>>813
さらっと書かれてるけど重要な情報
それは1976年に漫画家活動休止していた時に初のコミックス「ガラス玉」が刊行された時でなく
1978年6月号の少女コミック増刊に「ダンス・パーティー」で漫画家に復帰した時ですよね?

つまり、萩尾さんはガラス玉刊行時と漫画家復帰、一度ならず二度までも岡田さんの為に動いてくれた訳で
三度目また頼るのは申し訳ないという気持ちになった可能性は高いように思います

また一般的には漫画の世界では作者の年齢は若い方が将来性を買われ評価されやすいというのは常識で
40代での再デビューはかなり困難が見込まれる
あえて新人賞に応募したことそれ自体、岡田さんには相当の覚悟が必要だった
コミックアレ!は執筆陣の陣容を見てもかなり癖の強い雑誌だったので、岡田さんの作風でももしかしたら
評価されるかもと一縷の望みをかけての応募だったように思われますね
その奮い立たせた気持ちを、竹宮さんが越権行為とも思える「わざわざ手紙を送る」行為で潰した、という事なんだなぁ