>>586
ニュアンスは違うが基本的にはそれが定説になっている

俺の意見を知りたい人が多いみたいなので書いておく(これは私見であって俺の質問とは関係ないし話がずれるのでレスも不用)
本来の碁の一つが石の数であったのは否定しようがないと思う(ただし包囲ゲーム系の囲碁もあってどこかで混ざったのではないか)
しかし日本の囲碁は碁ではなく地を争う別のゲームになっている
定説のように日本の囲碁を碁だと言い張るのは無理があるのではないか
切り賃のない日本の囲碁は進化というよりは碁から分かれて新しく生まれたゲームなんだと思う(故に合理的な理由は必要ない)
囲碁式にあるように日本の囲碁は鎌倉時代からある
根拠はないが切り賃は最初から伝達ミスで伝わっていないのではないか
文化が伝わる時に正しく伝達されず新しい文化が生まれたということではないか
日本の囲碁は大陸の碁ではなく900年以上の歴史を持つ日本の伝統文化なんだと思う
しかし日本人は本来の碁でないものを碁だとずっと勘違いしていたために言葉や認識に混乱が生じていて変な定説ができたのではないか
チェスと将棋、クリケットと野球、サッカーとラクビーとアメフトのように区別して取り扱えば混乱はなくなると思う

>>588
もちろん終局は両者の合意で決める
片方が勝手に決めることはできない
自然碁についてはこのスレを読んでくれ

>>589
「貴方がそれが理解できたのはよかった」と言っている
何の注釈もなしに最後まで打ちきっていない局面を純碁の終局図例にして石を数えているから貴方が理解できていないと思われたんだ
(しかも明らかに切り賃も中国ルールも知らない書き方だったから純碁も知らないと思われた)
だから散々説明してきたわけで

貴方が打ちきっていない局面を「打ちきった局面だと無理やり仮定」(貴方は無理な仮定だと気付いていない)して終局図例にしていた
だからその仮定に基づいて説明した
最初から分かっていたというのなら書き方が悪いとしか言えない

>例9にも示したように、終局していなかったら、切り賃が求められない
何度も繰り返すように中国ルールなんだから切り賃は対局者の合意で決められる
合意がなければ終局できない(最後まで合意できなければ最後まで打ちきるしかない)
例7の勝敗判定も対局者の合意で決まるのだから例の設定者である貴方が設定しなければならないことだ
この話は貴方が中国ルールを理解できるまでは堂々巡りになるのでここで打ち切る

>>590
>これを踏まえて、例5'例10では棋譜を付けて見た。
>そしたら、どんな風に応じてどこで手を抜いたかも確実に分かるだろう。すると、
「手を抜く」というのは純碁で最後まで打ちきる前に手を抜いてパスして終局するという意味だ
だから設定としては純碁で最後まで打ちきった場合の棋譜を提示してその何手目でパスをして終局したかを示さないと
最低でも純碁で手を抜いて終局した場合の終局図と打ちきった場合の終局図(もしくは中国ルールでの地と切り賃の合意内容)を設定する必要がある
純碁が理解できたのならこれも理解できるようになったはずなのでこの話もここで打ち切る

>そもそも、『設定の話は設定者にしか分からない』として、目算が出来ないとするなら、
>スマホで写真を撮ってコンピュータで勝敗判定なんで出来る筈も無い。
もちろん現在の中国ルールでは不可能だ
ルールを拡張すれば可能になるという話