ムエタイを土台にしたキックボクシングは、野口修(ライオンの異名を取った進の息子/実弟の恭もプロボクサーとして成功)と沢村忠が、たった2人で始めた新興競技だった。

1967年当時、まともに戦うことができる日本人選手は沢村1人。最強国のタイから選手を呼び、日本×タイの対抗戦を打つしか策がない。


こんな感じらしい。
その沢村の必殺技が胴廻し回転蹴り。

長年まともにルールが変更されなかった理由はここらへんにあるのかもね。
最初からおかしかったが、おかしいと誰も言うことができなかった、
ってのが真相だろう。

なんせ創始者がその問題の技を使ってるんだからw
否定してルール変えるのは怖いわな