「ど…っ…どうして私が……!」
男にくってかかろうとしても、文字通り手も足も出ない。拘束具がむなしく音をたてるだけだった。
「時間をかけて選んださ…実験体としての条件や行動パターンを調べ上げてな……」
灰色のスーツの男は、マキの激昂も全く気に留めないといった態度で続けた。
「実験体としての条件がピッタリな上に、放課後に森で一人になる事が多いお前は、さらう側からすりゃ、
 うってつけってワケだ」
「……!ヴェルの森になにかしたの…!?」
マキは今日、ヴェルの森の空気がおかしかった事を思いだした。あの直後、自分は意識を失ったのだ。
「そうさ。件のハートリアをまいておく手もあったがな…お前が居なくなったあと、あそこをサイシュ
 されてハートリアが大量にみつかれば、痕跡になっちまう。だから研究過程で生まれたあるモノを使った」
「あるモノ……?」
「『催眠』の特性をもつ『ミスティーマ』さ…」
「さ…さいみん……?」
「ミスティーマなら風に流されちまうし、大気中のキンだ、そこらのヤツはサイシュできねー」
痕跡が残りにくい…それはマキからすれば、助けが来る確率がより低くなることを意味する。その上、男の
言う通りなら、ここは山の裏側の地下。痕跡があったとしても、容易に見つけだせる場所ではない。
「この研究成果を生み出したのも、いま事を進めているのも、全部、旧バクテリアンラボの科学研究班の
 連中さ。実験を重ねてな。そして研究の発展には更に実験が必要になる。お前みたいなのを使ってな」
「じ、実験って一体なんの……」
「…俺達は、人間の『涙』『汗』『唾液』、そういった分泌物と、キンとの反応や影響をサンプルしている」
「………そ、それなら私じゃなくても……!」
「ああ、そうだとも。お前じゃなくても事足りる。事実、さっき言った特殊ミスティーマも、今俺があげた
 分泌物との研究で出来たモンだ。それだけ研究は進んでいる。だが……」
「…?」
「『まだ反応を調べてない分泌物』があるからな……クク」
「………?」
マキには何の事かさっぱり分からない。

「さて、俺の仕事はここまでだな…」
「え…?」
「俺は元々ラボで実動的な仕事をしてたモンだ。俺の仕事はお前をさらって、目が覚めるまで見張ることだ」
実動的な仕事…例のハートリアの薬を配ったり、カセキンの爆弾を設置したりという作業のことだろう。
「長々しいハナシは俺の親切だ。助けが来ると思って……余計な希望を持ったままじゃ辛いだろうからな…」
灰色のスーツの男は、意地の悪い笑みを浮かべる。
「あとはお前の飼い主サマにじっくり可愛がってもらいな……へへ」
「……!…は…放して……!…ここから出してっ……!」
拘束具をギシギシと鳴らしながら暴れるマキを余所に、灰色の男と部下達は踵を返した。
マキは息を切らしながら唇をかんで、その背中を見送った。


とりあえずココまで