドといえば一人しか居ないがボブバとか言われても
ピンとこないどころか解ってないやつに思われるだけ ジミー・バックランドはかつてのFMWの常連外人で
WWAじゃなくてAWA世界ライトヘビーな。 後のジミーデルレイだね。大仁田の女に手を出して逆鱗に触れ、来日が途切れたという。 かなりの変人で、空港で猪木とばったり会った時も
あいさつもせずに奇声を発しながら逃げて行ったって
デラプロに書いてたな ボブバもアマレでそれなりの実績あったからプロレを舐めていた節があったらしい。
先代ビンマに気に入られて長年ベルトは巻かせて貰えたが。
でも現代ビンマになってから負かせて貰ってからベルトとは無縁に。
現代ビンマはボブバよりハルホと。
結果的にハルホを全面的に売り出したのは功を制したが。
ステロ問題等も浮き彫りにはなったけども。 バックランドをグリーンの髪にしてパンク系ヒールにする計画があったな。
息子ビンズの発案で。
しかしバックランドが拒否してWWF離脱に。 >>222
変わり者とか通り越してね?
ドラッグでもやってたんじゃないの
当時のニューヨークだし 別冊ゴング80年6月号にバックランドはコーキー婦人同伴で来日。
かなりの美女で。
記事には美男美女と書かれていた。
このコーキー婦人はバックランドとローデスの試合を観戦。
ローデスの意外なラフ攻撃でバックランド大流血。
それを見てコーキー婦人は泣いていた、と雑誌に書いてあった。
またアンドレの試合では試合後に暴れるアンドレに驚いて控え室まで逃げてしまったとも。 アマレス王者って上手いっちゃ上手いけど(プロレス的にじゃなくレスリング的に)
人気は出ない感じ
カートアングルとかブロックレスナーもそうだし
実力派よりも演技派なのかな?特にアメリカだと。 アマレスの強豪出身のプロレスラーって、最後キワモノになっちゃう気がする
ラシクやバション ミッシングリングてのもいたなあ
日本だと本田多聞か アマレスの法皇とかいわれたほどの強豪が
髪ザンバラで「フギャ〜」だもんな プロレス的な魅せる戦い方が出来ないから、
一っ跳びにキワモノになってしまうんだろうな >>228
現役末期のボブ・ループはマハ・シンって怪奇レスラーになってたね 練習熱心で真面目でいい人が日米問わず対戦した人からの選手評
建設会社経営したり実社会でも生きていける、フツーにいい人なんだろうね キワモノではないが長州にしても知らん人が見ると
アマレス出身だと思わんみたいだしね
長髪で得意技がラリアットとストンピングとサソリ固めだもの この前テレ朝チャンネルでバックランドvsシンやっていたけど
あんまり面白くなかった。 >>228
矢野や平澤(キャプテン・ニュージャパン)もだな。 バックランドの凄い所は、自らが持つWWFのタイトルも賭けたダブルタイトル戦を率先して行った事だね。
ニック(ボックウィンクル)の持つAWAと、ハリー・レイスの持つNWAと、更には猪木の持つ
NWFやザ・シークの持つUS選手権にも挑戦した。結局奪えたのはUSだけだったけど
これらのカードを見ると、当時如何にボブが本気で世界に散らばるタイトルを統一しようとしたか良く分かる。
後夢の対決と言う点では、ミズーリ州王者だった時代に実現した、テリー(ファンク)とのNWA戦も見逃せないね。 >>236
プロレをガチンの見方したらそうなるな。
まあプロレはガチン勝負じゃないから。
ボブバもプロレをもっと理解しとれば幅が広がったと。
ハルホはプロレを理解しとった。 この頃のチャンピオンは60分闘える体力の持ち主
3本勝負だったりするけど 74年に全日に来たときは身体も華奢で試合はど塩だったけど、78年にマジソンのチャンプになって猪木とやった時はステで身体もデカくなって、それなりのレスラーにはなってたな >>222
俺もその記事読んだ記憶があるけど、奇声を発したってよりケラケラ笑っただけで挨拶もしなかったんじゃなかったっけ? ボブバはやっぱアノキしかいないだろう。
ボブバにもっとプロレ脳があっちゃればブレイクしたと思う。
シンニプロレのテリファにもなれたはず。
ダスロがそういう立場だったっちゅうか目指した。
しかしダスロもボブバもテリファと比べると落ちる。
ボブバは頭が固かった。
変なプライドがプロレ選手としての幅を狭めた。
