>>578
>その答えが吉野『君生き』にズバリ書いてある
>吉野『君生き』を読み直して、これも答えるように

あのー
原作のこの話をしたいんかい?
→三人は、やっぱりコペル君とゆく事にしました。
→「じゃあね潤一さん。帰りには、みんなで駅の自動車に乗っていらっしゃい。」
→お母さんの言葉を後に聞いて、もうその時には、コペル君は
→下駄を
の引用にあのクソガキ君はなみだしたようだが
どう「原作」ではこんな叱咤激励を自分のおじさんから受けているな。
「…いま、すぐ手紙を書きたまえ。手紙を書いて、●▲(北見)君にあやまってしまうんだ。いつまでも、それを心の中に持ち越してるんじゃないよ。」
「(前略)君は友達同志の堅い約束を、破ってしまったじゃないか。◯α(黒川)のゲンコツがこわくって、とうとう●▲
(北見)君たちといっしょになれなかったんじゃないか。自分でも悪かったと思い、●▲(北見)君が怒るのも
仕方がないといっている。
それだのに、なぜ、そんなことをいうんだい。なぜ、男らしく、自分のしたことにたいし、どこまでも責任を負おうとしないんだい。」
さて、上記の阿呆君は何かこれに該当する事を、関係性を傷付けてしまった対象にする予定なのか、そしてどう具体的に
修復するのか書いてみて。…弓矢で遊びに行く事は無しねw

>そして、『失われ本』を読んで眞人の序盤の鬱屈や孤立感が想像すら出来ないんなら、それやばい
>もちろんデイヴィッドの方がずっと病的心理に陥ってるから、眞人と同一ではないけどね
何にも分かってないのはそこなんだろうけど、「君生き」の眞人の様な問題をデイビッドは持ってない。
>子供たちのほうも、どこか物悲しげな、どこか虚ろなデイヴィッドの様子を見ると、近づこうとはしませんでした
前にも書いたが眞人は"社会"的な問題を抱えていて、それは鬱屈や孤立感などでgdgdするのでなく
即刻解決しなければならない。
で結論として「君たちはどう生きるか」と言う書籍は、その解決の役には立ってないよな。