編集家・竹熊健太郎の雑感雑記&業務連絡
「担当がつきました」とはどういうことか - たけくまメモ
(このブログから約三割をコピペしましたが、参考になりますか?)

多摩美や精華大で日々、マンガ家志望の学生と(漫画の講師として)接していますと、中には新人賞に応募して、佳作や奨励賞に入賞した人がいるわけです。
新人賞に入選すると、多くは担当編集者がつくわけですね。奨励賞を受賞して、俺に「先生、僕に○○社の担当がついたんですよ」と嬉しそうに報告してくる人もいます。その顔は、嬉しそうなだけでなく、誇らしげだったりもするんですが、そういう学生に会うたびに「ちょっと待て」と俺は思うわけです。
「ちょっと待って。その担当さんと、作品を掲載する話をしているの?」と俺が尋ねると、
「いえ、ネームを持って行くと、見てくれます。雑誌に載る話は、まだありません」と、だいたい同じ返事が返ってきます。

先日、精華大で学部長の竹宮惠子先生と話したときも、そういう学生の話題になりました。竹宮先生の教え子にも、担当がついた学生が何人もいるそうです。しかし先生は、ため息まじりにこう言いました。
竹宮先生「担当がついたというだけでは、まだ何も始まってないんですけどね」
俺「僕も、そう思うんですが…」
竹宮先生「雑誌に一回載っただけで、喜ぶのは早いと思うんですよ。その次の原稿依頼が来て初めて、自分はプロになれたと言えるんじゃないでしょうか」

さすがは大ベテラン。問題の本質がズバリと言い表されています。毎年マンガ家デビューする人が何人いるのか、統計を見たことがないのでよくわかりませんが、仮に「雑誌に初めて自作が載った」ことを「デビュー」と見なすとして、これが1000人いるとすると、「次の仕事が来る人」はその三分の一もいないでしょう。さらに、5年後も仕事が来ている人は、何人いるのでしょうか。3人とか、多くて5人とかそんなものではないでしょうか。