ボブバの名勝負っちゅうかまあまあの試合はアノキ以外はないかんな。
エムエタグリでもアノキと組んだから目立てた。 >>228
最後まで正統派だったのはジャック・ブリスコとミスター・レスリングくらいかな >>222
>>240
俺もその記事の記憶のせいで今でも
彼のことを奇人・変わり者という印象がにぐえなくなった。 確か81年頃の月プロかデラプにあったな。
写真付きで。
どっかの空港でアノキとボブバがバッタリ。
アノキが笑顔で挨拶しようとした。
それは普通の行為。
するとボブバは奇声を上げて笑いながら逃げていったと。
ボブバ頭はぶっ壊れてる、と書いてあったな。
あと別ゴンにボブバの奥さんが。
夫婦同伴で来日。
80年エムエシリーズ。
奥さん綺麗な人だったな。 バックランドはやはり猪木との試合が名勝負だね。
あとは藤波との試合か。
王者だったから基本的にキレイな試合が中心だったみたい。
ハンセンやホーガンとは名勝負とまではいかない。 アトミックドロップは出してたけど
バックドロップは出してなかった印象
やれば良かったのに
鶴田とかぶりそうだけどWWFや新日なら
主戦場違うから気にしなくていいでしょ 船木に後ろからめちゃめちゃエルボーされてたよな(笑) ボブバは蹴りには対応できなかったな。
ユダブ上がった時のフナマサやタカノブとの試合でそう思った。
ボブバとマエアの試合は見たかったが、同じ展開だろう。
マエアの蹴りにボブバが対応できずサンドバ状態に。
ボブバもフジナみたいにサンドバ状態。
マエアのニルキで流血とシンニプロレと同様になるかも。
しかしそんなユダブ勢の蹴りも偽物だったというオチ。 知り合いから教えてもらった簡単確実稼げる秘密の方法
知りたい方だけみるといいかもしれません
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JL2IM ボブバが84年にゼンニプロレ上がったらどうだったか? ランカシャー・レスリングとも違うが、レスリング巧者。
ああいう選手、もう出てこないかな? ボブバはもっとプロレが好きなら違ったかも。
テリファやダスロみたいに。
やっぱり過去のレスリ実績があったからプロレにのめり込めなく。
アノキと組んでた時にゃアノキに気を遣いすぎ。
試合中にもどうすればいいか常にアノキの顔を見たり。 アノキと組んだ外人、ハルホやダスロは好きにやっていた。
でもボブバは違った。
ディクマはアノキと組んでアイダブタグタイト挑戦してんだな。
熱戦スレで気付いた。
30年前の今頃だ。
すっかり忘れてか。 なんで新生なんて出たんだろうな。
打撃は出来なくても、グランドで封じ込めるとか少しでも強さの片鱗を見せれれば良かったのに。
めちゃめちゃ弱いのがわかっちゃったよな(笑) ボブバは蹴りの対処やディヘェンスできなかったな。
タカノブやフナマサのサンドバック状態。
そもそも何でボブバがユダブ上がったのかわからん。
後々にはバンベイやバドアもユーイン上がったが。
彼等は蹴りに対処できない、とのイメージはなかった。
フジナもマエアからサンドバック状態だったし。
アノキも真正面から受けたらサンドバック状態だっただろう。
だからアノキはマエアを避けた部分もあったのでは? ボブ・バックランドはガチなら当時最強の一人だが
ショーとしては、でくの坊のハルクホーガンをメインにしたほうが見栄えがすると考えたのは致し方ない。
要はアメリカのほとんどの一般市民は、格闘の競技大会を金出して見たいわけじゃなく、
イベントとしてのショーを楽しみたいからね。 ボブバがタンソっちゅうのは有名だったな。
ダブエ王者だから重宝されたが。
しかしボブバが無冠になったら確かに物足りない。
ユダブでタカノブやフナマサからサンドバ状態にされたのが現状。
日本ではアノキといい試合やったくらいだろ。
ボブバ自身に相手を引き出して持ち味発揮させる術がなかった。
見映え等でハルホが重宝されたのも当然。
ハルホはアメリでダブエを全土に広めた。
また自身もアメリ全土で名前が浸透して。
強さっちゅうかレスリ技術ではボブバが上。
しかし人気等ではハルホが遥かに上。
日本でもアメリでも。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています