ツンデレにこれって間接キスだよなっていったら0.8 [転載禁止]©2ch.net
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・突然従姉妹がやってきたら
大学生といえば、人生の夏休みと言っても過言ではない。
しかし、大学生の夏休みは遅い。
普通の高校生以下が7月下旬には既に夏休みに入っているのに対し、大学生はその頃になってようやく試験期間が始まる。
私立大学にもなれば更に遅く、7月末日まで試験をした後、8月の一週目は補講で埋め尽くされる。
「そもそも、補講の日にレポート提出させんなっての……」
大学からの帰り道に教授への不満をひとりごちながら、流れ続ける汗をハンドタオルで拭うが、ジメジメとした外気の不快感は変わらない。
早く家に帰って、出力を最大にしたクーラーの風を浴びて涼みたい。
その一心で下宿先までの坂道を歩く。
下宿先は何の変哲もないアパートであり、広くもなく狭くもなく、一人暮らしをするには丁度良い物件だった。
不動産屋では学校から徒歩1kmと紹介されたこともあって、すぐに入居を決めた。
しかし、こうして大学からアパートまでの道を歩いてみると、なるほど住んでいる学生が少ないのも頷ける。
目の前に伸びるのは、結構な勾配のある坂道。
1kmは1kmでも、平坦な1kmとキツい坂の1kmでは雲泥の差だ。
引越しも考えたが、近場のアパートは埋まっているし、そうなると引越しの費用もバカにならないため、貧乏大学生としては堪えるしかない。
おかげで自転車も使えないため、こうしてヒーコラドッコイと今日も坂を上っている。
ようやくアパートにたどり着いてエントランスに入ると、篭った空気に辟易しながらポストの中身を確認する。
大家のおばちゃんは、夏はバカンスだからと言って現在ハワイにいるため、エントランスの空調は切りっぱなしなのだ。
チラシが詰め込まれたポストを漁る気にもなれず、チラシ用のゴミ箱に中身を適当に放り込んでいく。
公共料金やらの封筒類だけを確保し、ポケットにねじ込んでエレベーターに乗り込む。 身体の弱い人間なら確実に熱中症になるであろう灼熱の箱から抜け出し、自分の部屋のドアへと進むんだところで、思わず首をかしげた。
「……ん?」
部屋の前に、ドデカい荷物が置いてある。
特に何かを通販した記憶もないし、実家からそういう連絡も来ていない。
そもそも、それは段ボールなどではなかった。
それは、ビッグサイズのリュックサックだ。
大学の登山サークルの連中が背負っているような、そんなサイズだ。
しかし、なぜリュックサックだけがここに……?
不審に思いながら、慎重に近づいていく。
見た所リュックサックはドアを全体的に塞いでおり、避けて中に入ることは難しそうだ。
大きさ的に誰かが落としたとも考えにくい。
さて、どうしたものか……と考えていると、動きがあった。
リュックサックではなくその向こう側から、何かが倒れるような音。
その後、リュックサックの陰から、麦わら帽子がふわりと出てきた。
その光景を見て、慌ててリュックサックの反対側に回る。
そこには、真っ赤な顔をしたワンピース姿の女の子が倒れていた。
〜〜 〜〜
「…………ん……」
ベッドの上でもぞもぞと動く気配に気づき、本を読むのを中断して顔を上げる。
薄っすらと開いた瞳が、ぼんやりと天井を見上げているのが見て取れた。
「大丈夫ですか?」
警戒されないように、できるだけ優しい声音で声をかける。
天井を見つめていた少女は仰向けのまま首だけを動かし、こちらを見遣る。
どうやら、まだ意識がハッキリしないらしい。
部屋の前で倒れていた見ず知らずの少女は、素人目に見ても熱中症の状態で、緊急事態ということで部屋に上げたのだった。
一応、部屋に入れる際には二、三言応答したのだが、フラフラとベッドまで歩くなりそのまま眠ってしまったのだった。
念のため救急相談センターに電話をかけて確認したが、自分の足で立って応答ができれば、涼しい場所で安静にすれば取り敢えず大丈夫とのこと。
冷蔵庫で冷やしておいたスポーツドリンクを取り出し、少女に手渡す。
「軽い熱中症みたいです。取り敢えず飲んでください」
キャップを外してコップに注ぐ。
少女は案外すんなりと起き上がり、コップを受け取ると一気に飲み干した。
この様子なら救急車を呼ぶ必要はなさそうだ。
軽く胸をなでおろすと、少女が口を開いた。
「……ここは?」
「俺ん家です。覚えてないですか?」 「……なんとなく」
ぼそぼそと喋るが、発音はハッキリしている。
視線も虚ろなわけではなく、どうやらこのぼんやりとした状態がデフォルトのようだ。
「それで、なんでウチの前に座り込んでたんですか? ていうか、どこから来たんですか?」
「……?」
小首を傾げる女の子。
……アホの子なのかな。
それとも迷子? 警察に電話したほうが良いのか、しかし、そんな年齢でもないような気もする。
「……なんで、敬語……なの?」
こちらの瞳を見つめながらの質問に、なんとなくたじろいでしまう。
なんで、と聞かれても、初対面の人間には(たとえ相手が歳下だろうと)そうなってしまうだろう。
そう答えようとして、一瞬思考が停止する。
……もしかして、初対面じゃないのか?
