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「犬だからこそオモシロい」
2012年10月3日

「決まらなかったのは、父親役であった。適任と思われる男優の名前が次々にあがった。が、孫の意向に
今ひとつそぐわなかった。・・・
 驚くべきアイデアが飛び出したのは、もう撮影に入らないと放映に間に合わないという、まさに時間切れ
ギリギリのことであった。CMプランナーの澤本が言った。
「お父さん役は、犬でどうでしょうか?」・・・「犬をお父さんにして、犬が権力を持っている家みたいにしたらどうか」

 佐々木ら50歳代の年齢層に共通する、威厳のある父親がいた家族の原風景。父親が威厳を持ち怒鳴り
散らすが、子供たちも母親もどこか白けている。そのコテコテで懐かしい家族の父親像を犬が演じる。
しかも、長男が黒人である。 奇想天外な家族が織りなす、日常のストーリーの中で、宣伝広告を訴えかける。

 孫には、とうてい思いつかない発想であった。孫は佐々木らの提案に驚いた。
「これはおもしろい。澤本さんは、見た目はしょぼくれた感じだけど天才だな」
 ただし、孫はそのままでは呑みにくかった。「しかし、お父さんが犬である必要はないだろう」
 佐々木は、反論した。「いや、犬だからこそ、おもしろいんですよ」
 澤本も、佐々木に加勢した。2人で孫を説得した。・・・ 
 佐々木は、ちょっとした喜びと驚きを噛みしめた。〈これが通っちゃったよ。孫さん、よく受けたな〉

 一家の父親を演じるのは、「カイ」と名づけられた白い北海道犬であった。起用の決め手は、やはり
その白さであった。もともとは熊狩りにも使われる勇猛果敢な犬で、威厳のある「父親」の迫力を表現
できた。カイの声は、俳優の北大路欣也であった。北大路は、その頃、木村拓哉主演のドラマ「華麗な
る一族」(TBS系)に出演していた。木村演じる万俵鉄平の父親役である。その北大路ならば、威厳が
あるだけでなく、コミカルな父親として適役ではないかと誰もが納得した。

 澤本は、一家の中心である犬の父親に、誰にも有無を言わせぬ言葉を吐かせた。軟弱化して家族に
はっきりと物を言えない父親たちの願望も表していた。」

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