夫婦鹿の話。
たまに紀東へ磯釣りに行く。
必ず使う国道のトンネルで正面衝突の事故があって、
関東の夫婦が亡くなった。
俺はその3日前に磯釣りに行ってて、
そのトンネルを通っていた。
トンネルはダムのために作られたものだった。
ダムは重大な欠陥があって、長い間水が抜かれ、
使われていないいわくつきのダムだった。
事故の1週間後、また磯釣りに行くことになり、
深夜の2時頃そのトンネルに差し掛かった。
するとトンネルの目の前で、
二頭の雄と雌の鹿がそろって道路に両前足を踏み出し、
肩と首を道路へ突き出していた。
俺は車が近付くと退くと思っていた。
しかし鹿は退かない。
反対車線へハンドルを切って、避けようとすると、
トンネルから大きなトラックが突然出てきた。
俺は急ブレーキをかけて、鹿の2m手前で何とか止まった。
トラックは何事もなかったようにすごいスピードで通り過ぎた。
鹿も何事もなかったように二頭とも突っ立っている。
俺は鹿をにらみつけながら、ハンドルを切って避けて通ると、
鹿たちと目があった。
二頭の鹿の眼から嫉妬や恨みのような感情が湧き出ていた。
それからというもの、
行きも帰りもトンネルの入口で、
走りながらハンドルから手を離して合掌している。
このあと二頭の鹿には会っていない。