いやしかし、進学に合わせて一人暮らしを始めてからこっち、女の子の知り合いなど同じゼミの子以外では皆無だし、バイトも金が必要な時に日雇いの工事現場などをこなしているから、大学の外というのもあり得ない。
「あ」
そしてようやく、思考が追いつく。
一人暮らしを始めてから知り合ったのでなければ、それよりも前から知っている相手なのだ。
そうだ、この子は――
「……お兄ちゃん、ちなのこと……忘れた、の……?」
――従姉妹の、ちなみちゃんだ。 〜〜
ちなみちゃんがベッドを占拠して既に2時間強。
彼女は未だに不貞腐れていた。
なぜ不貞腐れているのかといえば、当然、自分のことを忘れられていかたからだ。
この子は母方の伯父の娘で、小さい頃は母親の実家に行くたびによく遊んでいた。
ちなみちゃんは一人っ子で、歳が近いこともあって兄妹のような存在だった。
小さい頃はお兄ちゃん、お兄ちゃん、と後ろをくっついて歩き、悪い気もしなかったのでよく可愛がっていた覚えがある。
しかし、中学に上がってからは部活や学校の友人との遊びが優先で、母の実家からは徐々に遠ざかっていった。
だから、会うのは実に8年ぶりのことだった。
「ちなみちゃん、そろそろ機嫌直してよ〜」
「…………」
タオルケットにくるまり、無視を決め込むちなみちゃん。
先ほどのやり取りの後、正直に忘れていた旨を伝えると、ぶつくさと文句を言われた後、アイスを買いに行かされ、食べ終わったかと思えばこの状態である。
いやしかし、8年ぶりの再会で覚えていろというのも無理な話だ。
そもそも記憶の中のちなみちゃんは8年前の姿なわけで、こんなふうに成長した彼女を当時のちびっ子と即座に結びつけるのは不可能と言っていい。
謝罪も含めてこういったことを散々説明しているのだが、ちなみちゃんは一向に許してくれない。
昔も機嫌を損ねるとこんなふうに何かにくるまってたなあ、などと思い出に浸っていると、いつもの眠たそうな双眸がこちらを睨めつけていた。
「ごめんって」
「…………ゆるさぬ」
「武士なの?」
またもやそっぽを向かれてしまった。 どうやったらこの機嫌は直るのか……。
昔はどうだったかな、と記憶の中を探る。
ふと、涙目のちなみちゃんを抱きしめながら頭を撫でる光景が頭の隅に浮かんだ。
ちなみちゃんの方を伺ってみると、頭までタオルケットを被って強固な籠城の姿勢を見せていたが、右脚の膝から先だけがはみ出ていた。
昔からインドアなちなみちゃんらしい、白くて細い脚。
だが、それは8年前よりもずっと長く、若い果実のような瑞々しさを感じさせた。
変な思考に陥りそうになり、慌ててその脚から目を背ける。
8年前なら子供同士のことで許されるとしても、お互いに成長した現在では通報されかねない。
しかし、それ以外の解決策も思い出せない。
どうにもしようがない現状に、思わず溜息が出る。
そして溜息と同時に、新たな疑問が湧いて出た。
「そういえばちなみちゃん、なんでウチにいるの?」
伯父の家はここからかなり遠く離れた田舎にあり、そうそう簡単に来れるような距離ではない。
余程の事情で、しかも一人で来ている様子だし、何か意思があってここまで来たのだろう。
ちなみちゃんは質問に対し、タオルケットから目元だけを覗かせて答える。
「……? ……お手紙、読んで……ない、の?」
「お手紙?」
はて、そんなもの来ていただろうか。
机の上に放り投げてあった封筒たちを漁ると、確かに、消印が1週間前になっている茶封筒が入っていた。
……てっきり、公共料金か水道代の請求かと思って放置していた。 便箋らしくないその茶封筒の裏には確かに、椎水ちなみ、の名前。
開けて見ると、そこには簡潔な文が三行だけ。
お兄ちゃんへ
進学のため、お兄ちゃんのところでしばらく厄介になります、あしからず。
ちなみより
「…………」
「……やれやれ、ダメだよ……お兄ちゃん……お手紙はすぐに、読まないと……手遅れに、なっても知らない……よ?」
「…………」
「……おかげでちなは……この猛暑の、中で……待ちぼうけ、だし……ぷんぷん」
……確かに、読んでなかったためにちなみちゃんの来訪を事前に知ることができなかったのはこちらの落ち度だ。
しかし、しかし……。
「ちなみちゃん」
「……なに」
「この手紙じゃあ例え読んでても、いつから来るのかわかんないよ……」
「…………マジか」
表情から察するに、本気で驚いているらしい。
……どうやら、天然ぶりは昔から成長していないようだ……。
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