ぶたれるくらいならまだいい方で、蹴飛ばしたりお湯をかけたり、水から引き揚げて窒息させようとしたり、死なないギリギリまで追い詰められるのだ。やがてフロイドが弱り、隅の方にうずくまってうんともすんとも言わなくなると、密猟者達はフロイドを観賞用の奴隷として売り飛ばしてしまった。
　その後は、金持ちの水槽を転々として、ペット扱いされながら生きながらえた。餌を貰うためなら何でもした。必死に人間に媚を売ったし、芸も覚えた。虐待されることも珍しくなかったが、人魚はもともと頑丈な種族だ。耐え方さえ理解すれば、人間の振るう暴力の大半をやり過ごすことができた。痛いしつらいし苦しいし、最初の数年は海に帰りたくて泣いてばかりいたけれど、そのうち涙は枯れて出なくなり、無抵抗になっていった。
　水槽生活は十年ほど続いたが、ある時フロイドは、再び奴隷商人の手元に戻された。人間の言葉は半分も理解できなかったが、フロイドが「大きすぎる」のが原因のようだった。狭い水槽で窮屈そうにとぐろを巻いて沈んでいるフロイドは、確かに観賞用にするには見栄えがしない状態だった。奴隷商人はフロイドを水槽から引き上げると、変身薬を飲むように言い、フロイドは仮初の人間の姿を手に入れて、奴隷商人に引き取られていったのである。