無くそうとしなくてよいのじゃ。
ただひたすらに家族への期待から怒りが起こる心の働きをありのままに観るのじゃ。
そうすればそれが自分の意志とは関係なく自動的におきていることに気付くのじゃ。
そして自己同一化が厭離されるのじゃ。
それをなくそうとしてさらに諦めるとかの働きを起こせば、それがまた苦になるのじゃ。
観念を増やすだけであるからのう。
それが出来たり出来なかったすることにまた怒りを感じたりするのじゃ。
そのような連続した観念を無くすためにただひたすらに観察してみるのじゃ。
そうすれば原因となる家族への期待感などもなくなるのじゃ。
その原因も観察によって厭離されるからなのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。