「バッタ君町に行く」を観る。演出D・フライシャー。ジブリライブラリー。数回目の視聴。
1941年。67分。その素晴らしさも欠陥も、べつだん俺ふぜいが指摘するまでもなくわかりやすい。
同時代の白雪姫あたりと比べて、ヒロインのキャラデザがコケティッシュだ。バタ臭くない。
また25分前後の感電描写は、オスカー・フィッシンガーあたりの実験アニメから学んでいるふしもある。
手鏡の上を歩くシーンは美しい。お気に入りだ。俺を酔わせてくれる作品といえる。

ついでに、本作の終り方について、パヤオは雑文集「出発点」のなかで声を大にして難詰している。
それは実に正しいが、あくまでも志ある現役の演出家として正しいだけでもある。
バッタ君の公開は1941年のアメリカで、日本人パヤオの批判は1979年だ。まず国と時代状況に大差がある。
物質文明の興隆が道半ばだった当時は、高層ビルを建築することにそれなりの充分な意義があったし
(それはシリー・シンフォニーの一部作品における、左官屋たちへの敬意を発展させたものとしても表現されている)、
その屋上に豪邸を建てるのにも嫌味の少ない健康な上昇志向があった。
また当時の都市住民の環境意識の低さが、パヤオや俺を含めた現代人の気に障ったとしても、それは罵りの対象になりえない。
ましてそれをモダン・タイムスとからめて作品論に発展させるのは不当だ。
もののけ姫が網野善彦らの学問上の奮闘を支柱としたように、
娯楽作品といえど、主題の掘り下げには当時なりの学問の手助けが必要だし、
その学問(環境学など)が発達してなければ、演出家の側にはあまり打つ手もないのだから。
それと、戯れ歌では5万ポンドだったのに、作曲家への報酬が5000ポンドだった点も、パヤオは無視している。
(カオナシがばらまいた大粒のニセ砂金とかは、バッタ君を意識してたのかなあ)

まあその程度の反論はパヤオも想定してたんだろうし
(地域や時代を無視して普遍性に寄った洞察を繰り広げるってことが、そもそもそういうことだ)、
仮に想定していなくても、現役の演出家としては、なにも問題はなかった。少なくとも1979年時点では。
千尋って作品が湯屋って建物の中での上下移動で完結せず、海原電鉄などでの水平移動を
シナリオ上で必要とした理由は、「バッタ君は高層ビルに登らず、街の外に新天地を求めるべきだった」
というパヤオ自身の批判を、原点のひとつとしているのだろう
(プロローグにおける、大都市の周りの広大なアメリカ的荒野を見る限り、それは批判として成立しがたいにせよ)。
彼のふるまいはだから誠実な有言実行だったし、そうしてジブリの傑作群は生まれ、
彼はフライシャー兄弟よりも、バッタ君作中の売れっ子音楽家よりも、ずっと暖かな財布と名誉を手に入れた。
「ベティ・ブープのそら恐ろしさ」なるものを、感嘆はしても好きとは書かず、
バッタ君の結末に演出D・フライシャーの「芸能人としての自分の成功願望」を見たがったパヤオにとって、
その世俗の報酬は重大な(あるいは決定的な)毒となりえただろうが、俺のこの文章も状況を軽視した本質論でしかない。
フライシャー兄弟はこの作品でスタジオを潰し、翻ってパヤオは、結局ジブリというスタジオを捨てなかった。
現代日本の彼の観客としては、慶賀すべきことなのかもな。




・コードギアス 反逆のルルーシュ 興道(谷口悟朗)
・天地無用!in LOVE(ねぎしひろし)
・CAT SHIT ONE(笹原和也)
・暗闇三太(仲村学)
・水木しげるの妖怪ワールド 恐山物語(佐々木皓一)
・劇場版ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか(桜美かつし)
・俺を好きなのはお前だけかよOVA(秋田谷典昭)
・甲虫王者ムシキングスーパーバトルムービー(水崎淳平)

は観たが、個人的には特に語るところなし。