20歳から22歳にあたる96年から98年にかけてインドア2種目を含めて3種目(3000,2マイル,,
5000)で6個の世界新を出し、未だに2マイルと3000の世界記録保持者であるダニエル・コーメン
は1978年(21歳)に81日間に4つ(3000,3000障害、5000,10000)の世界新を出したヘンリー・ロノの
再来を思わせた。コーメンは97年の世界選手権金は取ったものの、アトランタ、シドニー
両五輪の代表を逃した。ロノもモントリオール、モスクワはケニアのボイコットもあり、
代表にはなれず、81年に自ら5000の記録を更新したものの78年の様な輝きは2度と戻らなかった。
コーメンの低迷の原因は大金と名声が手に入って、尊大化しコーチからも独立し、真剣に
競技に向き合わなかった事が原因の様だが、彼はそれなりに幸せな余生を送っている。
一方、ロノは良く知られている様に後年アル中に苦しみ無一文になって施設に入った事も
あった。現在は立ち直って高校のコーチをしているが名ランナーに相応しい余生とは言い難い。